10 / 30
10.危機管理能力は生き残る術
しおりを挟む
「貴様には相変わらず危機管理能力が皆無じゃのう」
「なんじゃ、またお前の鼻毛がなんぞ教えてくれたか?」
「ああ、キャンストルに行くのは絶対にダメじゃとわしの耳毛が言いよる」
エマーソンが人差し指で耳を指しながらしたり顔で頷いた。
「キャンストル伯爵邸に行っても良いなら手紙の内容は違っておろうて」
前線に赴く戦士のような気迫のエマーソンをガン見していたランドルフが手紙の内容を思い出した。
『商品について急ぎ詳細知りたし』
『ローゼンタール現当主としてはおふたり揃っての早期帰還をお勧めする』
「急ぎ知りたし⋯⋯とっとと帰ってこいと言うのは理解できたが他にも何かあったかのう?」
「ケインが『ローゼンタールの現当主』とわざわざ書いたのはライルには関わるなと言う意味か、この件に関わらせないと言う宣言のどちらかじゃな。それに、早期帰還をお勧めする⋯⋯この文言はケインの脅しじゃ。好きにしてもええがタダじゃおかんからなって言うとる」
「う~ん、じゃがワシは眠いし腹が減った」
「バカ言え! ヌーの大移動を見に行ったのを覚えとるか? わしらは今ヌーとシマウマで、ワニの蔓延る川の前におる。ここを抜けねば次の飯にはありつけんから渡らにゃならん。
恐らくキャンストル伯爵邸にはワニはおらんが二度と草地には辿り着けんぞ」
「⋯⋯賭けるか?」
ふたりの中でも勢いで突っ走るタイプのランドルフが問いかけ、野生の勘で突き進んできたエマーソンが頷いた。
「おう、わしの愛馬のジェニーちゃんを賭けてもええ」
「お前の耳毛は信用できんがジェニーちゃんを賭ける程なら信用するしかあるまい」
老人ふたりは煙突から煙が上がり使用人達の気配がしはじめるまで屋敷から少し離れた場所で待機すると決めた。
門番に声をかけて屋敷に足を踏み入れたエマーソンとランドルフは風呂で丸洗いされてから食堂に案内された。
待っていたのはケインとリリベルとアーシェのみ。
エマーソンの背中に冷や汗が流れた。
(やはり⋯⋯この場にライルやデイビッドがおらんのは何かとんでもないことが起きとる)
ランドルフは安堵のため息を漏らした。
(ジェニーちゃんはワシのもんじゃな。皆ニコニコしとるではないか)
「エマーソンお祖父様とランドルフお祖父様、お久しぶりです」
簡単な挨拶を済ませて全員が席につくと普段より豪華な朝食が運ばれてきた。保養所の様子や移動の途中の見聞きした話で盛り上がる中で学園の期末試験でアーシェが2位だったと知ったエマーソンが相貌を崩した。
「アーシェは賢い上にますます美人になったのう! 土産を買う暇がなかったから後で何か買うてやろうな」
「美人で頭も良いアーシェと婚約できたデイビッドは果報者じゃ」
ランドルフの言葉で食堂内がピキッと凍りつきランドルフとエマーソン以外の全員が動きを止めた。
「ん? まさかと思うが⋯⋯デイビッドがなんぞやらかしたとかかのう。それならワシがキッチリと言い聞⋯⋯かせて⋯⋯」
ケインの眉間の皺とリリベルの手に瞬時に現れた短剣を見た能天気なランドルフは自分が危険地帯に足を踏み入れたことにようやく気付いた。
「え、えーっと⋯⋯アーシェ?」
「ランドルフお祖父様、お腹が空いておられたのでしょう? お食事を召し上がってくださいませ」
口元だけに笑みを浮かべたアーシェの顔には『食べられるうちに食べておいた方が良いですよ』と書いてあった。
食休みの後居間にやって来たランドルフとエマーソンは家具が一掃され背もたれ付きの椅子が三脚並ぶ前に古いスツールが二脚並んでいるのに気付いて覚悟を決めた。
「わしらは床に座った方がええかのう?」
「いえ、先ずはスツールへお座りくださいませ。お話をお聞きせねばなりませんから」
リリベルがピシリと手に打ち付けたのはレティから贈られた鉄扇。顔を見合わせたランドルフとエマーソンが恐る恐るスツールに腰掛けるとアーシェを真ん中にしてケインとリリベルの3人が背もたれ付きの椅子に腰掛けた。
「今回は私から質問させていただきます。デイビッドと私の婚約についてですが、政略結婚であっていますか?」
「⋯⋯ああ、わしらが貿易会社を作る時に決めたんじゃよ。縁戚になれば結束が固くなるからのう」
問いただすのがアーシェだからか少し安心したエマーソンが笑顔を浮かべた。
「お祖父様達がその約束をされて既に数十年経っておりますでしょう? 今までは一度も問題なく運営できてきましたのに今更必要があるとお思いですか?」
「あ~、まあ⋯⋯しかし普通はそんな感じで⋯⋯なあ」
「結束云々と言う戯言以外にも理由がおありなのではありませんか?」
「あ? いや⋯⋯それは」
「はっきり仰って下さいませ! ローゼンタール伯爵家の今後を左右する大切な問題ですから、誤魔化しや言い訳はお断り致します」
「昔はローゼンタールからの資金提供なんぞもあったがキャンストルは全額返済し終わっておるから⋯⋯後はまあ、ワシらの老後の楽しみ?」
「両方の血を分けたひ孫なら可愛がりやすいしのう⋯⋯な?」
「おう、さぞかし可愛かろうと⋯⋯」
ヒュン⋯⋯ヒュン⋯⋯
「ぐぇっ!」「ガハッ!」
リリベルの手にあったはずの鉄扇がエマーソンとランドルフの額をまっすぐに打ち抜いた。
「なんじゃ、またお前の鼻毛がなんぞ教えてくれたか?」
「ああ、キャンストルに行くのは絶対にダメじゃとわしの耳毛が言いよる」
エマーソンが人差し指で耳を指しながらしたり顔で頷いた。
「キャンストル伯爵邸に行っても良いなら手紙の内容は違っておろうて」
前線に赴く戦士のような気迫のエマーソンをガン見していたランドルフが手紙の内容を思い出した。
『商品について急ぎ詳細知りたし』
『ローゼンタール現当主としてはおふたり揃っての早期帰還をお勧めする』
「急ぎ知りたし⋯⋯とっとと帰ってこいと言うのは理解できたが他にも何かあったかのう?」
「ケインが『ローゼンタールの現当主』とわざわざ書いたのはライルには関わるなと言う意味か、この件に関わらせないと言う宣言のどちらかじゃな。それに、早期帰還をお勧めする⋯⋯この文言はケインの脅しじゃ。好きにしてもええがタダじゃおかんからなって言うとる」
「う~ん、じゃがワシは眠いし腹が減った」
「バカ言え! ヌーの大移動を見に行ったのを覚えとるか? わしらは今ヌーとシマウマで、ワニの蔓延る川の前におる。ここを抜けねば次の飯にはありつけんから渡らにゃならん。
恐らくキャンストル伯爵邸にはワニはおらんが二度と草地には辿り着けんぞ」
「⋯⋯賭けるか?」
ふたりの中でも勢いで突っ走るタイプのランドルフが問いかけ、野生の勘で突き進んできたエマーソンが頷いた。
「おう、わしの愛馬のジェニーちゃんを賭けてもええ」
「お前の耳毛は信用できんがジェニーちゃんを賭ける程なら信用するしかあるまい」
老人ふたりは煙突から煙が上がり使用人達の気配がしはじめるまで屋敷から少し離れた場所で待機すると決めた。
門番に声をかけて屋敷に足を踏み入れたエマーソンとランドルフは風呂で丸洗いされてから食堂に案内された。
待っていたのはケインとリリベルとアーシェのみ。
エマーソンの背中に冷や汗が流れた。
(やはり⋯⋯この場にライルやデイビッドがおらんのは何かとんでもないことが起きとる)
ランドルフは安堵のため息を漏らした。
(ジェニーちゃんはワシのもんじゃな。皆ニコニコしとるではないか)
「エマーソンお祖父様とランドルフお祖父様、お久しぶりです」
簡単な挨拶を済ませて全員が席につくと普段より豪華な朝食が運ばれてきた。保養所の様子や移動の途中の見聞きした話で盛り上がる中で学園の期末試験でアーシェが2位だったと知ったエマーソンが相貌を崩した。
「アーシェは賢い上にますます美人になったのう! 土産を買う暇がなかったから後で何か買うてやろうな」
「美人で頭も良いアーシェと婚約できたデイビッドは果報者じゃ」
ランドルフの言葉で食堂内がピキッと凍りつきランドルフとエマーソン以外の全員が動きを止めた。
「ん? まさかと思うが⋯⋯デイビッドがなんぞやらかしたとかかのう。それならワシがキッチリと言い聞⋯⋯かせて⋯⋯」
ケインの眉間の皺とリリベルの手に瞬時に現れた短剣を見た能天気なランドルフは自分が危険地帯に足を踏み入れたことにようやく気付いた。
「え、えーっと⋯⋯アーシェ?」
「ランドルフお祖父様、お腹が空いておられたのでしょう? お食事を召し上がってくださいませ」
口元だけに笑みを浮かべたアーシェの顔には『食べられるうちに食べておいた方が良いですよ』と書いてあった。
食休みの後居間にやって来たランドルフとエマーソンは家具が一掃され背もたれ付きの椅子が三脚並ぶ前に古いスツールが二脚並んでいるのに気付いて覚悟を決めた。
「わしらは床に座った方がええかのう?」
「いえ、先ずはスツールへお座りくださいませ。お話をお聞きせねばなりませんから」
リリベルがピシリと手に打ち付けたのはレティから贈られた鉄扇。顔を見合わせたランドルフとエマーソンが恐る恐るスツールに腰掛けるとアーシェを真ん中にしてケインとリリベルの3人が背もたれ付きの椅子に腰掛けた。
「今回は私から質問させていただきます。デイビッドと私の婚約についてですが、政略結婚であっていますか?」
「⋯⋯ああ、わしらが貿易会社を作る時に決めたんじゃよ。縁戚になれば結束が固くなるからのう」
問いただすのがアーシェだからか少し安心したエマーソンが笑顔を浮かべた。
「お祖父様達がその約束をされて既に数十年経っておりますでしょう? 今までは一度も問題なく運営できてきましたのに今更必要があるとお思いですか?」
「あ~、まあ⋯⋯しかし普通はそんな感じで⋯⋯なあ」
「結束云々と言う戯言以外にも理由がおありなのではありませんか?」
「あ? いや⋯⋯それは」
「はっきり仰って下さいませ! ローゼンタール伯爵家の今後を左右する大切な問題ですから、誤魔化しや言い訳はお断り致します」
「昔はローゼンタールからの資金提供なんぞもあったがキャンストルは全額返済し終わっておるから⋯⋯後はまあ、ワシらの老後の楽しみ?」
「両方の血を分けたひ孫なら可愛がりやすいしのう⋯⋯な?」
「おう、さぞかし可愛かろうと⋯⋯」
ヒュン⋯⋯ヒュン⋯⋯
「ぐぇっ!」「ガハッ!」
リリベルの手にあったはずの鉄扇がエマーソンとランドルフの額をまっすぐに打ち抜いた。
61
あなたにおすすめの小説
婚約破棄、ありがとうございます
奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。
【完結】他の人が好きな人を好きになる姉に愛する夫を奪われてしまいました。
山葵
恋愛
私の愛する旦那様。私は貴方と結婚して幸せでした。
姉は「協力するよ!」と言いながら友達や私の好きな人に近づき「彼、私の事を好きだって!私も話しているうちに好きになっちゃったかも♡」と言うのです。
そんな姉が離縁され実家に戻ってきました。
王命により、婚約破棄されました。
緋田鞠
恋愛
魔王誕生に対抗するため、異界から聖女が召喚された。アストリッドは結婚を翌月に控えていたが、婚約者のオリヴェルが、聖女の指名により独身男性のみが所属する魔王討伐隊の一員に選ばれてしまった。その結果、王命によって二人の婚約が破棄される。運命として受け入れ、世界の安寧を祈るため、修道院に身を寄せて二年。久しぶりに再会したオリヴェルは、以前と変わらず、アストリッドに微笑みかけた。「私は、長年の約束を違えるつもりはないよ」。
【完結】新たな恋愛をしたいそうで、婚約状態の幼馴染と組んだパーティーをクビの上、婚約破棄されました
よどら文鳥
恋愛
「ソフィアの魔法なんてもういらないわよ。離脱していただけないかしら?」
幼馴染で婚約者でもあるダルムと冒険者パーティーを組んでいたところにミーンとマインが加入した。
だが、彼女たちは私の魔法は不要だとクビにさせようとしてきた。
ダルムに助けを求めたが……。
「俺もいつかお前を解雇しようと思っていた」
どうやら彼は、両親同士で決めていた婚約よりも、同じパーティーのミーンとマインに夢中らしい。
更に、私の回復魔法はなくとも、ミーンの回復魔法があれば問題ないという。
だが、ミーンの魔法が使えるようになったのは、私が毎回魔力をミーンに与えているからである。
それが定番化したのでミーンも自分自身で発動できるようになったと思い込んでいるようだ。
ダルムとマインは魔法が使えないのでこのことを理解していない。
一方的にクビにされた上、婚約も勝手に破棄されたので、このパーティーがどうなろうと知りません。
一方、私は婚約者がいなくなったことで、新たな恋をしようかと思っていた。
──冒険者として活動しながら素敵な王子様を探したい。
だが、王子様を探そうとギルドへ行くと、地位的な王子様で尚且つ国の中では伝説の冒険者でもあるライムハルト第3王子殿下からのスカウトがあったのだ。
私は故郷を離れ、王都へと向かう。
そして、ここで人生が大きく変わる。
※当作品では、数字表記は漢数字ではなく半角入力(1234567890)で書いてます。
【完結】順序を守り過ぎる婚約者から、婚約破棄されました。〜幼馴染と先に婚約してたって……五歳のおままごとで誓った婚約も有効なんですか?〜
よどら文鳥
恋愛
「本当に申し訳ないんだが、私はやはり順序は守らなければいけないと思うんだ。婚約破棄してほしい」
いきなり婚約破棄を告げられました。
実は婚約者の幼馴染と昔、私よりも先に婚約をしていたそうです。
ただ、小さい頃に国外へ行ってしまったらしく、婚約も無くなってしまったのだとか。
しかし、最近になって幼馴染さんは婚約の約束を守るために(?)王都へ帰ってきたそうです。
私との婚約は政略的なもので、愛も特に芽生えませんでした。悔しさもなければ後悔もありません。
婚約者をこれで嫌いになったというわけではありませんから、今後の活躍と幸せを期待するとしましょうか。
しかし、後に先に婚約した内容を聞く機会があって、驚いてしまいました。
どうやら私の元婚約者は、五歳のときにおままごとで結婚を誓った約束を、しっかりと守ろうとしているようです。
【完結】私よりも、病気(睡眠不足)になった幼馴染のことを大事にしている旦那が、嘘をついてまで居候させたいと言い出してきた件
よどら文鳥
恋愛
※あらすじにややネタバレ含みます
「ジューリア。そろそろ我が家にも執事が必要だと思うんだが」
旦那のダルムはそのように言っているが、本当の目的は執事を雇いたいわけではなかった。
彼の幼馴染のフェンフェンを家に招き入れたかっただけだったのだ。
しかし、ダルムのズル賢い喋りによって、『幼馴染は病気にかかってしまい助けてあげたい』という意味で捉えてしまう。
フェンフェンが家にやってきた時は確かに顔色が悪くてすぐにでも倒れそうな状態だった。
だが、彼女がこのような状況になってしまっていたのは理由があって……。
私は全てを知ったので、ダメな旦那とついに離婚をしたいと思うようになってしまった。
さて……誰に相談したら良いだろうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる