飢食は雪で満たされる

音央とお

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ある日の登校時間。
靴箱で鉢合わせした直と雪乃は小さく挨拶を交わした。
直が上履きを取るために近付くと、ほのかに雪乃から香りがした。

「……煙草」

ぽつりと落とされた言葉に、雪乃が「ん?」と首を傾げる。聞き取れなかった様子だ。

「煙草の匂い」

意味を理解した雪乃は顔を青ざめた。
袖口を鼻に近付けている。

「どうしよう。そんなに匂う? 先生に怒られないかな」

雪乃と煙草は結び付かないイメージだが、誤解を生む心配をしているらしい。この過剰反応は過去にもそんなことがあった可能性が高い。

「……近寄らなければ、大丈夫じゃない?」

直の言葉に「だといいな」と言いつつも、不安げだ。

――この匂い、嫌いだ。

直は奥歯を噛む。

「どうしたの? なんかあった?」

助け船のように綾たちが現れ、鞄の中から消臭スプレーを取り出した。
「なんでそんなものが…」と山田が驚いている。

「備えあれば憂いなし、みたいな? 催涙スプレーとかもあるよ」

得意げな綾に、雪乃は何度も頭を下げていた。
これで教師に咎められることはないだろう。

「今度から気を付けるね」

雪乃は俯きながら呟いた。



*   *   *



灰色で覆われた空を見上げ、直は立ち止まる。
隣を歩いていた山田はそれに倣ってみるが、曇りである以外は特段変わったことは見つけられない。

「どうした?」
「今日は降らないらしい」
「……ああ、雪ね」

理解した山田は頷く。
この街では降ることのほうが珍しい。
大きな男が心待ちにしている様子は、まるで幼い子どものようだった。

学校に着き、直は教室の中をゆっくりと見回した。
探しているものが見つからないと分かると、机に突っ伏して睡眠に入ろうとする。
それを止めるのは山田の仕事だった。

「もうすぐホームルームだから寝るなって」

ホームルームが始まっても、一つできた空席は埋まらなかった。出席を取っていた担任が口を開く。

「羽山雪乃は今日も欠席だ。家庭の都合で今週は休むそうだ」

綾が直の方を振り返る。
その顔には心配が浮かんでいる。
雪乃はもう3日学校に来ておらず、綾との連絡が途絶えていた。
何度かメッセージを送ったけれど、既読にならないという。

雪乃のことを常日頃から気にかけていた綾が落ち込んでおり、山田と直もいつもとは違う空気で過ごしている。

「学校には連絡が来てるんだから大丈夫だって」と山田が言えば、納得がいかない様子だが綾は頷く。

落ち込んでいる彼女のために、隠し持っていた金平糖を取り出す山田。
色とりどりの小さな粒を見て、綾は思いついたように呟く。

「この白い金平糖って雪の粒みたい」
「雪っていうか霰?雹じゃね?」
「あっ、そっちかな」

カップルのやり取りの横で、直は白い粒に手を伸ばした。
口の中で転がしながら味わう。

「お? 噛み砕かずにいるなんて珍しい」
「……甘い」
「そりゃ、グラニュー糖の塊だからな」
「そうか」

ゆっくりと溶けるまで舌で遊んだあと、ごくりと飲み込む。
口の中には甘ったるさだけが残り、直はそっと目を伏せた。


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