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第二部
第七話 奪還戦〜その名はアカツキ〜
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東の国王都付近の隠れ砦にて、
『人民解放戦線リベラシオン』の本部に招かれていたアカツキは、ゼロを取り戻すためにとある作戦を取ろうとしていた。
「俺はこの通り、ジルカースの双子のような存在だからな。ジルカースを求めているデオンの元へ赴くのは、俺がうってつけだろう。ゼロを取り戻す交換条件としても、悪くはないはずだ」
「けれど、その後アカツキ殿はどうされるおつもりですか?」
「……」
黙り込んだアカツキに対し、リベラシオンの現行の隊長であるオネストは、物憂げな顔をして心のうちを明かした。
「あなたはジルカース殿ではないかもしれない。けれど今はあなたも私たちにとって大切な仲間です。どうかご自分の身も大切にしてください」
素直に言葉を伝えられるオネストの面影に、どこかグライドに似た情の深さを感じながら、闇堕ちジルカース、もといアカツキは、ただ黙って頷いた。
誰かから“仲間“と呼ばれることなど久しぶりの事だった。
(これもテオがくれた名前の加護のおかげだろうか)
神力とは違う、不思議な人の縁のようなものを感じながら、アカツキはジルカースとテオの息子であるゼロ奪還のため、動き出すことを決意していた。
紆余曲折あり、作戦に滑り込む形でジルカースたちが全員合流したのは、その夜の事だった。
「もとよりお前だけに重荷を背負わせるつもりなどなかったさ。一緒にやってくれるか」
手を差し伸べ問いかけたジルカースに対しアカツキは、それまでテオをめぐっていがみあってきた自分たち“ジルカースという存在“を思い返し、どこか自虐的な笑みを見せて言った。
「俺は一度何もかも失ったと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。感謝するぞ。共にやってやろう、俺たちの息子のために」
作戦はその夜の深夜に決行された。
“軟禁状態下に置かれていたゼロたちが、城内敷地内部にて外出を許可されるようになった“という裏情報を手に入れていたリベラシオン一派の導きにより、神力により気配を消せるジルカースとアカツキが作戦を主導することになった。
“今までは暗殺者として活用してきた技術を、こんなところで活かせる日が来るとは“と、ジルカースもアカツキもよくよく感じるのだった。
奪還の作戦は、アイラとキスクたち陽動隊が表門で騒ぎを起こしている隙に、ジルカースとアカツキ主導の別働隊が裏から潜入し、ゼロを取り戻す、というものだった。
しかしそこで裏手門側に現れたのは、敵軍の王であるデオンだった。
「表門の軍勢にジルカースの姿がない、と聞いたからね。あんたならこっちから来るだろうと思ったよ」
「相変わらず俺の行動をよく把握しているな」
「だてにあんたを探してこの世界まで来てないさ。それにしてもあんた、双子だったのかい?一見して同一人物のように見えるけど、これはどういうことかな。教えてくれるかい、ジルカース……!」
そう叫んで、ナイフをくるくると回しながら振り上げたデオンに、デオン軍の兵士たちが退き道を開く。
ジルカースとアカツキはその隙を縫うように、歩幅も同じくして電光石火で前進すると、デオンめがけて二人で切り掛かった。
「ははっ……!本当に太刀筋もパワーも全く同じだ、こいつは凄いね!」
「戦いの時そんなふうに笑うのはお前だけだ、全く厄介な奴だ……!」
そう言って苦笑うジルカースに対し、アカツキは無言だったがやれやれと皮肉った笑みを見せている。
三人入り混じるように繰り返し交わされる剣撃に、ばちんと激しく火花が爆ぜ、周囲の兵たちが驚きながら間をとった。
二対一の戦いにデオンが押されるかと思われたが、しかしそこで意外な展開が起こった。
東の国を覆うほどの黒雲が瞬く間に広がり、やがて激しい雷鳴が鳴り響き始めたのである。
「なんだこいつは……!?」
「ふふ、この世界のあんたには初披露だったかな?“ボクのとっておき“だよ!」
圧倒的に人間離れした攻撃を楽しげに披露するデオンに、“自分の神力にも似た“恐ろしさを感じたジルカースは、背後で何やら叫んでいるルトラたちの言葉を耳にする。
「あれ何!?黒雲の渦の中に居る“鳥みたいなデッカイやつ!“」
「デオン貴様……神力を使えるようになったのか」
ルトラの言葉に何かを勘付いたらしきアカツキが、そう言って単独で飛びかかる。
背後から羽交い締めにするようにデオンを制止させたアカツキは、その隙を逃さぬようにジルカースに叫んだ。
「ジルカース!ここは俺に任せて行け!」
「……!」
一瞬の迷いが生じたジルカースだったが、身を挺して活路を切り開いてくれたアカツキの行いを無駄にする訳にもいかないと察するや、二人の横をすり抜けると城内へと潜入していった。背後でジルカースの様子を見守っていたルトラが慌ててその後を追おうとしたが、テオが何かを察したようにそれを制した。
「テオ姉……!どうして……!?」
「危うい戦いだけれど……この先は気配を消せるジルカースの戦略が生きるはずだわ、任せましょう」
テオの言葉に歩みを止めたルトラは、降霊させたばかりのデロを所在なさげに佇んでいる。
一方で、王を人質に取られる形で一時的にアカツキに動きを制されていたデオン軍も、やがて降り始めた紅い雷の雨に喜びの声をあげ復活してゆく。
「上出来だよ、いいね、こういうの嫌いじゃないよ“ジルカース!“」
「気付いていたか……今はアカツキという名をもらった身だが、懐かしい呼び名だ」
「この光景をもう一人のジルカースに見せられなかったのが残念だけど、ね……!」
いかづちの雨の中、そう言ってアカツキの制止を振り解いたデオンは、アカツキの後頭部からナイフを当てがいながら、その目を塞ぐようにして静かに言い放った。
「今度はボクが、ボクだけがその名前を呼んであげるよ“ジルカース“……だからボクの元へ来るといい」
「何を言って……」
戸惑うアカツキの頭上に、細く光るいかづちが一筋降りる。
あっと周囲が視線を投じた後には、アカツキの瞳の様子は変わっていた。
同時に、黒雲の中から神々しい風体の真っ赤な大鳥が現れ、轟くような鳴き声が響き渡った。
「アイツだよ!さっき見えてたの!ヤバイんじゃないのこれ……!」
「ジルカース、アカツキ……!」
“何かに洗脳されたかのように“振り返り、刃を手に向かってくるアカツキに対し、ピンチに陥ったかに見えたリベラシオンの軍勢だったが、ルトラの降霊させていたデオンがそれに対抗するように飛び出した。
周囲には何者と戦っているのかわからない有様だったが、ただ一人術者であるルトラにだけはその様子が見てとれた。
「……あんたがこんなことで目の色変えるなんてね……“こっちのボク“はお子様で厄介だねぇ」
「目障りだ、散れ」
デロの呼びかけにも応じる様子のないアカツキに、やがてルトラも焦りの表情を見せ始める。
やがて目前に迫らんとするアカツキに対して、さしたる武力もないテオが身を呈して庇おうと飛び出した。
「……聞こえる?」
「……!」
照準を合わせた銃口の先、真っ直ぐに見据えられたテオの揺らぐことのない瞳が、アカツキの曇った瞳を貫くように見通す。
テオは祈る仕草も見せぬままに、アカツキ、もといもう一人のジルカースに、ひたむきな視線を集中させる。
「アカツキ、私は何があっても、ここからあなたを見ているわ」
「……やめろ……そんな真っ直ぐな目で俺を見るな……!」
やがて発動したテオの祈りの神力の力か、アカツキの片手から黒い刀が取り落とされる。
ふらつきながら頭を抱え、動揺した様子を見せるアカツキを、そのまま背後に撤退させるように背後に庇ったデオンは「痛み分けだね、ここは預けるよ」と言って、アカツキを伴ってその場を去って行った。
やがて消え失せた大鳥と、薄らいでゆく黒雲に、リベラシオンの一同は命拾いしたらしきことを悟る。
「テオ姉、もしかして今のがテオ姉の神力なの……!?降霊術とは違うけど、不思議な感覚だった……そっか、これが神力なのかぁ、なんか心の奥がムズムズして温かくなる感じ」
「神力は人によって特性が違うのよ。さっきのデオンの紅い雷も、おそらくは神力のひとつだけど、だいぶ種類が違うわね。驚異的だわ」
それまでの動向を自身なさげに見守っていたオネストは、「そうなのですか……いずれにせよ、人間業ではない力を感じました」と、心底圧倒された様子でこぼした。
「今頃は、ジルカースが潜入して立ち回ってくれている頃合いかしら。あとは私たちは予定通り脱出の手筈を整えましょう」
その後、陽動隊のアイラたちと合流したテオたちは、東の城から伸びる地下通路先の枯れ井戸付近で、ジルカースとゼロの帰りを待った。
井戸内部の地図を指し示しながら、オネストが説明する。
「井戸内部は狭く、登り口もありません。ゆえに追ってくる手の者も少ないと思われます」
「何より向こうには念願だったアカツキ、もといもうひとりの“ジルカースの旦那“がいるんだからな。ゼロを人質にとる理由も無くなった、皮肉な話だけど……」
キスクが苦いものを口にしたかのような表情でそうこぼす。
ジルカースとは昔から相棒としてやってきた縁のある、付き合いの長い仲間であるためか、デオンには及ばないながらも執着がある人間であった。
そこで、枯れ井戸の中からカツンという乾いた音が響く。
テオが覗き込んでみると、ゼロが井戸の底で手を振っていた。
「ゼロ……!待って、今ロープを……」
「待った、なんだか違う気配を感じるけど」
アイラの言葉に注意した一同は、ロープで這い上がってきたゼロの背後に、見慣れない姿の少年を見とめ動揺を隠せない。
その後に続いて上がってきたジルカースが、今回の状況を説明した。
「こいつは、ゼロの友人のイクリプセ。もうひとり、ついて来たがった者が居たんだが……結局、向こうでデオンを説得すると言って残ったよ」
向こうに残ると言った、見覚えのある少年を思い出しながら、ジルカースが何かを願うように、うっすら瞳を閉じる。
オネストはようやくホッとした様子で微笑むと、握手を願い出るようにジルカースに感謝しながら言った。
「そうですか……いずれにせよ無事に戻って来てくださり良かった」
「アカツキの姿が見えないが……あの後どうなった?」
その言葉に黙り込んだ一同に、状況を察したらしきジルカースは「そうか……」と黙した。
「アカツキさん……?新しい仲間なの?」
ただひとり様子を察することができていない様子のゼロに、ジルカースは黙って頷いた。
「お前にもいずれ話そう。その時はアカツキも一緒にな」
「はい…!」
しかしそんな一同の背後から、迫る敵の手の者があった。
一同の隙をついてひとり潜入してきた敵の残党。
その間者に最も近い位置に居たイヴァンが、咄嗟に刀を振りかざす。
「師匠の背後を取るなんて、お前何者だ!」
「イヴァン……!」
イヴァンよりも一枚上手だった間者は、イヴァンに瀕死の一撃を与えた後、ジルカースの手により討ち取られた。
「先ほどの精鋭部隊の残党か!俺としたことが、仕損じた……!イヴァンしっかりしろ!」
「ししょ……ごめんなさい……」
「喋るな!血が……!」
瞬間、ジルカースのうちに溢れたのは、“キスクを不老不死にした時と同じ“感覚だった。
己の血を分け与えて、その命を救えという、どこから湧き上がってくるでもない衝動。
しかし、それに従おうとしたジルカースを制したのは、ゼロの友人だと名乗るイクリプセだった。
「待って、彼にはイルヴァーナと同じ力を感じるよ」
(イルヴァーナ……先ほどついてくると言って聞かなかった少年か)
イクリプセの言葉にハッとしたジルカースの脳裏に、三人の腕に共通する刺青の逸話が蘇る。
その瞬間、イヴァンの刺青とルトラの刺青が呼応するように煌めき、とてつもない神力の力が溢れ出た。
「これ……!小さい頃と同じだよ!イヴァンが瀕死の怪我を負った時と……!」
そう叫ぶなり、ルトラがその場に倒れ込み、隣に居たアイラが慌てて抱え込む。
「神力の相互作用か……ルトラ、イヴァン、やはりお前たちはすでに不老不死だったんだな」
ジルカースの言葉通り、一同が慌てふためいている間に、イヴァンの傷はすっかり癒えていた。
しかしどうしたことだろうか、同じ不老不死であるジルカースには、感知することができなかった。これはどういうことなのか。
気に掛かったジルカースは、拠点となる東の国王都付近の隠れ砦へと戻り落ち着いたところで、密かにヘンゼン博士へ通信を取った。
「ふむ……おそらくはあんたの持つ不老不死の力と、他の者の不老不死の力の、構造の違いではないか」
「構造の違い……?」
「ううむ……金でできているものと、鉄でできているものでは、構造が違うじゃろう?感触としても強度としても、色を省けば分かりづらいが、よく見れば違いがある。あんたは先天的な不老不死、他の者は後天的な不老不死、そういうことではないかの。わしは不老不死ではないから、細かい事はなんとも言えんがの」
「なるほどな……」
そう考えると、ジルカースが真実理解が及ぶ人間は“同じ存在であるアカツキと、息子のゼロだけ“ということになる。
そう考えるとなんだか無性にもの悲しく感じてしまうのだった。
(早くアカツキを取り戻さなければ)
焦燥感にも似た苛立ちと焦りを感じながら、ジルカースは遥か彼方に見える東国の城の影を見ていた。
***
その頃、東国の王城の玉座では、デオンがアカツキと共に酒宴に興じていた。
デオンのかたわらには、メイド時代からの馴染みであるメリルが付き従っていた。
つい、と口を付けると一気に飲み干したジルカースに、デオンも負けじとワインを注ぐようメリルに命じる。
「こんなふざけた遊びをしている暇があるのか、デオン」
「ふざけた遊びねぇ……アンタは酒が好きだと聞いたから、どうかなと思ったんだけど。踊り子でも呼ぼうか?ボクは興味ないけど」
「俺も興味が無いな、それより、コイツだろ」
そう言って真っ先に拳銃を向けたのはアカツキだった。
「デオン様!」
「大丈夫さメリル、これが“ジルカースの本性“だよ」
動じた様子を見せたメリルを制したデオンは、腰ポケットから瞬時に取り出したナイフで、五発ほど発射されたその弾丸を弾く。
「おかしいね、完全に洗脳したはずなんだけど」
「貴様の洗脳など効くか!俺は“アカツキ“だ……!」
洗脳が解けきらない頭を抑えながら、激昂した様子も見せたアカツキに、デオンはゆっくり歩み寄ると、再びその目元を覆うようにして洗脳をかける。
「ダメだよ、あんたは今はボクの犬だからね。あの神子の元へだって帰さない」
手のひらを離すなり、意識を失い腕の中へ崩れ落ちたアカツキを受け止めながら、デオンは遠く響く雷鳴を聞いていた。
ただひとつ、神力による洗脳では壊しきれぬ“加護“を感じながら。
『人民解放戦線リベラシオン』の本部に招かれていたアカツキは、ゼロを取り戻すためにとある作戦を取ろうとしていた。
「俺はこの通り、ジルカースの双子のような存在だからな。ジルカースを求めているデオンの元へ赴くのは、俺がうってつけだろう。ゼロを取り戻す交換条件としても、悪くはないはずだ」
「けれど、その後アカツキ殿はどうされるおつもりですか?」
「……」
黙り込んだアカツキに対し、リベラシオンの現行の隊長であるオネストは、物憂げな顔をして心のうちを明かした。
「あなたはジルカース殿ではないかもしれない。けれど今はあなたも私たちにとって大切な仲間です。どうかご自分の身も大切にしてください」
素直に言葉を伝えられるオネストの面影に、どこかグライドに似た情の深さを感じながら、闇堕ちジルカース、もといアカツキは、ただ黙って頷いた。
誰かから“仲間“と呼ばれることなど久しぶりの事だった。
(これもテオがくれた名前の加護のおかげだろうか)
神力とは違う、不思議な人の縁のようなものを感じながら、アカツキはジルカースとテオの息子であるゼロ奪還のため、動き出すことを決意していた。
紆余曲折あり、作戦に滑り込む形でジルカースたちが全員合流したのは、その夜の事だった。
「もとよりお前だけに重荷を背負わせるつもりなどなかったさ。一緒にやってくれるか」
手を差し伸べ問いかけたジルカースに対しアカツキは、それまでテオをめぐっていがみあってきた自分たち“ジルカースという存在“を思い返し、どこか自虐的な笑みを見せて言った。
「俺は一度何もかも失ったと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。感謝するぞ。共にやってやろう、俺たちの息子のために」
作戦はその夜の深夜に決行された。
“軟禁状態下に置かれていたゼロたちが、城内敷地内部にて外出を許可されるようになった“という裏情報を手に入れていたリベラシオン一派の導きにより、神力により気配を消せるジルカースとアカツキが作戦を主導することになった。
“今までは暗殺者として活用してきた技術を、こんなところで活かせる日が来るとは“と、ジルカースもアカツキもよくよく感じるのだった。
奪還の作戦は、アイラとキスクたち陽動隊が表門で騒ぎを起こしている隙に、ジルカースとアカツキ主導の別働隊が裏から潜入し、ゼロを取り戻す、というものだった。
しかしそこで裏手門側に現れたのは、敵軍の王であるデオンだった。
「表門の軍勢にジルカースの姿がない、と聞いたからね。あんたならこっちから来るだろうと思ったよ」
「相変わらず俺の行動をよく把握しているな」
「だてにあんたを探してこの世界まで来てないさ。それにしてもあんた、双子だったのかい?一見して同一人物のように見えるけど、これはどういうことかな。教えてくれるかい、ジルカース……!」
そう叫んで、ナイフをくるくると回しながら振り上げたデオンに、デオン軍の兵士たちが退き道を開く。
ジルカースとアカツキはその隙を縫うように、歩幅も同じくして電光石火で前進すると、デオンめがけて二人で切り掛かった。
「ははっ……!本当に太刀筋もパワーも全く同じだ、こいつは凄いね!」
「戦いの時そんなふうに笑うのはお前だけだ、全く厄介な奴だ……!」
そう言って苦笑うジルカースに対し、アカツキは無言だったがやれやれと皮肉った笑みを見せている。
三人入り混じるように繰り返し交わされる剣撃に、ばちんと激しく火花が爆ぜ、周囲の兵たちが驚きながら間をとった。
二対一の戦いにデオンが押されるかと思われたが、しかしそこで意外な展開が起こった。
東の国を覆うほどの黒雲が瞬く間に広がり、やがて激しい雷鳴が鳴り響き始めたのである。
「なんだこいつは……!?」
「ふふ、この世界のあんたには初披露だったかな?“ボクのとっておき“だよ!」
圧倒的に人間離れした攻撃を楽しげに披露するデオンに、“自分の神力にも似た“恐ろしさを感じたジルカースは、背後で何やら叫んでいるルトラたちの言葉を耳にする。
「あれ何!?黒雲の渦の中に居る“鳥みたいなデッカイやつ!“」
「デオン貴様……神力を使えるようになったのか」
ルトラの言葉に何かを勘付いたらしきアカツキが、そう言って単独で飛びかかる。
背後から羽交い締めにするようにデオンを制止させたアカツキは、その隙を逃さぬようにジルカースに叫んだ。
「ジルカース!ここは俺に任せて行け!」
「……!」
一瞬の迷いが生じたジルカースだったが、身を挺して活路を切り開いてくれたアカツキの行いを無駄にする訳にもいかないと察するや、二人の横をすり抜けると城内へと潜入していった。背後でジルカースの様子を見守っていたルトラが慌ててその後を追おうとしたが、テオが何かを察したようにそれを制した。
「テオ姉……!どうして……!?」
「危うい戦いだけれど……この先は気配を消せるジルカースの戦略が生きるはずだわ、任せましょう」
テオの言葉に歩みを止めたルトラは、降霊させたばかりのデロを所在なさげに佇んでいる。
一方で、王を人質に取られる形で一時的にアカツキに動きを制されていたデオン軍も、やがて降り始めた紅い雷の雨に喜びの声をあげ復活してゆく。
「上出来だよ、いいね、こういうの嫌いじゃないよ“ジルカース!“」
「気付いていたか……今はアカツキという名をもらった身だが、懐かしい呼び名だ」
「この光景をもう一人のジルカースに見せられなかったのが残念だけど、ね……!」
いかづちの雨の中、そう言ってアカツキの制止を振り解いたデオンは、アカツキの後頭部からナイフを当てがいながら、その目を塞ぐようにして静かに言い放った。
「今度はボクが、ボクだけがその名前を呼んであげるよ“ジルカース“……だからボクの元へ来るといい」
「何を言って……」
戸惑うアカツキの頭上に、細く光るいかづちが一筋降りる。
あっと周囲が視線を投じた後には、アカツキの瞳の様子は変わっていた。
同時に、黒雲の中から神々しい風体の真っ赤な大鳥が現れ、轟くような鳴き声が響き渡った。
「アイツだよ!さっき見えてたの!ヤバイんじゃないのこれ……!」
「ジルカース、アカツキ……!」
“何かに洗脳されたかのように“振り返り、刃を手に向かってくるアカツキに対し、ピンチに陥ったかに見えたリベラシオンの軍勢だったが、ルトラの降霊させていたデオンがそれに対抗するように飛び出した。
周囲には何者と戦っているのかわからない有様だったが、ただ一人術者であるルトラにだけはその様子が見てとれた。
「……あんたがこんなことで目の色変えるなんてね……“こっちのボク“はお子様で厄介だねぇ」
「目障りだ、散れ」
デロの呼びかけにも応じる様子のないアカツキに、やがてルトラも焦りの表情を見せ始める。
やがて目前に迫らんとするアカツキに対して、さしたる武力もないテオが身を呈して庇おうと飛び出した。
「……聞こえる?」
「……!」
照準を合わせた銃口の先、真っ直ぐに見据えられたテオの揺らぐことのない瞳が、アカツキの曇った瞳を貫くように見通す。
テオは祈る仕草も見せぬままに、アカツキ、もといもう一人のジルカースに、ひたむきな視線を集中させる。
「アカツキ、私は何があっても、ここからあなたを見ているわ」
「……やめろ……そんな真っ直ぐな目で俺を見るな……!」
やがて発動したテオの祈りの神力の力か、アカツキの片手から黒い刀が取り落とされる。
ふらつきながら頭を抱え、動揺した様子を見せるアカツキを、そのまま背後に撤退させるように背後に庇ったデオンは「痛み分けだね、ここは預けるよ」と言って、アカツキを伴ってその場を去って行った。
やがて消え失せた大鳥と、薄らいでゆく黒雲に、リベラシオンの一同は命拾いしたらしきことを悟る。
「テオ姉、もしかして今のがテオ姉の神力なの……!?降霊術とは違うけど、不思議な感覚だった……そっか、これが神力なのかぁ、なんか心の奥がムズムズして温かくなる感じ」
「神力は人によって特性が違うのよ。さっきのデオンの紅い雷も、おそらくは神力のひとつだけど、だいぶ種類が違うわね。驚異的だわ」
それまでの動向を自身なさげに見守っていたオネストは、「そうなのですか……いずれにせよ、人間業ではない力を感じました」と、心底圧倒された様子でこぼした。
「今頃は、ジルカースが潜入して立ち回ってくれている頃合いかしら。あとは私たちは予定通り脱出の手筈を整えましょう」
その後、陽動隊のアイラたちと合流したテオたちは、東の城から伸びる地下通路先の枯れ井戸付近で、ジルカースとゼロの帰りを待った。
井戸内部の地図を指し示しながら、オネストが説明する。
「井戸内部は狭く、登り口もありません。ゆえに追ってくる手の者も少ないと思われます」
「何より向こうには念願だったアカツキ、もといもうひとりの“ジルカースの旦那“がいるんだからな。ゼロを人質にとる理由も無くなった、皮肉な話だけど……」
キスクが苦いものを口にしたかのような表情でそうこぼす。
ジルカースとは昔から相棒としてやってきた縁のある、付き合いの長い仲間であるためか、デオンには及ばないながらも執着がある人間であった。
そこで、枯れ井戸の中からカツンという乾いた音が響く。
テオが覗き込んでみると、ゼロが井戸の底で手を振っていた。
「ゼロ……!待って、今ロープを……」
「待った、なんだか違う気配を感じるけど」
アイラの言葉に注意した一同は、ロープで這い上がってきたゼロの背後に、見慣れない姿の少年を見とめ動揺を隠せない。
その後に続いて上がってきたジルカースが、今回の状況を説明した。
「こいつは、ゼロの友人のイクリプセ。もうひとり、ついて来たがった者が居たんだが……結局、向こうでデオンを説得すると言って残ったよ」
向こうに残ると言った、見覚えのある少年を思い出しながら、ジルカースが何かを願うように、うっすら瞳を閉じる。
オネストはようやくホッとした様子で微笑むと、握手を願い出るようにジルカースに感謝しながら言った。
「そうですか……いずれにせよ無事に戻って来てくださり良かった」
「アカツキの姿が見えないが……あの後どうなった?」
その言葉に黙り込んだ一同に、状況を察したらしきジルカースは「そうか……」と黙した。
「アカツキさん……?新しい仲間なの?」
ただひとり様子を察することができていない様子のゼロに、ジルカースは黙って頷いた。
「お前にもいずれ話そう。その時はアカツキも一緒にな」
「はい…!」
しかしそんな一同の背後から、迫る敵の手の者があった。
一同の隙をついてひとり潜入してきた敵の残党。
その間者に最も近い位置に居たイヴァンが、咄嗟に刀を振りかざす。
「師匠の背後を取るなんて、お前何者だ!」
「イヴァン……!」
イヴァンよりも一枚上手だった間者は、イヴァンに瀕死の一撃を与えた後、ジルカースの手により討ち取られた。
「先ほどの精鋭部隊の残党か!俺としたことが、仕損じた……!イヴァンしっかりしろ!」
「ししょ……ごめんなさい……」
「喋るな!血が……!」
瞬間、ジルカースのうちに溢れたのは、“キスクを不老不死にした時と同じ“感覚だった。
己の血を分け与えて、その命を救えという、どこから湧き上がってくるでもない衝動。
しかし、それに従おうとしたジルカースを制したのは、ゼロの友人だと名乗るイクリプセだった。
「待って、彼にはイルヴァーナと同じ力を感じるよ」
(イルヴァーナ……先ほどついてくると言って聞かなかった少年か)
イクリプセの言葉にハッとしたジルカースの脳裏に、三人の腕に共通する刺青の逸話が蘇る。
その瞬間、イヴァンの刺青とルトラの刺青が呼応するように煌めき、とてつもない神力の力が溢れ出た。
「これ……!小さい頃と同じだよ!イヴァンが瀕死の怪我を負った時と……!」
そう叫ぶなり、ルトラがその場に倒れ込み、隣に居たアイラが慌てて抱え込む。
「神力の相互作用か……ルトラ、イヴァン、やはりお前たちはすでに不老不死だったんだな」
ジルカースの言葉通り、一同が慌てふためいている間に、イヴァンの傷はすっかり癒えていた。
しかしどうしたことだろうか、同じ不老不死であるジルカースには、感知することができなかった。これはどういうことなのか。
気に掛かったジルカースは、拠点となる東の国王都付近の隠れ砦へと戻り落ち着いたところで、密かにヘンゼン博士へ通信を取った。
「ふむ……おそらくはあんたの持つ不老不死の力と、他の者の不老不死の力の、構造の違いではないか」
「構造の違い……?」
「ううむ……金でできているものと、鉄でできているものでは、構造が違うじゃろう?感触としても強度としても、色を省けば分かりづらいが、よく見れば違いがある。あんたは先天的な不老不死、他の者は後天的な不老不死、そういうことではないかの。わしは不老不死ではないから、細かい事はなんとも言えんがの」
「なるほどな……」
そう考えると、ジルカースが真実理解が及ぶ人間は“同じ存在であるアカツキと、息子のゼロだけ“ということになる。
そう考えるとなんだか無性にもの悲しく感じてしまうのだった。
(早くアカツキを取り戻さなければ)
焦燥感にも似た苛立ちと焦りを感じながら、ジルカースは遥か彼方に見える東国の城の影を見ていた。
***
その頃、東国の王城の玉座では、デオンがアカツキと共に酒宴に興じていた。
デオンのかたわらには、メイド時代からの馴染みであるメリルが付き従っていた。
つい、と口を付けると一気に飲み干したジルカースに、デオンも負けじとワインを注ぐようメリルに命じる。
「こんなふざけた遊びをしている暇があるのか、デオン」
「ふざけた遊びねぇ……アンタは酒が好きだと聞いたから、どうかなと思ったんだけど。踊り子でも呼ぼうか?ボクは興味ないけど」
「俺も興味が無いな、それより、コイツだろ」
そう言って真っ先に拳銃を向けたのはアカツキだった。
「デオン様!」
「大丈夫さメリル、これが“ジルカースの本性“だよ」
動じた様子を見せたメリルを制したデオンは、腰ポケットから瞬時に取り出したナイフで、五発ほど発射されたその弾丸を弾く。
「おかしいね、完全に洗脳したはずなんだけど」
「貴様の洗脳など効くか!俺は“アカツキ“だ……!」
洗脳が解けきらない頭を抑えながら、激昂した様子も見せたアカツキに、デオンはゆっくり歩み寄ると、再びその目元を覆うようにして洗脳をかける。
「ダメだよ、あんたは今はボクの犬だからね。あの神子の元へだって帰さない」
手のひらを離すなり、意識を失い腕の中へ崩れ落ちたアカツキを受け止めながら、デオンは遠く響く雷鳴を聞いていた。
ただひとつ、神力による洗脳では壊しきれぬ“加護“を感じながら。
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