飢食は雪で満たされる

音央とお

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直が廊下を歩いていると、名前を覚えてもいない女子たちが噂話に花を咲かせていた。普段ならば気にもとめないが、雪乃という名前に眉がぴくりと動いた。

「毎朝、車で送ってもらってるよね」
「校門の前まで来てたら目立つよ」
「しかも見た? 運転席の人がめちゃくちゃ格好良いの!」
「恋人なのかな?」
「そうに決まってる。毎朝だよ? 放課後もよく車を見かけるから」

直はスマホを取り出し、その場に留まる。
急いで返信しているように見えるだろう。
画面は真っ暗で、感情のない表情だけが映り込んでいるのに。

「時間に融通が利くから、たぶん大学生じゃない?」
「年上の彼氏っていいよね。余裕ありそうだし」
「あの過保護っぷりは、雪乃ちゃんが可愛くて心配なんだろうねー」
「幸せを見せつけられてるって感じ」
「いやいや、僻みやめろって~」

笑い声が上がる。
雪乃のことをよく知らないからこそ、好き勝手に話題にされている。直は舌打ちをして、ゆっくりと歩き始めた。
それは慎重に周囲を確認しているようでもあった。


*   *   *


雪乃がため息を吐いた。
担任に呼び出され、教室に帰ってきた瞬間にだ。
それに目敏く綾は気付いてしまう。

「どうかしたの?」
「……ちょっと注意をされて」

送迎が目立っているということで呼び出されたと話す。
他にも保護者にされている生徒はいるが、雪乃の場合は親密そうな若い男だから問題視となった。

「えー、差別じゃん」と綾は頬を膨らませる。

「来なくていいって言ってるんだけど」
「それは愛だね、愛」

その言葉に雪乃は瞬きしてから口角を上げ、「そうだね」と笑った。
今もまたスマホは振動している。確認せずとも相手は分かっているようで表示を見ない。

「ごめん、ちょっと電話してくる」

踵を返して出ていく雪乃を止める人間はいない。

直は雪乃の席に置かれた鞄を見た。
最近持つようになったそれは、藍色の大きなもので小柄な女子の体には見合っていないように見えてしまう。
まるで誰かの使用品を譲れたような、そんな違和感。

雪乃の身の回りのものは、そんな違和感だらけだった。
それに気を留めているものなど殆どいないであろう。

男の存在が見え隠れするそれらを、直は睨んだ。




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