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11.師匠を超えたあの人は
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「戯言は大概になさいませ! ジジイの老後の楽しみでわたくしの娘の将来を決めるなど⋯⋯おふたりは恥と言うものをお持ちではありませんの!?」
見事な手捌きで2本の鉄扇をエマーソン達の額中央に当てたリリベルの手には次の鉄扇が準備されていた。
(お母様、それどこから取り出し⋯⋯見なかったことにしよう、うん)
「いや、すまん⋯⋯アーシェが嫌ならやめても構わんぞ? 会社は順調じゃしデイビッドにはワシが言うて聞かせてやるで」
「もう遅いですね。ローゼンタール伯爵家は『ミーレス貿易会社』から手を引き新会社設立の予定で準備に入っていますから」
「は? ローゼンタールが手を引いたらライルだけではやってけんぞ? ワシが保証する、ライルはクソ真面目じゃが経営者の器ではないからな」
「でしょうね。ここ数ヶ月会社にはなんの連絡もなく愛人か再婚予定のお相手と旅行に行ってるらしいですから。後から委任状が郵送されてきました」
「な、なんちゅうことを!」
「ライルには可哀想だが会社にはなんの問題も起きていません。それよりも問題はライルのお相手が『ソルダート貿易会社』の重役アンジー・ケレイブだと言う事ですね。ローゼンタールにはなんの説明もなく長期で職務を放棄し、うちの会社の廉価版とあちこちの有名ブランドの模造品を売り捌いては訴えられている会社の重役と行動を共にしている。
懲戒処分となっても仕方ない案件でしょうね」
「た、確かにそうじゃが⋯⋯ここはひとつわしらの顔を立てて穏便にとはいかんのか? 情報の漏洩とかがあったとか?」
「ライルの行動に忖度するのはおふたりが過去にやってきた事だからでしょう!? 突然いなくなってフラッと帰ってくる⋯⋯その間は全て母上達に丸投げしておられた。それを模倣しているのですよね。
ローゼンタールが会社から手を引けばライルだけでは成り立たないのは間違いないでしょうから、ランドルフ様の老後の楽しみができて良かったですな。我が娘を使って遊ばずとも暇を潰せますし、もちろんランドルフ殿に協力される父上も暇などなくなるでしょうね」
ライルの解任や責任追及でなく会社からの撤退を決めた理由は今でも好き勝手する前伯爵ふたりに縄をつける事だと知ったアーシェは笑いを堪えるのに必死だった。
「ライルと会社についてはこのくらいですね。ローゼンタール伯爵家は『ミーレス貿易会社』に関わる全てから手を引くと共にエマーソン・ローゼンタール殿との絶縁を宣言致します。今後何が起きようとご自身で解決して下さい」
「ま、待て! それは⋯⋯何もそこまでせずともええじゃろ!?」
「過去のおふたりは面倒ごとを起こしては細君に丸投げして逃げ出しておられた。で、押し付ける先はその後息子に変わって今に至ります。今後も今まで同様にこちらに厄介ごとを持ってこられては困りますので」
「そ、それは⋯⋯いや、悪かったとは思うておるが。ローゼンタールとして損が出るようなことにはなっておらんと言うか、無駄骨を折るような話は持ち込んでおらんと思うんじゃが?」
リリベルの投げた短剣がパシンと音を立ててエマーソンの足元の床に突き刺さった。
「よくお聞きくださいませ。5年ほど前でしたかしら? 水害にあった村の復興の為に巨額の資金提供をお約束されましたわね。それを捻出する為にローゼンタールがどれだけ苦労して資金を集めたか、復興の終わった村から収益が出るように企業の誘致や特産品の開発をしたか」
ランドルフの足元に2本目の短剣が刺さった。
「未開の地の原住民との契約についてもお話し致しましょうか? 親しくなられた部族への年間を通しての食糧や衣服その他の提供を保証する契約に加えて若者達の移住や就職の斡旋、その後の生活保障までなさいましたわね。
彼等に言葉を教え生活習慣やマナーを教育し就職先を探す為に奔走しましたの。それに関して部族の方々からは不満の声ばかり。住み馴れた地を出てみれば物珍しい物が溢れ、利益を無条件に享受できると勘違いした彼等はどれほど手を尽くしても次を望んできました。職種が気に入らない・給料が安い・休みが少ない⋯⋯。あの時はレティお母様と二人で現地に乗り込んで話し合いましたのよ?」
「ええ! あんな僻地に!?」
「お二方が気楽に契約した内容を変更するのにどれほど苦労したかよく覚えております。
ローゼンタールに資産があってもなんの関わりもない部族を丸々抱え込むなどあり得ません!
それでも、損をさせていないと仰るなら他の事例もご説明致しますわ」
タンタンと軽快な音を立てて床に刺さる短剣にランドルフとエマーソンが蒼ざめた。
「そう言えば、そんな約束も⋯⋯したようなしてないような」
「おふたりが適当にサインされた書類は全て筆跡鑑定しておりますの。今更自分は知らないなどと仰せになりませんように⋯⋯でなければ次の短剣は床とは別のところに刺さるかもしれませんわ」
「ひぃ! すまんかった」
「ごめんなさいぃ」
「因みにおふたりがやらかすのに何故かライルは逃げ回って責任をこちらに押し付けてきてばかりでね。その分も含めて今後はライルに面倒見て貰えば良いと思います。世間ではお二人の成功例だけを知って偉人のように言う方もおられますが、成功まで導いたのはお二人の細君⋯⋯あのお二人は契約内容から成功への道を捻り出し、失敗の被害を最小限に止める為の尻拭いに奔走しておられた事を我々は知っています」
長年の恨みつらみを吐き出せたケインは極上の笑みをこぼした。
「こんな状況は私やリリベルで終わりにしたい。次にローゼンタールを継ぐアーシェに負の遺産を相続させるわけにはいきませんからね。今計画しておられる閉山された鉱山の再開発について当方は一切関わりません」
「わか、分かった。これからは決して面倒はかけんと約束する。じゃから、縁を切るとかは⋯⋯この歳で家族を失くすのは辛すぎじゃ。そこはなんとかならんかの?」
リリベルの投げた短剣がエマーソンの足のすぐ横⋯⋯スツールの細い足に突き刺さりバキッと音を立てて椅子が傾いた。
「ウギャ!」
どしんと音を立てて床に倒れ込んだエマーソンに向けて再び鉄扇を手にしたリリベルがにっこりと微笑んだ。
「お二方の我儘で起きた問題がこれだけだとお思いですの!? わたくしとしては今のは前哨戦、本題はここからだと思っておりますわ」
見事な手捌きで2本の鉄扇をエマーソン達の額中央に当てたリリベルの手には次の鉄扇が準備されていた。
(お母様、それどこから取り出し⋯⋯見なかったことにしよう、うん)
「いや、すまん⋯⋯アーシェが嫌ならやめても構わんぞ? 会社は順調じゃしデイビッドにはワシが言うて聞かせてやるで」
「もう遅いですね。ローゼンタール伯爵家は『ミーレス貿易会社』から手を引き新会社設立の予定で準備に入っていますから」
「は? ローゼンタールが手を引いたらライルだけではやってけんぞ? ワシが保証する、ライルはクソ真面目じゃが経営者の器ではないからな」
「でしょうね。ここ数ヶ月会社にはなんの連絡もなく愛人か再婚予定のお相手と旅行に行ってるらしいですから。後から委任状が郵送されてきました」
「な、なんちゅうことを!」
「ライルには可哀想だが会社にはなんの問題も起きていません。それよりも問題はライルのお相手が『ソルダート貿易会社』の重役アンジー・ケレイブだと言う事ですね。ローゼンタールにはなんの説明もなく長期で職務を放棄し、うちの会社の廉価版とあちこちの有名ブランドの模造品を売り捌いては訴えられている会社の重役と行動を共にしている。
懲戒処分となっても仕方ない案件でしょうね」
「た、確かにそうじゃが⋯⋯ここはひとつわしらの顔を立てて穏便にとはいかんのか? 情報の漏洩とかがあったとか?」
「ライルの行動に忖度するのはおふたりが過去にやってきた事だからでしょう!? 突然いなくなってフラッと帰ってくる⋯⋯その間は全て母上達に丸投げしておられた。それを模倣しているのですよね。
ローゼンタールが会社から手を引けばライルだけでは成り立たないのは間違いないでしょうから、ランドルフ様の老後の楽しみができて良かったですな。我が娘を使って遊ばずとも暇を潰せますし、もちろんランドルフ殿に協力される父上も暇などなくなるでしょうね」
ライルの解任や責任追及でなく会社からの撤退を決めた理由は今でも好き勝手する前伯爵ふたりに縄をつける事だと知ったアーシェは笑いを堪えるのに必死だった。
「ライルと会社についてはこのくらいですね。ローゼンタール伯爵家は『ミーレス貿易会社』に関わる全てから手を引くと共にエマーソン・ローゼンタール殿との絶縁を宣言致します。今後何が起きようとご自身で解決して下さい」
「ま、待て! それは⋯⋯何もそこまでせずともええじゃろ!?」
「過去のおふたりは面倒ごとを起こしては細君に丸投げして逃げ出しておられた。で、押し付ける先はその後息子に変わって今に至ります。今後も今まで同様にこちらに厄介ごとを持ってこられては困りますので」
「そ、それは⋯⋯いや、悪かったとは思うておるが。ローゼンタールとして損が出るようなことにはなっておらんと言うか、無駄骨を折るような話は持ち込んでおらんと思うんじゃが?」
リリベルの投げた短剣がパシンと音を立ててエマーソンの足元の床に突き刺さった。
「よくお聞きくださいませ。5年ほど前でしたかしら? 水害にあった村の復興の為に巨額の資金提供をお約束されましたわね。それを捻出する為にローゼンタールがどれだけ苦労して資金を集めたか、復興の終わった村から収益が出るように企業の誘致や特産品の開発をしたか」
ランドルフの足元に2本目の短剣が刺さった。
「未開の地の原住民との契約についてもお話し致しましょうか? 親しくなられた部族への年間を通しての食糧や衣服その他の提供を保証する契約に加えて若者達の移住や就職の斡旋、その後の生活保障までなさいましたわね。
彼等に言葉を教え生活習慣やマナーを教育し就職先を探す為に奔走しましたの。それに関して部族の方々からは不満の声ばかり。住み馴れた地を出てみれば物珍しい物が溢れ、利益を無条件に享受できると勘違いした彼等はどれほど手を尽くしても次を望んできました。職種が気に入らない・給料が安い・休みが少ない⋯⋯。あの時はレティお母様と二人で現地に乗り込んで話し合いましたのよ?」
「ええ! あんな僻地に!?」
「お二方が気楽に契約した内容を変更するのにどれほど苦労したかよく覚えております。
ローゼンタールに資産があってもなんの関わりもない部族を丸々抱え込むなどあり得ません!
それでも、損をさせていないと仰るなら他の事例もご説明致しますわ」
タンタンと軽快な音を立てて床に刺さる短剣にランドルフとエマーソンが蒼ざめた。
「そう言えば、そんな約束も⋯⋯したようなしてないような」
「おふたりが適当にサインされた書類は全て筆跡鑑定しておりますの。今更自分は知らないなどと仰せになりませんように⋯⋯でなければ次の短剣は床とは別のところに刺さるかもしれませんわ」
「ひぃ! すまんかった」
「ごめんなさいぃ」
「因みにおふたりがやらかすのに何故かライルは逃げ回って責任をこちらに押し付けてきてばかりでね。その分も含めて今後はライルに面倒見て貰えば良いと思います。世間ではお二人の成功例だけを知って偉人のように言う方もおられますが、成功まで導いたのはお二人の細君⋯⋯あのお二人は契約内容から成功への道を捻り出し、失敗の被害を最小限に止める為の尻拭いに奔走しておられた事を我々は知っています」
長年の恨みつらみを吐き出せたケインは極上の笑みをこぼした。
「こんな状況は私やリリベルで終わりにしたい。次にローゼンタールを継ぐアーシェに負の遺産を相続させるわけにはいきませんからね。今計画しておられる閉山された鉱山の再開発について当方は一切関わりません」
「わか、分かった。これからは決して面倒はかけんと約束する。じゃから、縁を切るとかは⋯⋯この歳で家族を失くすのは辛すぎじゃ。そこはなんとかならんかの?」
リリベルの投げた短剣がエマーソンの足のすぐ横⋯⋯スツールの細い足に突き刺さりバキッと音を立てて椅子が傾いた。
「ウギャ!」
どしんと音を立てて床に倒れ込んだエマーソンに向けて再び鉄扇を手にしたリリベルがにっこりと微笑んだ。
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