9 / 30
9.最弱王者決定戦
しおりを挟む
意気揚々とキャンストル伯爵邸に帰ってきたデイビッドは階段を駆け降りてきたキャサリンのハグ付きの出迎えを受けて鼻の下を伸ばした。
「お帰りなさい、大丈夫だった?」
ハーフアップにしたピンクブロンドにはデイビッドがプレゼントした髪飾りが輝き、白地に花模様の捺染布で作られた夏らしいドレスの胸元には学生には不釣り合いなほど大きな宝石がついたネックレスが輝いていた。
(どれもこれもキャサリンのためにあるみたいだよ、アーシェみたいな地味女には絶対に似合わないよな~)
期末試験が終了した祝いという不思議な理由でデイビッドがプレゼントした品々に身を包んだキャサリンは花の妖精と見紛うばかりに美しく輝いていた。
(ローゼンタールに早く払ってもらわないと⋯⋯こっちに請求がきたらヤバいことに⋯⋯いや、もう大丈夫)
一瞬不安になったが今日の面会でリリベルを味方につけたと信じ込んでいるデイビッドは満面の笑みを浮かべて不安げな顔で見上げるキャサリンの頬にキスを落とした。
「勿論だよ。アーシェが言い訳しようと慌ててたけどおばさんが出てきたら黙り込んでさぁ、みっともなくて笑いを堪えるのが大変だったんだ。
んで、おばさんは今度正式にキャサリンを招待したいって言ってた⋯⋯キャンストル伯爵家の義妹になるキャサリンを大切にできないならおばさんもアーシェも捨てられるって今度こそ理解できたんじゃないかな」
話をしながら階段を登りデイビッドの自室に向かうふたりは時折立ち止まってはキスを交わしている。
「ローゼンタールのお屋敷に正式に招かれるなら新しいドレスが必要だわ!」
パタンと自室のドアが閉まると当たり前のようにベッドに倒れ込み、デイビッドの手がキャサリンの身体を彷徨いはじめた。
「このネックレスも素敵だけどセットのブレスレットをつけて行ったらまた何かあるかもだし⋯⋯次はネックレスを狙われちゃうのかな」
デイビッドの腕の中にいるキャサリンが少し照れ臭そうにモジモジとしてから胸に額を押し当てた。
(ドレスとアクセサリーの両方かぁ⋯⋯それまでに今までの支払いをしてもらわないと⋯⋯アーシェに急ぐように言えば⋯⋯)
「進級祝いを贈るためって言えばローゼンタールは払わざるを得ないよね?」
誰に送るのか⋯⋯名前は言わないでデイビッドの思考を上手く誘導していくキャサリンのテクニックは母親仕込み。
「あ、そうか! それなら、この間キャサリンが欲しいって言ってたドレスを後で見に行こう⋯⋯今はほら、いいだろ?」
デイビッドの部屋から漏れはじめた淫猥な音と気配に執事のセドリックが溜息をついた。
「旦那様は何を考えておられるんだろう」
隣国に出かける前にライルはアンジー・ケレイブを数回屋敷に招待していた。
ソワソワと落ち着きなくアンジーが来るのを待ち、人払いをしてアンジーとふたりだけで食事を楽しむライルは思春期の青年のように耳を赤くして⋯⋯生き生きと輝いていた。
アンジーの家が『ソルダート貿易会社』を営んでいると知った時もセドリックはあまり不安を感じていなかった。
(旦那様はとても真面目で慎重な方だから何かお考えがあるんだろう。とても良い雰囲気だし再婚して向こうの会社をテコ入れするとか⋯⋯悪い噂のある会社だが旦那様のような方が経営に参加されたら大きく変わるはずだし、ローゼンタール伯爵家がついているんだから心配はない)
今から4ヶ月前にライルがアンジーと共に旅行に出かけると言い出した時にセドリックは初めて不安を覚えた。
『ローゼンタール伯爵家に秘密で行かれるのですか?』
『ケインやリリベルはあの通りの堅物だからアンジーと一緒だと知られたら痛くもない腹を探られるからね。今はまだ秘密にしておきたいんだ』
ライルは『わかるだろう』と言いながら照れ臭そうに笑った。
『それとアンジーの娘のキャサリンの事も頼む。長い間母親が不在だと不安になると思うから、出かける前にデイビッドに合わせておこうと思っているんだ。セドリックとデイビッドがいれば困ることはないだろう』
『ザッカリー様にお声をかけられてはいかがですか?』
『⋯⋯いや、やめておくよ。アイツは私の言うことなど聞く耳を持たないから。デイビッドがアーシェと結婚したら変わるだろうがそれまでは放っておいた方がいい』
デイビッドとアーシェの婚約話が出た頃からライルとザッカリーの不和は続き、妻子と共に王宮近くのアパートに住みはじめてからは年に一度顔を合わせればマシな方だという状態になっていた。
(その理由をはっきりと聞いたわけではないが当時アーシェ様と仲が良かったのはデイビッド様よりもザッカリー様の方だった。多分ザッカリー様はご自身がアーシェ様の婚約者になりたいと思われたのだろうな。
でも、もうザッカリー様はカーラ様とご結婚されて子供もおありなのだから和解してもいいと⋯⋯)
『デイビッドはもう直ぐ準成人だからね、私が出かけている間くらいはしっかりと家を管理するよう伝えておく。セドリックがいるんだからデイビッドでもなんとかなるだろう』
ライルが旅に出てからデイビッドの我儘に拍車がかかっていったが『父上から当主代理に任命された』と言われるとあまり強く言えない。
(何度問い合わせのお手紙を出してもライル様のお返事は滞ったままだし、ローゼンタール伯爵家からの問い合わせについての返事もこない⋯⋯デイビッド様はアーシェ様を放置してキャサリン様とあのような関係になってしまわれて。せめて先代様にご相談できれば良いのだけれど、それも旦那様から禁止されているから⋯⋯八方塞がりとはこの事だな)
キャンストル伯爵邸は終わるのではないかという不安でげっそりと窶れたセドリックの耳に元気いっぱいのデイビッドの声とキャサリンの少し甲高い嬌声が聞こえてきた。
『買い物に出かけるから直ぐに馬車の準備をしろ!』
『ありがとう! デイビッド、だ~い好き』
早馬を飛ばして駆け戻った老人ふたりがローゼンタールの屋敷に着いたのはまだ薄暗く朝靄が消えていない時間だった。
「どうするかの? この時間に突撃したらケツを蹴り上げられる自信がある」
エマーソンがローゼンタールの屋敷を見上げて呟いた。
「なら、キャンストルの屋敷で時間を潰せば良かろう」
そう言いながら既に移動をはじめていたランドルフの腕をエマーソンが捕まえた。
「お帰りなさい、大丈夫だった?」
ハーフアップにしたピンクブロンドにはデイビッドがプレゼントした髪飾りが輝き、白地に花模様の捺染布で作られた夏らしいドレスの胸元には学生には不釣り合いなほど大きな宝石がついたネックレスが輝いていた。
(どれもこれもキャサリンのためにあるみたいだよ、アーシェみたいな地味女には絶対に似合わないよな~)
期末試験が終了した祝いという不思議な理由でデイビッドがプレゼントした品々に身を包んだキャサリンは花の妖精と見紛うばかりに美しく輝いていた。
(ローゼンタールに早く払ってもらわないと⋯⋯こっちに請求がきたらヤバいことに⋯⋯いや、もう大丈夫)
一瞬不安になったが今日の面会でリリベルを味方につけたと信じ込んでいるデイビッドは満面の笑みを浮かべて不安げな顔で見上げるキャサリンの頬にキスを落とした。
「勿論だよ。アーシェが言い訳しようと慌ててたけどおばさんが出てきたら黙り込んでさぁ、みっともなくて笑いを堪えるのが大変だったんだ。
んで、おばさんは今度正式にキャサリンを招待したいって言ってた⋯⋯キャンストル伯爵家の義妹になるキャサリンを大切にできないならおばさんもアーシェも捨てられるって今度こそ理解できたんじゃないかな」
話をしながら階段を登りデイビッドの自室に向かうふたりは時折立ち止まってはキスを交わしている。
「ローゼンタールのお屋敷に正式に招かれるなら新しいドレスが必要だわ!」
パタンと自室のドアが閉まると当たり前のようにベッドに倒れ込み、デイビッドの手がキャサリンの身体を彷徨いはじめた。
「このネックレスも素敵だけどセットのブレスレットをつけて行ったらまた何かあるかもだし⋯⋯次はネックレスを狙われちゃうのかな」
デイビッドの腕の中にいるキャサリンが少し照れ臭そうにモジモジとしてから胸に額を押し当てた。
(ドレスとアクセサリーの両方かぁ⋯⋯それまでに今までの支払いをしてもらわないと⋯⋯アーシェに急ぐように言えば⋯⋯)
「進級祝いを贈るためって言えばローゼンタールは払わざるを得ないよね?」
誰に送るのか⋯⋯名前は言わないでデイビッドの思考を上手く誘導していくキャサリンのテクニックは母親仕込み。
「あ、そうか! それなら、この間キャサリンが欲しいって言ってたドレスを後で見に行こう⋯⋯今はほら、いいだろ?」
デイビッドの部屋から漏れはじめた淫猥な音と気配に執事のセドリックが溜息をついた。
「旦那様は何を考えておられるんだろう」
隣国に出かける前にライルはアンジー・ケレイブを数回屋敷に招待していた。
ソワソワと落ち着きなくアンジーが来るのを待ち、人払いをしてアンジーとふたりだけで食事を楽しむライルは思春期の青年のように耳を赤くして⋯⋯生き生きと輝いていた。
アンジーの家が『ソルダート貿易会社』を営んでいると知った時もセドリックはあまり不安を感じていなかった。
(旦那様はとても真面目で慎重な方だから何かお考えがあるんだろう。とても良い雰囲気だし再婚して向こうの会社をテコ入れするとか⋯⋯悪い噂のある会社だが旦那様のような方が経営に参加されたら大きく変わるはずだし、ローゼンタール伯爵家がついているんだから心配はない)
今から4ヶ月前にライルがアンジーと共に旅行に出かけると言い出した時にセドリックは初めて不安を覚えた。
『ローゼンタール伯爵家に秘密で行かれるのですか?』
『ケインやリリベルはあの通りの堅物だからアンジーと一緒だと知られたら痛くもない腹を探られるからね。今はまだ秘密にしておきたいんだ』
ライルは『わかるだろう』と言いながら照れ臭そうに笑った。
『それとアンジーの娘のキャサリンの事も頼む。長い間母親が不在だと不安になると思うから、出かける前にデイビッドに合わせておこうと思っているんだ。セドリックとデイビッドがいれば困ることはないだろう』
『ザッカリー様にお声をかけられてはいかがですか?』
『⋯⋯いや、やめておくよ。アイツは私の言うことなど聞く耳を持たないから。デイビッドがアーシェと結婚したら変わるだろうがそれまでは放っておいた方がいい』
デイビッドとアーシェの婚約話が出た頃からライルとザッカリーの不和は続き、妻子と共に王宮近くのアパートに住みはじめてからは年に一度顔を合わせればマシな方だという状態になっていた。
(その理由をはっきりと聞いたわけではないが当時アーシェ様と仲が良かったのはデイビッド様よりもザッカリー様の方だった。多分ザッカリー様はご自身がアーシェ様の婚約者になりたいと思われたのだろうな。
でも、もうザッカリー様はカーラ様とご結婚されて子供もおありなのだから和解してもいいと⋯⋯)
『デイビッドはもう直ぐ準成人だからね、私が出かけている間くらいはしっかりと家を管理するよう伝えておく。セドリックがいるんだからデイビッドでもなんとかなるだろう』
ライルが旅に出てからデイビッドの我儘に拍車がかかっていったが『父上から当主代理に任命された』と言われるとあまり強く言えない。
(何度問い合わせのお手紙を出してもライル様のお返事は滞ったままだし、ローゼンタール伯爵家からの問い合わせについての返事もこない⋯⋯デイビッド様はアーシェ様を放置してキャサリン様とあのような関係になってしまわれて。せめて先代様にご相談できれば良いのだけれど、それも旦那様から禁止されているから⋯⋯八方塞がりとはこの事だな)
キャンストル伯爵邸は終わるのではないかという不安でげっそりと窶れたセドリックの耳に元気いっぱいのデイビッドの声とキャサリンの少し甲高い嬌声が聞こえてきた。
『買い物に出かけるから直ぐに馬車の準備をしろ!』
『ありがとう! デイビッド、だ~い好き』
早馬を飛ばして駆け戻った老人ふたりがローゼンタールの屋敷に着いたのはまだ薄暗く朝靄が消えていない時間だった。
「どうするかの? この時間に突撃したらケツを蹴り上げられる自信がある」
エマーソンがローゼンタールの屋敷を見上げて呟いた。
「なら、キャンストルの屋敷で時間を潰せば良かろう」
そう言いながら既に移動をはじめていたランドルフの腕をエマーソンが捕まえた。
57
あなたにおすすめの小説
婚約破棄、ありがとうございます
奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。
【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。
山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。
姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。
そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
【完結】新たな恋愛をしたいそうで、婚約状態の幼馴染と組んだパーティーをクビの上、婚約破棄されました
よどら文鳥
恋愛
「ソフィアの魔法なんてもういらないわよ。離脱していただけないかしら?」
幼馴染で婚約者でもあるダルムと冒険者パーティーを組んでいたところにミーンとマインが加入した。
だが、彼女たちは私の魔法は不要だとクビにさせようとしてきた。
ダルムに助けを求めたが……。
「俺もいつかお前を解雇しようと思っていた」
どうやら彼は、両親同士で決めていた婚約よりも、同じパーティーのミーンとマインに夢中らしい。
更に、私の回復魔法はなくとも、ミーンの回復魔法があれば問題ないという。
だが、ミーンの魔法が使えるようになったのは、私が毎回魔力をミーンに与えているからである。
それが定番化したのでミーンも自分自身で発動できるようになったと思い込んでいるようだ。
ダルムとマインは魔法が使えないのでこのことを理解していない。
一方的にクビにされた上、婚約も勝手に破棄されたので、このパーティーがどうなろうと知りません。
一方、私は婚約者がいなくなったことで、新たな恋をしようかと思っていた。
──冒険者として活動しながら素敵な王子様を探したい。
だが、王子様を探そうとギルドへ行くと、地位的な王子様で尚且つ国の中では伝説の冒険者でもあるライムハルト第3王子殿下からのスカウトがあったのだ。
私は故郷を離れ、王都へと向かう。
そして、ここで人生が大きく変わる。
※当作品では、数字表記は漢数字ではなく半角入力(1234567890)で書いてます。
【完結】順序を守り過ぎる婚約者から、婚約破棄されました。〜幼馴染と先に婚約してたって……五歳のおままごとで誓った婚約も有効なんですか?〜
よどら文鳥
恋愛
「本当に申し訳ないんだが、私はやはり順序は守らなければいけないと思うんだ。婚約破棄してほしい」
いきなり婚約破棄を告げられました。
実は婚約者の幼馴染と昔、私よりも先に婚約をしていたそうです。
ただ、小さい頃に国外へ行ってしまったらしく、婚約も無くなってしまったのだとか。
しかし、最近になって幼馴染さんは婚約の約束を守るために(?)王都へ帰ってきたそうです。
私との婚約は政略的なもので、愛も特に芽生えませんでした。悔しさもなければ後悔もありません。
婚約者をこれで嫌いになったというわけではありませんから、今後の活躍と幸せを期待するとしましょうか。
しかし、後に先に婚約した内容を聞く機会があって、驚いてしまいました。
どうやら私の元婚約者は、五歳のときにおままごとで結婚を誓った約束を、しっかりと守ろうとしているようです。
【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件
よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます
「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」
旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。
彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。
しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。
フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。
だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。
私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。
さて……誰に相談したら良いだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる