雑草と呼ばれた令嬢は、氷の公爵の庭を咲かせる

ねむたん

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春の光が、土の匂いと混ざり合っていた。

「フェリシア、見てごらん。この子はね、声をかけてあげると喜ぶのよ」

母の手は、いつも少し土で汚れていた。
それがフェリシアは好きだった。

華やかなドレスよりも、庭仕事用の古いエプロン姿の母が、一番美しいと思っていた。

「お花も、お話を聞いてくれるの?」

「聞いてくれるわ。だからあなたも、ちゃんと話しかけてあげてね」

幼いフェリシアは、母の隣にしゃがんで、まだうまく言葉にできない何かを小さな花に向かって囁いた。

すると花が、ほんの少しだけ、こちらに向いた気がした。

母が笑った。

その笑い声を、フェリシアは今でも覚えている。

母が逝ったのは、フェリシアが八つの冬だった。
翌年の春、父は新しい妻を迎えた。

その日から、屋敷の空気が変わった。





扉が開く音がして、フェリシアは顔を上げた。

玄関ホールに、光が溢れた。

正確には、カサンドラが帰ってきたのだ。

今夜の夜会で披露したオーロラの余韻がまだ指先に残っているのか、彼女が動くたびにドレスの裾あたりがほんのりと七色に揺らめいている。

「おかえりなさいませ、カサンドラ様」

使用人たちが頭を下げる中、父、エドワード・ルミナリス伯爵が満面の笑みで歩み出た。

「カサンドラ!どうだった、今夜は?」

「もう最高だったわ、お父様!侯爵夫人が、ぜひまた来てほしいって。来月の王宮の園遊会にも声がかかったの」

「ほう!王宮の!」

父の顔が誇らしげに輝く。

フェリシアはホールの端で、その光景をいつものように眺めていた。

特に悲しいわけではない、と自分に言い聞かせる。ただ少し、疲れていた。

「フェリシア」

継母、エレナが視線だけをこちらに向けた。笑ってはいない。かといって怒ってもいない。ただ用件を言い渡すときの、事務的な顔だった。

「カサンドラの荷物を部屋に運んでおいて」

「はい、奥様」

フェリシアは頭を下げ、侍女から荷物を受け取った。父はもうこちらを見ていなかった。

夕食の席で、フェリシアはテーブルに着かなかった。
これも、いつものことだ。

「お水のおかわりをいただけるかしら」

カサンドラが言い、フェリシアは水差しを持って近づいた。
カサンドラはグラスが満たされるのを待ちながら、今夜の夜会で出会った青年の話を続けている。
父と継母が熱心に聞いている。

フェリシアはまたそっと下がった。

「……スープが薄いわ」

継母がスプーンを置いた。

「フェリシア、料理人に言いなさい。毎回こんな調子では困ります」

「申し訳ございません、奥様」

フェリシアは頭を下げた。

謝りながら、内心では小さくため息をつく。

(今日も、ちゃんとお願いしておいたのに)

先ほど厨房に顔を出したとき、フェリシアは料理人のマーサに今日のメニューを確認していた。
こってりした肉料理が並ぶ予定だったので、スープくらいは軽めに仕上げてほしいとそっと頼んでいた。
マーサは苦笑いしながらも聞いてくれた。

でも、そんな事情はこの席では関係ない。

「本当に気が利かないお姉様」

カサンドラがくすりと笑いながら、ぽってりとした唇にナプキンを当てた。

白い肌が食卓のカンデラに照らされてつやつやと光っている。
今夜の夜会で褒められたとご機嫌なのか、頬がふっくらとバラ色に染まっていた。

「お水、もう一杯」

グラスはさっき満たしたばかりだった。

フェリシアは何も言わず、また水差しを持って近づいた。

夕食が終わり、片付けを手伝って、フェリシアがようやく外に出たのは夜もずいぶん更けてからだった。

屋敷の裏手、北向きの日当たりの悪い一角に、フェリシアの庭がある。

庭と呼ぶには小さすぎる。継母がここに移せと言ったとき、父は何も言わなかった。

日が差さないような場所では植物は育たない、と使用人たちは陰で言った。

でも花たちは、ちゃんと育った。

暗がりの中でも、フェリシアには花の気配がわかる。今日は少し水が足りていない。
あの子は土が固くなっている。この子は、昨日よりも元気そうだ。

ランタンを低く持ちながら、フェリシアはしゃがんで土を確かめた。

ここだけが、フェリシアのものだった。

母の形見の白い小花が、暗がりの中で静かに揺れている。

「今日も、いい子ね」

フェリシアは囁いた。

花が、ほんの少し揺れた気がした。
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