2 / 29
カラット王国編
2
しおりを挟む
「殿下は、何故そのように振る舞われるのですか?」
「そんなもん、そうしたいからに決まってるだろ」
「周りの目が気になりませんの?」
「誰も注意しに来ないだろ。俺が正しいからだ」
「あら、それは間違っていませんこと?」
その言葉を聞いて、アルベルトはこれまでにない焦燥感を覚えました。ここまで面と向かって否定してくる者は父王以外にありませんでしたから、戸惑いが隠せません。とはいえ、そうやって狼狽えている間にも、メイの口は容赦なく動き続けます。
「王族だから注意されないとはお思いになりませんの?」
「そ、それならそうで別にいいだろ。同じじゃないか」
「王族であるからこそ、そのような振る舞いは許されないと思うのですが」
「お、王族だからこそ、ありのままを見せてるんだ」
「殿下はありのままとおっしゃられましたが、傲岸不遜な態度を衆目の中で晒すというのは得策とは思えませんわ。印象はよくしておくべきです」
(ゴーガンフソン? シューモク? トクサク? 何語だ?)
自分よりも小さな女の子の口からよく知らない言葉がポンポン出てきます。アルベルトはしどろもどろになりました。ですが言い負けたくないという思いから、この後もムキになって適当な言葉を並べました。しかし、そうする度に──。
「あら、それは間違っていませんこと?」
メイがそう言って不思議そうに首を傾げます。周囲からは失笑も起こりました。
無邪気な黒い瞳、傾げられた首の横にサラリと垂れた艶やかな長い黒髪、メイの存在がアルベルトの脳裏にトラウマという形で焼きつきました。
何を言っても論破されてしまうのです。それも、父王のような頭ごなしに叱りつけるようなものではなく、静かに優しく、教え諭すような言い方で。
言っている意味が分からないときは、それを表情から汲み取って、頼んでもいないのにわざわざ分かりやすい言葉に言い直してまで諭してきます。分かっていないことを隠すことさえ許されません。逃げ道がことごとく潰されていくのです。
それも自分よりも小さな幼女がそれをするのです。アルベルトはこれほど怖ろしいことは生まれてから一度として経験したことはありませんでした。正論な上に馬鹿にしたようにも見えませんから上手く腹も立てれません。言い方も誰より優しいので、むしろ好感さえ覚えます。毒気が抜かれて癇癪も起こせません。
アルベルトは自分の方が間違っているのだと認めたくないばかりに必死になりました。恥を掻くのを誤魔化すのにも全力を尽くしました。ですが、心の内ではそれが如何に無謀な戦いであるかも気づいていました。
(駄目だ、こいつには勝てない……!)
小さなアルベルトの矜持はズタボロでした。途中まではギャフンと言わせてやると息巻いていたのですが限界でした。この幼女をどうにかしたいという思いより、一刻も早く逃げ出したいという気持ちの方が強くなっていました。
「あ、えっと、俺トイレ。じゃあな」
みじめな気持ちを抱えて、アルベルトはその場を立ち去りました。すると周囲からわっと歓声が上がりました。後にこのことは評判となり、相手が王族であれ怖れることなく戒めたメイは賞賛されることになりました。対してかわいそうなアルベルトは父王からこっぴどく叱られることになるのでした。
これが、アルベルトがメイを冷ややかな目で見るようになった経緯です。しかし、悲しいことにメイはこのときのことをまったく覚えていないのです。彼女が覚えているのは、そのときに感じた偽物の恋心だけでした。そしてアルベルトから冷遇されているうちに、いつしかそれは、本物の恋心へと変わっていったのでした。
「そんなもん、そうしたいからに決まってるだろ」
「周りの目が気になりませんの?」
「誰も注意しに来ないだろ。俺が正しいからだ」
「あら、それは間違っていませんこと?」
その言葉を聞いて、アルベルトはこれまでにない焦燥感を覚えました。ここまで面と向かって否定してくる者は父王以外にありませんでしたから、戸惑いが隠せません。とはいえ、そうやって狼狽えている間にも、メイの口は容赦なく動き続けます。
「王族だから注意されないとはお思いになりませんの?」
「そ、それならそうで別にいいだろ。同じじゃないか」
「王族であるからこそ、そのような振る舞いは許されないと思うのですが」
「お、王族だからこそ、ありのままを見せてるんだ」
「殿下はありのままとおっしゃられましたが、傲岸不遜な態度を衆目の中で晒すというのは得策とは思えませんわ。印象はよくしておくべきです」
(ゴーガンフソン? シューモク? トクサク? 何語だ?)
自分よりも小さな女の子の口からよく知らない言葉がポンポン出てきます。アルベルトはしどろもどろになりました。ですが言い負けたくないという思いから、この後もムキになって適当な言葉を並べました。しかし、そうする度に──。
「あら、それは間違っていませんこと?」
メイがそう言って不思議そうに首を傾げます。周囲からは失笑も起こりました。
無邪気な黒い瞳、傾げられた首の横にサラリと垂れた艶やかな長い黒髪、メイの存在がアルベルトの脳裏にトラウマという形で焼きつきました。
何を言っても論破されてしまうのです。それも、父王のような頭ごなしに叱りつけるようなものではなく、静かに優しく、教え諭すような言い方で。
言っている意味が分からないときは、それを表情から汲み取って、頼んでもいないのにわざわざ分かりやすい言葉に言い直してまで諭してきます。分かっていないことを隠すことさえ許されません。逃げ道がことごとく潰されていくのです。
それも自分よりも小さな幼女がそれをするのです。アルベルトはこれほど怖ろしいことは生まれてから一度として経験したことはありませんでした。正論な上に馬鹿にしたようにも見えませんから上手く腹も立てれません。言い方も誰より優しいので、むしろ好感さえ覚えます。毒気が抜かれて癇癪も起こせません。
アルベルトは自分の方が間違っているのだと認めたくないばかりに必死になりました。恥を掻くのを誤魔化すのにも全力を尽くしました。ですが、心の内ではそれが如何に無謀な戦いであるかも気づいていました。
(駄目だ、こいつには勝てない……!)
小さなアルベルトの矜持はズタボロでした。途中まではギャフンと言わせてやると息巻いていたのですが限界でした。この幼女をどうにかしたいという思いより、一刻も早く逃げ出したいという気持ちの方が強くなっていました。
「あ、えっと、俺トイレ。じゃあな」
みじめな気持ちを抱えて、アルベルトはその場を立ち去りました。すると周囲からわっと歓声が上がりました。後にこのことは評判となり、相手が王族であれ怖れることなく戒めたメイは賞賛されることになりました。対してかわいそうなアルベルトは父王からこっぴどく叱られることになるのでした。
これが、アルベルトがメイを冷ややかな目で見るようになった経緯です。しかし、悲しいことにメイはこのときのことをまったく覚えていないのです。彼女が覚えているのは、そのときに感じた偽物の恋心だけでした。そしてアルベルトから冷遇されているうちに、いつしかそれは、本物の恋心へと変わっていったのでした。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる