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日髙月海は「 」
しおりを挟む新しい待ち合わせ場所は、人目につかないところにして!と頼んだ。
電話の向こうで百瀬は驚いていたけど「分かった」と言って、地図を送ってくれた。
繁華街の外れの場所みたいで、足を踏み入れたことのないエリアだった。
周囲に気を配りながら、指定された建物に向かう。
何のお店かも聞いていないけど、百瀬が用意してくれたんだから大丈夫なはず。
そう思っていた。
「……ここって」
目の前に立っているのは、古びたビジネスホテルだった。
……なんでホテル?
確かにここなら、人目につかないけれど……。
「月海! こっちだよ!」と、手を振りながら百瀬がホテルから出てきた。
百瀬は笑顔を浮かべているのに、私は笑えなかった。
「どうしたの? その頬……」
転校してきて頃の傷は、もう治っていたはずなのに。
百瀬の頬はまた腫れて痣になっていた。
「ちょっと機嫌を損ねちゃってさ。酷いよね、女の子の顔を殴るなんて」
「……」
言葉を失っていると、手首を捕まれ、ホテルの中へと連れて行かれる。
相変わらず無邪気に笑っているけど、違和感しかない。
その直感が私の足を止めた。
「ん? どうしたの?」
「……百瀬、部屋には誰がいるの?」
「んー?」
首を傾げながら、百瀬はケラケラと笑い声を上げた。
「月海も分かってるくせに。……男を紹介するってどういうことか。私みたいにさ、殴られたくなかったら大人しいふりしてたほうがいいよ?」
淀んだ目が私を見つめる。
「……」
ああ、そうだった。
理解してしまって、唇を噛む。
転校初日の百瀬は、私と同じ側にラベリングされていた。
普通の子であるはずがなかったんだ。
この子も逃げられない場所で、もがいていただけ。
もう抵抗する気もなくして、導かれる方へとついていく。
どうせ……帰る場所なんてないんだから。
「ここだよ」と、部屋番号の書かれたドアの前で足を止める。
ゆっくりとドアノブを回すと、扉がとても重く感じた。
百瀬に背中を押されながら、室内へと足を踏み入れた。
そこに居たのは3人の男。
みんな大学生くらいに見える。その身なりを見れば、普通の人たちじゃないのは一目瞭然だった。
煙草の匂いに顔をしかめる。
当たり前だけど、未成年である昴生は煙草を吸わなかった。春樹さんだって吸っているところを見たことがない。
この匂いは不快なものだと、身体が拒否する。
恐怖で足元ばかり見つめてしまう。
男たちと百瀬は、楽しげに会話を行っていた。私の気持ちとは裏腹な、ごくごく些細な内容。
……この異様な空間が、彼女たちには日常なんだ。
そして、そこに私もラベリングされようとしている。
「ほら、こっちおいで」と一番手前にいた男に腕を引っ張られた。
無遠慮で、暴力的な扱われ方。
違う、こんな扱われ方をされたいわけじゃない!
「……っ」
ふと、昴生の顔が浮かんだ。
なぜ、こんな時に思い出すんだろう……。
それはきっと、彼ならこんなことをしないからだ。
言葉と態度は恐ろしくても、私に触れる昴生の指はいつも優しかった。
ゲームのやり方を教えてくれていた時から、ずっと。
……なんで、私はそんな昴生の前から逃げようとしたんだっけ?
「ずっと黙ってるけど、どうしたのー?」
男達の間に座らされ、肩を抱かれたまま、身動きが取れないように封じられた。
「……たい」私は呟く。
「え? なんて?」
「……帰りたい!こんなところ、いたくない!」
突然声を荒げた私に、男達は百瀬のほうに視線を向けた。
「ダメだよ、月海。帰る場所なんてないんだから、可愛がってもらわないと」
「嫌だ! こんなの違う!」
言い聞かせようとするから、拒否を突きつける。
まるで私がワガママで癇癪を起こしているみたいな扱いだけど、私は何も間違えていない。
「昴生くんのところに帰る! 帰して!」
大声で叫ぶ。きっと、壁の向こう側にも聞こえている。
そこに誰かいるかなんて分からないけど、騒いでいれば通報してくれるかもしれない。
「助けて! 昴生のところに帰るの!」
「月海!」と、百瀬が怒鳴りつけるように口を開い時だった。
男達は「待て!」と慌て始めた。
「コウセイって言った? ……で、この子の名前はツキカ?」
「そうだけど? 月海の名前、言ってなかったっけ?」と百瀬は眉をひそめた。
見る見るうちに顔を青ざめ、男待ちは腕を離し、私から距離を取り始めた。
それに困惑しているのは、百瀬と私だけだった。
「まさか日髙昴生の……」と誰かが口にした瞬間。
コンコンッと、この場に相応しくない、ドアを叩く音が響いた。
……何?
ドンッ!
殴りつけるような音に変わり、ドアがメキメキと悲鳴をあげ始めた。
「壊れちゃう! 何なの!?」
百瀬がドアに走る。
きっと、鍵を開けてしまったのは条件反射だったのだろう。
「きゃあ!」悲鳴を上げた百瀬は、侵入者に突き飛ばされた。
尻もちをついた彼女を、誰も目で追っていなかった。
だって、凶暴な獣が立っていたのだから。
「ひ、日髙昴生!?」
「マジかよ!」
「うるせぇ、黙れ。……月海以外の人間がペチャクチャしゃべるな」
拳から血を流した昴生は、それを舌で舐め取った。
背後の廊下には、数人の不良たちが立っていた。
昴生の言いつけを守っているのか、ただ静かに佇むだけ。
それが余計にこの場の空気を重くさせていた。
「……こ、昴生くん」
「うん。どうした?」
目を細めた昴生は、微笑んでいた。
私の態度など忘れたかのように、普段通りの様子で。
「しっかり捕まって」
身体が宙に浮いたかと思えば、昴生の腕の中にいた。
……お姫様抱っこというやつだ。
「あの……昴生くん、私……」
「ん? 泣きそうな顔をしてどうした?」
そう言ったかと思えば、まぶたに軽くキスをされた。
「ちょっと!……んんッ」
抗議はむなしく、今度は唇に噛みつくようにキスをされた。周囲の目など一切気にせずに、舌が深いところまで入ってこようとする。
「んッ……やめ、……昴……生」
昴生の服を掴む。
ビクビクと背中が震えた。
「かわいい。この舌で、俺の名前を呼んでくれたよね、月海」
息を乱した私を、熱っぽい目で見つめ、幸せそうに微笑む。
その美しい表情が、私の恐怖を煽った。
「ご、ごめんなさい。昴生くんのこと、突き飛ばして……」
「いいよ。もう許したから」
「……怒ってないの?」
「もういいよ、そんなこと。それよりも月海が望むように、帰ろうね。外は怖かったもんね」
「私が望んだ」と、言われた言葉を復唱する。
……たしかに怖かったし、早くここからいなくなりたいと思った。
「うん、帰りたいって叫んでいたよね? ちゃんと聞こえたから、大丈夫だよ。……帰るよ?」
こくんっと頷く。
昴生を見ていたら、そうしなきゃって思ったから。
「あとは任せたから」
不良たちに指示を出し、昴生は私を抱えたまま歩き出す。
床の上で茫然としている百瀬と目が合ったけれど、私は昴生の首にしがみついた。
よく知った柔軟剤の匂いがした。
「昴生くん」
……トクン、トクンと安心したかのように心臓が音を立てる。
ああ、この腕の中にいればいいんだ。
「私のことを守って」
何か大事なことが消えた気がするけど、忘れてしまうくらいだから……どうでもいいよね。
「守るよ。せっかくだから、このまま別荘に行こうか」
「別荘?」
急に話を変えられて、首を傾げる。
とても楽しそうに昴生は話し始めた。
「舞海さんと結婚する時に、父さんが買ったんだ。海の近くで、星空の綺麗なところだよ。周りに家がないからとても静かなんだ」
「この街ではないところ?」
「そう、誰も俺達のことを知らない場所」
それはとても魅力的だと思う。
私はこの街を出ていきたかったんだから。
「父さんはもう必要がないっていうから、俺が貰うことにした」
なんで、春樹さんは必要なくなったんだろう?
そんな素敵なところなのに。不思議だな。
ふと、春樹さんがお母さんのことを語る目を思い出した。愛しくて、全てを見逃す気がない目。
「大丈夫だから。俺と一緒なら、舞海さんも安心してくれる。もう月海はどこにも連れ去られる心配が無くなるから」
「そっか、お母さんも安心ならいいかな」
「みんながハッピーエンドになれる場所。月海も行きたいよね?」
考えようとするけれど、ハッピーエンドというなら何も間違いがないはずで、迷う必要などない。
……引っかかることなんてあるはずないもんね
だから、深く考えることなく答えていた。
「早く行ってみたい」
そこは息苦しくないところだといいな。
ずっとそれを願っていたのだから。
「……やっと、捕まえた」
そう囁いた、昴生の腕に力がこもった。
私は無意識に全てを委ねていた。
――End.
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