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ティルスへ

15.宿で一悶着

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「駄目です。絶対に許しませんよ」

「いーじゃん、昼にも湯浴みしたんだぜ。
そんなに何度も湯に入ったら、俺絶対死んじゃうよ」


 マーサとアレクが湯の入った桶を間に挟んで戦っている。


「もし身体を綺麗にしないなら、ルーカスに頼んでお仕置きして貰いますからね」

「あんな大男を平気で担ぐおっさんにケツを叩かれたら、それだけでも死んじゃうよ。
そういう時ってさ、“ご飯抜き!” とか言うんじゃないの?」


「自分のとこの船員にご飯を食べさせなかった船長が、リディア様に膝蹴りをくらいました。
うちではご飯抜きはあり得ません」

「その人が宦官になった人?」

「誤魔化そうとしても無駄ですよ」


 アレクがマーサに泣き落としをかけたり、誤魔化したりしようとして失敗し続けている。


「さっさと湯に入りなさい!」

「お嬢様、助けて。俺湯浴み以外なら何でもするからさぁ」


「アレク、残念だけど諦めて。
マーサと同じ馬車に乗るんだから湯浴みしておかなくちゃ。
それに私、湯浴みで死んだ人は見たことないから大丈夫。
慣れると湯浴みが大好きになるわ」

「なんない、俺絶対慣れないし大好きになんないから。
お願い、マーサ」


 リディアは二人の攻防が楽しくてしょうがないらしい。


「マーサ、アレクの湯浴みはルーカスに任せて私達は部屋に戻りましょう」

「はい、ルーカスしっかりと隅々までお願いしますね。
耳の中もですよ」

「駄目! それやったら俺耳聞こえなくなる」

 半べそのアレクににっこり手を振ってルーカス達の部屋を出た。



 リディア達が部屋に戻って少しした頃、隣の部屋からルーカスの怒鳴り声とアレクの叫び声が聞こえてきはじめた。


「漸く諦めたみたいね」

「どうしてあんなに湯浴みを嫌がるんでしょうか?」


「国によっては、身体を清潔にするのは病気の元だとか神の教えに反するとか言うところもあるから」

「では、アレクはそういう国の?」

 リディアは笑いながら、
「みたいね。あの子の国では、生まれてから一度も顔を洗ったことがない女王様とかがいるのよ」

 マーサが真っ青になって震えている。

「そんな方にお仕えすることにならなくて助かりました」



 翌日ルーカスが先触れの手紙を届け、午後領主との面会が決まった。


 馬車に揺られ坂道を登りながら、
「なんかあっさりだね。ベレルのおっさんが聞いたら顔青くしてびっくりするんだろうなあ。
ねえ、スペンサー商会ってそんなに凄いの?」

「スペンサー商会はこの国一番の商会ですし、リディア様は由緒ある伯爵家の令嬢ですから」

「はあ? マジでお貴族様なの?
俺、冗談で言っただけだったんだけど」


「ケビンさんとライリーさんは昨夜寝ていらっしゃらないのだから、向こうに着いたらぱぱっと用事を済ませて帰りましょう」

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