雑草と呼ばれた令嬢は、氷の公爵の庭を咲かせる

ねむたん

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踏みにじられるもの

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数日後の朝のことだった。

フェリシアが厨房に顔を出したのは、夜明けからほどなくした頃だ。
朝食の準備が始まる前に、マーサに今日のメニューを確認しておきたかった。

「昨日、カサンドラ様が甘いものをたくさん召し上がったと聞きましたので、今朝は軽めにしていただけますか」

「またですか、フェリシア様」

マーサは苦笑いしながら、それでも頷いてくれた。
長年この屋敷に仕えている老料理人は、フェリシアの頼みを無下にしたことがない数少ない人間のひとりだった。

「お嬢様方に感謝されないのが、もったいないですよ」

「感謝していただくようなことでは、ないので」

フェリシアは小さく笑って厨房を出た。



午前中は繕い物があった。

カサンドラが昨夜の夜会で引っかけたというドレスの裾を、フェリシアが直す。
侍女たちにも頼めることだが、継母はこういった細かい仕事をフェリシアに回してくることが多い。

針を動かしながら、窓の外を見た。

曇り空だった。今日は庭の子たちに日が当たらないかもしれない。あとで様子を見に行こうと思いながら、フェリシアは手を動かし続けた。

扉が開いたのは、それからしばらくしてからだった。

「あら、まだそれやってるの」

カサンドラが欠伸をしながら入ってくる。

昼近いというのに、まだ寝間着のままだ。夜会帰りの翌日はいつもこうだった。

「もう少しで終わります」

「急いでよ。今日の午後、友人が来るんだもの。きちんとしたドレスでお出迎えしないといけないでしょ」

「はい」

カサンドラはそのままフェリシアの横を通り過ぎ、窓の外を見た。白い頬が、朝の光でふっくらと明るい。

「ねえ、また庭をうろうろするつもり?」

「午後、少しだけ」

「ふうん」

興味なさそうに言って、カサンドラは部屋を出ていった。




午後になり、カサンドラの友人たちが来訪した。
フェリシアはお茶の用意を手伝い、菓子を運び、また下がった。

客間から笑い声が溢れてくる。

カサンドラが昨夜の夜会の話をしているらしく、黄色い声が廊下まで届いた。
アルヴィン・ローゼンタール様がどれほど素敵だったか、という話のようだった。

フェリシアはそのまま裏手へと回り、庭に出た。

曇り空だったが、雨は降らなかった。白い小花たちは、薄い光の中でひっそりと咲いている。
フェリシアは膝をついて、土の具合を確かめた。

「ごめんね、今日はあまり日が当たらなかったね」

花が揺れた。

「でも明日は晴れそうだから」

そのときだった。

背後で、草を踏む音がした。

振り返る前に、声がした。

「こんなところにいたの」

カサンドラだった。客間での話が一段落したのか、友人たちを連れてこちらへ来たらしい。三人の令嬢が、庭の入り口に立っている。

「まあ、カサンドラ様、ここが噂の……」

「そう、お姉様の草置き場。笑えるでしょう」

くすくすと笑い声が上がる。フェリシアは立ち上がり、静かに頭を下げた。

「カサンドラ様、こちらは立ち入りが……」

「私の屋敷でしょう、どこへだって行けるわ」

カサンドラが歩いてくる。友人たちがついてくる。

フェリシアは一歩、庭の前に出た。

「足元が悪いですので、お気をつけください」

「大丈夫よ、そんな草」

カサンドラの視線が、白い小花の群れに止まった。

「これが、亡きお母様の形見とかいう花?」

「……はい」

「地味ねえ」

友人のひとりが言った。カサンドラが笑った。

次の瞬間だった。

カサンドラの足が、無造作に踏み出した。

白い小花が、音もなく折れた。

「……っ」

フェリシアは声が出なかった。

カサンドラは気づいていないのか、気づいていないふりをしているのか、友人と何か話しながらくるりと踵を返した。ドレスの裾が、もう一本の茎を払った。

「じゃあね、お姉様。草の世話、ご苦労様」

笑い声が遠ざかっていく。

フェリシアはしばらく、その場に立ち尽くしていた。

それからゆっくりとしゃがんで、折れた茎を拾った。まだ花がついていた。小さな白い花が、土の上に横たわっている。

声は出なかった。涙も、すぐには出なかった。

ただ、胸の奥に何かが静かに積み重なった。




父に話したのは、夕食の後だった。

めったにないことだったから、父は少し驚いた顔をした。

「お父様、今日カサンドラ様が……母の庭に入って、花を踏んでしまって」

「ほう」

父は書類から目を上げた。

「わざとではなかったかもしれませんが、母の形見の花が、折れてしまったので……せめて、庭には入らないように言っていただければ」

父は少しの間、黙っていた。

気にかけてくれるだろうか、とフェリシアは思った。

「カサンドラも悪気はなかったんだろう」

父の口から出たのは、その言葉だった。

「あの子も夜会続きで疲れているんだ。お前も少し、大目に見てやれ。姉妹なんだから仲良くしなさい」

フェリシアは、一秒だけ父の顔を見た。

「……はい、お父様」

頭を下げて、部屋を出た。

廊下に出た途端、奥歯を噛んだ。

泣くものか、と思った。
泣いたところで、何も変わらない。それはもう、とっくに知っていた。

その夜遅く、フェリシアはまた庭に出た。

折れた茎に、細い添え木をして、そっと支えた。根はまだ生きている。また咲けるかもしれない。

「大丈夫よ」

フェリシアは囁いた。

花に言っているのか、自分に言っているのか、自分でもわからなかった。

暗い空に、星が出ていた。
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