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私は可愛い。
そこらの女が白旗を上げるくらいには。
視線一つで世界を変えるくらいには。
「いい加減認めなさいよ、私のことが好きだって」
だから、認められなきゃいけないの。
それなのに目の前の男ときたら、私のことを好きじゃないと言うんだ。
* * *
高校一年の冬。
バレンタインまであと少しという日、彼氏と別れる決意をした。
理由は、なんか違ったからである。
「ましゃ、別れよっか」
“ましゃ”こと柾木朋也は、目を見開き、持っていた缶ジュースを地面に落とした。
プルタブを開けていたから、むらさき色の液体が流れ出て、公園の土に染み込んでいく。
「な、なんで? やっと付き合えて、毎日楽しくて、喧嘩もしたことないのに」
「うーん」と首を傾げながら、顎に指を当てて考える。
「私は違ったかな! ……思ったより、楽しくなかった!」
素直に思いを口にすれば、ましゃは茫然としていた。
何も言えなくなっているようなので、そのまま畳み掛ける。
「ましゃの優しいところと顔は好きだったよ。でも、優しさが過剰だったというか。今まで、ありがとう。じゃあね!」
ちゃんと別れは告げたのだからもういいだろう。
最後に笑顔で「連絡先はこっちでブロックしとくね」と言って、私は家へと帰った。
バレンタイン前に別れられてよかったな。もう想いもないのにチョコレートとかダルいもん。
* * *
ましゃと別れて数日後、バレンタイン前日ということもあって校内の空気が浮ついているのが分かる。
妙に男子が優しいし、女子もそわそわしている。
昼休みの美術室で、私は箒で床を掃いていた。
提出物を続けて数回忘れたからということで、担任である藤川鉄司に罰を命じられたのだ。
「鉄《てっ》ちゃんさ、義理チョコとかいる?」
授業の準備をしていた先生は、こちらを見てしかめっ面をした。
「藤川先生な? 変なあだ名で呼ぶな、敬語を使え」
生徒たちは先生のことを“鉄ちゃん”と呼ぶ。
まだ24歳と若いから、お兄ちゃんみたいだとみんな思っている。
目に掛かる無造作な前髪に、洒落っ気のないジャージ姿。
本人は威厳を出したいらしいけど、これでは無理がある。
「生徒からのチョコレートは受け取らないことにしている」
「え? 先生同士とかはあるの?」
「……ない。そんな面倒な付き合いは数年前に廃止になったそうだ」
「可哀想。じゃあ、鉄ちゃんは一個も貰えないじゃん!」
「お前な……。だいたい、俺なんかに渡していたら、彼氏が煩いだろう? たしか柾木だっけ?」
「ましゃとは別れたもん」と告げると、先生は怪訝な顔になった。
「……そうなのか? 仲良さそうだったのにな」
「仲は良かったと思う」
「……じゃあ、なんで別れたんだよ?」
「思ってたのと違うから。ましゃは優しすぎたのかも?」
「身勝手なやつだな……」と引き気味に言われた。
そんな反応をするなんて酷い。
「なんか違ったのに付き合い続けるほうが不誠実じゃない?」
何も間違ったことは言っていないと思う。
でも、先生は納得をしていなかった。
「広瀬の場合は、どうせ一方的に別れたんだろう? ……想像できる」
「なぜそれを!」
「柾木の方は納得してないと思うぞ」
そこで予鈴が鳴り響いた。
教室に帰るように促され、この話は途中で終わった。
ましゃが納得をしていない?
連絡先はこっちでブロックしたけど、同じ学校なのに会いにも来ないんだから、それはないと思うなぁ。
「調子に乗って、恨まれないようにしろよ」と先生に忠告された。
別に調子になんて乗っていないのに。
* * *
放課後の下校途中、ましゃに呼び止められた。
「怜花ちゃん!」
家の方向が違うのに追いかけてきたようだ。
先生の忠告など頭の隅に追いやっていたけど、目の前に本人が現れたらさすがに思い出す。
「なに?」と少し堅い声を出してしまう。
すると、ましゃは「会いたかった……」と呟いた。
「怜花ちゃんにお願いがあって」
聞いたら面倒くさいやつだと直感する。
「嫌だよ」
正直に言えば、ましゃは弱々しく眉を下げた。
そして、気づいた時には視界から姿が消えていた。
「お願いします! 義理でいいから! 俺にあなたからのチョコレートをください!」
「……えええ」
土下座。
まさかの土下座を、ましゃはしてきた。
「お金払ってもいいから。お願いした分の手数料もとっていい。だから、俺にチョコレートを恵んでください!」
地面に頭をくっつけ、必死さが伝わる。
……けど、何をやっているの?
見ているこちらは頬が引きつった。
ましゃは頭を上げ、ぐっと近づいてきた。後ろに下がってもあるのはフェンスなので、ガシャンっと手をつかれてしまえば逃げ場はなかった。
「あなたから貰えるはずだったチョコレート、あるよね?!」
「いや、ないよ」
「ない?! ……俺たち、付き合っていたのに? 用意してないとかある?」
「あるある。渡す気がなかったから別れたもん」
「……」ましゃは口を開けたまま、固まった。
イケメンに分類される顔のはずなのに、今のましゃからはその要素が吹っ飛んでいた。
「……そっか。……本当に別れたかったんだね」
寂しげに項垂れている。
さすがにこの様子には胸が痛まなくもない。
どう声を掛けようか迷っていると、ましゃの瞳孔が開いた。それは変貌への合図だったのかもしれない。
ましゃは早口でまくし立てた。
「それは別として、これだけ頼んでるんだからチョコレートくれてもいいよね?」
「……ええー」
怖すぎる。
チョコレートへの執念が恐ろしすぎる。
これは、渡すまでゾンビのように襲いかかる気なんじゃ……?
「なんでそこまで欲しいの?」
「怜花ちゃんから貰えると思っていたから。男なら期待する」
「でも、用意してないんだって」
「もう過程はどうでもいい。……貰えたら何でも」
そのあげたチョコレートってどうする気なの?
ただ渡して終わりとは思えないんだけど。
スーパーで買った板チョコだとしても、渡してしまえば終わりだと思った。
なんとなく、そんな予感がする。
逃げるために目線を彷徨わせていると、コツコツという足音が聞こえてきた。
「……何これ。修羅場?」
状況を確認しようとする声。
助けを求められるかもと、すがるように私は声の主を見た。
「白昼堂々とよくやるもんだ」
――そして、息をするのを忘れてしまうかと思った。
整えられたセンターパートの前髪、そこから見える気怠げな表情。
黒を纏った全身は、昼間には似つかわしくない。
シャツから覗く白い鎖骨が、見てはいけないものを見つけた気分にさせた。
なによりも、その感情の薄い目が嫌だった。
それなのに、視線を外せないのが怖い。
吸い寄せられるように見つめていると、ましゃが「え?」と言って声を上げた。
「もしかして、鉄ちゃん?!」
……はい?
鉄ちゃんって、あの、藤川鉄司先生?!
「そうだけど。……あ、やべ。この格好で話しかけちまった」
失敗したなぁと、どうでもよさそうに笑うその姿は、学校での様子と全然違った。
「柾木は広瀬から離れて。自分より大きな男に覆いかぶさられたら怖いものだからな?」
先生の指摘に、ましゃはハッとしたように一歩後ろに下がった。
……まだ近いって。私が横にズレることにした。
前髪を掻き上げる先生の指の動きを見つめていると、視線が交わった。
「……俺は、広瀬が悪いと思う」
その言葉を聞いて納得がいかなかった。
ましゃの味方につく気なの?
先生はため息をついた。
「柾木のことを弄んだのが悪い」
弄ぶなんて身に覚えのないことを言われて声を上げようとしたけれど、先にましゃが動いた。
両手を広げ、高らかに言った。
「弄ばれてなんていません! 僕たちは愛し合っていたんですから」
「……」
「ちょっとすれ違っているだけで、仲直りすれば良いだけなんですよ。まずは、そのきっかけがチョコレートです!」
そんなきっかけはありません。
チョコレートへの執念深さが、本当に怖い……。
「柾木って元からこうなのか?」と先生が確かめてきたので、首を振った。
優しくて、良識のある、ちょっとツマラナイくらいの男の子だったはず……。
「こんな往来では悪目立ちするから、この件は一旦預けてくれないか? ……広瀬と少し話をするから」
「……わかりました。怜花ちゃんの間違いを正してくださいね」
目配せをしてから微笑む、ましゃに鳥肌が立った。
離れていく背中を見送っていると、先生が反対方向へと歩き出した。
「なんで付いてくる」
「え? 私と話があるんでしょう?」
おかしいな。
ましゃにそう言っていたのに。
「あんなの方便だよ。ああでも言わなければ、家まで付いて来てたぞ」
足を止める。
いつもの先生なら、そんな風に言わない。
鉄ちゃんと呼ばれて生徒に揶揄われているあの雰囲気が、今は失われていた。
……この人は、本当に先生なの?
器と記憶だけ共有した別人みたいだった。
「……先生、そんな格好をしてどこに行くの?」
「プライベート」
一線を引く言い方で、ズルいと思った。
そんな風に言われたら、ますます気になっちゃうのに。
「ねえ、先生!」
呼び掛けに先生は振り向いた。
「なんだよ」と言う声は素っ気ない。
「ましゃ……柾木くんのこと、どうしたらいい?」
じっと私を見つめ、先生は口を開かなかった。
答えを教えてくれる気がないんだ……?
「教えてよ、先生なら」
「生徒の色恋は、教師が介入しないものだ」
真っ当なことを言っている。
でも、さっきの様子を見てもそんなことを言えるの?
「困っているのに」
「……お前が悪いって言っただろう」
「私の何が悪いの?」
「……はっ。そういうところ」
吐き捨てるように笑われる。
鋭い眼光を向けられて、一瞬だけ息が止まった。
ちょっとだけ、怖い。
一歩一歩と近づいてくるのが、スローモーションのように見えた。
半歩ぶんの距離に立ち止まった先生は、顔を近づけてきた。
まるで夜みたいな底のない黒い瞳。
その中に私が佇んでいるのが見える。
「無邪気で鈍感。だからタチが悪い」
「え?」
「……お前もこっち側の人間なのに、無自覚でいる」
「こっち側?」
何を言っているのか分からない。
先生は口角を上げた。目もスッと細められている。
「人を狂わせる側」
そう言って後ろに下がり、背中を向けられた。
「……人を、狂わせる……?」
自然と口が反芻した。
私が人を狂わせる?
それに、その言い方だと……先生は誰かを狂わせたことがあるの?
教師なのに何も教えてくれない。
心がざわざわと、煩かった。
そこらの女が白旗を上げるくらいには。
視線一つで世界を変えるくらいには。
「いい加減認めなさいよ、私のことが好きだって」
だから、認められなきゃいけないの。
それなのに目の前の男ときたら、私のことを好きじゃないと言うんだ。
* * *
高校一年の冬。
バレンタインまであと少しという日、彼氏と別れる決意をした。
理由は、なんか違ったからである。
「ましゃ、別れよっか」
“ましゃ”こと柾木朋也は、目を見開き、持っていた缶ジュースを地面に落とした。
プルタブを開けていたから、むらさき色の液体が流れ出て、公園の土に染み込んでいく。
「な、なんで? やっと付き合えて、毎日楽しくて、喧嘩もしたことないのに」
「うーん」と首を傾げながら、顎に指を当てて考える。
「私は違ったかな! ……思ったより、楽しくなかった!」
素直に思いを口にすれば、ましゃは茫然としていた。
何も言えなくなっているようなので、そのまま畳み掛ける。
「ましゃの優しいところと顔は好きだったよ。でも、優しさが過剰だったというか。今まで、ありがとう。じゃあね!」
ちゃんと別れは告げたのだからもういいだろう。
最後に笑顔で「連絡先はこっちでブロックしとくね」と言って、私は家へと帰った。
バレンタイン前に別れられてよかったな。もう想いもないのにチョコレートとかダルいもん。
* * *
ましゃと別れて数日後、バレンタイン前日ということもあって校内の空気が浮ついているのが分かる。
妙に男子が優しいし、女子もそわそわしている。
昼休みの美術室で、私は箒で床を掃いていた。
提出物を続けて数回忘れたからということで、担任である藤川鉄司に罰を命じられたのだ。
「鉄《てっ》ちゃんさ、義理チョコとかいる?」
授業の準備をしていた先生は、こちらを見てしかめっ面をした。
「藤川先生な? 変なあだ名で呼ぶな、敬語を使え」
生徒たちは先生のことを“鉄ちゃん”と呼ぶ。
まだ24歳と若いから、お兄ちゃんみたいだとみんな思っている。
目に掛かる無造作な前髪に、洒落っ気のないジャージ姿。
本人は威厳を出したいらしいけど、これでは無理がある。
「生徒からのチョコレートは受け取らないことにしている」
「え? 先生同士とかはあるの?」
「……ない。そんな面倒な付き合いは数年前に廃止になったそうだ」
「可哀想。じゃあ、鉄ちゃんは一個も貰えないじゃん!」
「お前な……。だいたい、俺なんかに渡していたら、彼氏が煩いだろう? たしか柾木だっけ?」
「ましゃとは別れたもん」と告げると、先生は怪訝な顔になった。
「……そうなのか? 仲良さそうだったのにな」
「仲は良かったと思う」
「……じゃあ、なんで別れたんだよ?」
「思ってたのと違うから。ましゃは優しすぎたのかも?」
「身勝手なやつだな……」と引き気味に言われた。
そんな反応をするなんて酷い。
「なんか違ったのに付き合い続けるほうが不誠実じゃない?」
何も間違ったことは言っていないと思う。
でも、先生は納得をしていなかった。
「広瀬の場合は、どうせ一方的に別れたんだろう? ……想像できる」
「なぜそれを!」
「柾木の方は納得してないと思うぞ」
そこで予鈴が鳴り響いた。
教室に帰るように促され、この話は途中で終わった。
ましゃが納得をしていない?
連絡先はこっちでブロックしたけど、同じ学校なのに会いにも来ないんだから、それはないと思うなぁ。
「調子に乗って、恨まれないようにしろよ」と先生に忠告された。
別に調子になんて乗っていないのに。
* * *
放課後の下校途中、ましゃに呼び止められた。
「怜花ちゃん!」
家の方向が違うのに追いかけてきたようだ。
先生の忠告など頭の隅に追いやっていたけど、目の前に本人が現れたらさすがに思い出す。
「なに?」と少し堅い声を出してしまう。
すると、ましゃは「会いたかった……」と呟いた。
「怜花ちゃんにお願いがあって」
聞いたら面倒くさいやつだと直感する。
「嫌だよ」
正直に言えば、ましゃは弱々しく眉を下げた。
そして、気づいた時には視界から姿が消えていた。
「お願いします! 義理でいいから! 俺にあなたからのチョコレートをください!」
「……えええ」
土下座。
まさかの土下座を、ましゃはしてきた。
「お金払ってもいいから。お願いした分の手数料もとっていい。だから、俺にチョコレートを恵んでください!」
地面に頭をくっつけ、必死さが伝わる。
……けど、何をやっているの?
見ているこちらは頬が引きつった。
ましゃは頭を上げ、ぐっと近づいてきた。後ろに下がってもあるのはフェンスなので、ガシャンっと手をつかれてしまえば逃げ場はなかった。
「あなたから貰えるはずだったチョコレート、あるよね?!」
「いや、ないよ」
「ない?! ……俺たち、付き合っていたのに? 用意してないとかある?」
「あるある。渡す気がなかったから別れたもん」
「……」ましゃは口を開けたまま、固まった。
イケメンに分類される顔のはずなのに、今のましゃからはその要素が吹っ飛んでいた。
「……そっか。……本当に別れたかったんだね」
寂しげに項垂れている。
さすがにこの様子には胸が痛まなくもない。
どう声を掛けようか迷っていると、ましゃの瞳孔が開いた。それは変貌への合図だったのかもしれない。
ましゃは早口でまくし立てた。
「それは別として、これだけ頼んでるんだからチョコレートくれてもいいよね?」
「……ええー」
怖すぎる。
チョコレートへの執念が恐ろしすぎる。
これは、渡すまでゾンビのように襲いかかる気なんじゃ……?
「なんでそこまで欲しいの?」
「怜花ちゃんから貰えると思っていたから。男なら期待する」
「でも、用意してないんだって」
「もう過程はどうでもいい。……貰えたら何でも」
そのあげたチョコレートってどうする気なの?
ただ渡して終わりとは思えないんだけど。
スーパーで買った板チョコだとしても、渡してしまえば終わりだと思った。
なんとなく、そんな予感がする。
逃げるために目線を彷徨わせていると、コツコツという足音が聞こえてきた。
「……何これ。修羅場?」
状況を確認しようとする声。
助けを求められるかもと、すがるように私は声の主を見た。
「白昼堂々とよくやるもんだ」
――そして、息をするのを忘れてしまうかと思った。
整えられたセンターパートの前髪、そこから見える気怠げな表情。
黒を纏った全身は、昼間には似つかわしくない。
シャツから覗く白い鎖骨が、見てはいけないものを見つけた気分にさせた。
なによりも、その感情の薄い目が嫌だった。
それなのに、視線を外せないのが怖い。
吸い寄せられるように見つめていると、ましゃが「え?」と言って声を上げた。
「もしかして、鉄ちゃん?!」
……はい?
鉄ちゃんって、あの、藤川鉄司先生?!
「そうだけど。……あ、やべ。この格好で話しかけちまった」
失敗したなぁと、どうでもよさそうに笑うその姿は、学校での様子と全然違った。
「柾木は広瀬から離れて。自分より大きな男に覆いかぶさられたら怖いものだからな?」
先生の指摘に、ましゃはハッとしたように一歩後ろに下がった。
……まだ近いって。私が横にズレることにした。
前髪を掻き上げる先生の指の動きを見つめていると、視線が交わった。
「……俺は、広瀬が悪いと思う」
その言葉を聞いて納得がいかなかった。
ましゃの味方につく気なの?
先生はため息をついた。
「柾木のことを弄んだのが悪い」
弄ぶなんて身に覚えのないことを言われて声を上げようとしたけれど、先にましゃが動いた。
両手を広げ、高らかに言った。
「弄ばれてなんていません! 僕たちは愛し合っていたんですから」
「……」
「ちょっとすれ違っているだけで、仲直りすれば良いだけなんですよ。まずは、そのきっかけがチョコレートです!」
そんなきっかけはありません。
チョコレートへの執念深さが、本当に怖い……。
「柾木って元からこうなのか?」と先生が確かめてきたので、首を振った。
優しくて、良識のある、ちょっとツマラナイくらいの男の子だったはず……。
「こんな往来では悪目立ちするから、この件は一旦預けてくれないか? ……広瀬と少し話をするから」
「……わかりました。怜花ちゃんの間違いを正してくださいね」
目配せをしてから微笑む、ましゃに鳥肌が立った。
離れていく背中を見送っていると、先生が反対方向へと歩き出した。
「なんで付いてくる」
「え? 私と話があるんでしょう?」
おかしいな。
ましゃにそう言っていたのに。
「あんなの方便だよ。ああでも言わなければ、家まで付いて来てたぞ」
足を止める。
いつもの先生なら、そんな風に言わない。
鉄ちゃんと呼ばれて生徒に揶揄われているあの雰囲気が、今は失われていた。
……この人は、本当に先生なの?
器と記憶だけ共有した別人みたいだった。
「……先生、そんな格好をしてどこに行くの?」
「プライベート」
一線を引く言い方で、ズルいと思った。
そんな風に言われたら、ますます気になっちゃうのに。
「ねえ、先生!」
呼び掛けに先生は振り向いた。
「なんだよ」と言う声は素っ気ない。
「ましゃ……柾木くんのこと、どうしたらいい?」
じっと私を見つめ、先生は口を開かなかった。
答えを教えてくれる気がないんだ……?
「教えてよ、先生なら」
「生徒の色恋は、教師が介入しないものだ」
真っ当なことを言っている。
でも、さっきの様子を見てもそんなことを言えるの?
「困っているのに」
「……お前が悪いって言っただろう」
「私の何が悪いの?」
「……はっ。そういうところ」
吐き捨てるように笑われる。
鋭い眼光を向けられて、一瞬だけ息が止まった。
ちょっとだけ、怖い。
一歩一歩と近づいてくるのが、スローモーションのように見えた。
半歩ぶんの距離に立ち止まった先生は、顔を近づけてきた。
まるで夜みたいな底のない黒い瞳。
その中に私が佇んでいるのが見える。
「無邪気で鈍感。だからタチが悪い」
「え?」
「……お前もこっち側の人間なのに、無自覚でいる」
「こっち側?」
何を言っているのか分からない。
先生は口角を上げた。目もスッと細められている。
「人を狂わせる側」
そう言って後ろに下がり、背中を向けられた。
「……人を、狂わせる……?」
自然と口が反芻した。
私が人を狂わせる?
それに、その言い方だと……先生は誰かを狂わせたことがあるの?
教師なのに何も教えてくれない。
心がざわざわと、煩かった。
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