愛とは記憶の鳥籠

きのと

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ep.17

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 その刹那、バンッという大きな音とともに乱暴に扉が蹴破られた。

 黒髪の男を先頭に、十人余りの騎士が一斉に部屋になだれ込んでくる。

「セドリック第一王子を捕えよ!!」

 ライアスを抑えつけていた兵士たちはセドリックを守るように立ちふさがったが、剣を構える前に騎士たちによってすぐに制圧された。

 セドリックも数人に騎士に取り囲まれ、後ろ手に拘束される。

「どういうつもりだ、ディラン!!」

 怒りの形相で怒鳴りつけるセドリックを、黒髪の男は冷ややかに見下ろすだけだった。

「連行しろ」

「ふざけるな!! 離せ!! こんなことをしてただで済むと思うなよ!!」

 喚きながら暴れるセドリックを騎士たちは無理矢理引きずってゆく。

 ライアスも立ちあがらされると、捕縛されたまま連れていかれた。

「大丈夫ですか?」

 寝台で呆然とするリリアーナに、女性騎士は夜着を拾うと手早く着せてくれた。薄い素材の夜着だけでは肌が透けて見えてしまう。彼女は自分の騎士服を脱ぐとその上から羽織らせる。
 
 凌辱から逃れられた安堵と、またライアスと引き離されてしまった不安とで、リリアーナは女性騎士にしがみついて号泣した。



 リリアーナは柔らかなベッドの中で目覚めた。

 じっとりと大量の汗をかいている。湿った髪が肌にべったりと張り付いていた。

「お目覚めですか?」

 声をかけてきたのは、セドリックの部屋で見た女性騎士だ。

 ずっと付き添っていてくれたのだろうか。

 どうやらあれから意識を失い、三日間も眠りっぱなしだったらしい。

 アーティファクトが封じていた記憶と、魔力を一度に解放したことは、思っていた以上に身体と精神に負荷をかけていたのだろう。そのうえ、セドリックに襲われて限界を超えてしまったようだ。

 ぐるっと部屋を見回す。大きな飾り窓から王城の尖塔が見えるが、角度からしてここは水晶宮ではないらしい。

「こちらは藍晶らんしょう宮です。ディラン第二王子殿下の宮になります」

 女性騎士は柔らかく笑みを浮かべた。

「私はシビル・レイエスと申します。こちらにいる間は、私が常に付き添いいたしますので、何でも申しつけてください」

 じっと見返すだけで声も出せないでいるリリアーナの背中を優しくさすった。

「汗をかいて気持ち悪いでしょう。湯あみをなさいませんか? お手伝いいたします」

 レイエスに身体を支えられてバスタブに浸かった。髪と身体を洗われ、用意された服に着替える。

 重く鈍かった頭の中が、霧が晴れるようにすっきりとクリアになってゆくと、わずかに空腹を覚えた。

「お食事をお持ちしますね」

 病み上がりのお腹に優しそうなスープとパンが運ばれてきた。一口、口に含むとコンソメの風味が舌の上に広がる。全ての五感がようやく正常に動き始めた気がした。

「もう大丈夫です。ありがとうございました」

 リリアーナが感謝を伝えると、「よかったです」とレイエスはホッとしたように微笑む。

「リリアーナさん、我が主より大切な話があります。のちほど、ご足労願えますか」



 豪華な応接室で待っていたのは、セドリックの部屋で騎士たちを指揮していた黒髪の男性だった。

「リリアーナ・マッコール、体調はどうだろうか」

 穏やかで落ち着きのある声。その瞳は優しく、心なしか慈しみが感じられた。

「おかげさまで回復いたしました。助けていただいてありがとうございます」

 リリアーナは深く頭を下げる。

「申し遅れた。私はディラン・チャーチル・ロチェスター。この国の第二王子だ」

 セドリックは兄弟たちと折り合いが悪かったため、他の王子のことが話題に上ることはなかったが、名前だけは耳にしたことがある。

 その隣の十代と思しき青年は第三王子のアルバート。ディランと同じ黒髪で、母親は違ってもどこか顔立ちは似ていた。

 向かいの年配の男性は、宰相のルーベン・ウェルスナー。大柄でいかつく、岩を連想させる。尊大に構えていて、リリアーナに対しては蔑むような視線を露骨に浴びせてきた。その後方にはウェルスナーの部下のエール書記官が控えている。

 ディランはリリアーナの目を見てゆっくりと話し始めた。

「第一王子のセドリック、ならびにその母親の側妃フィリス、叔父のトリスタン・アーチボルトは治癒士を隠匿した罪に問われている。王族は国民の規範とならねばならない立場であるにも関わらず、法に背くとは許しがたい行いだ。この件に関しては、私が預かることになった。必ずや真実を明らかにし、正当な裁きを受けさせたい。そのために貴女に、裁判での証言をお願いしたいと思っている。引き受けてもらえないだろうか?」

 アルバート第三王子が焦れたように口を挟んできた。

「ディラン兄さんは言いにくいだろうから、僕が代わりに言う。セドリック兄さんを廃嫡に追い込みたいんだ。彼は王に相応しくない。ディラン兄さんが国を率いて、僕が後方支援に回るのが最良な形だと思っている。だから、協力して欲しい」

「よせ、アルバート。それは我々の問題で彼女には何の関りもないことだ」

「……廃嫡……ですか……」

 セドリックが国王になる資格を失う。

 膝の上で握りしめていた手が震える。

 水晶宮に連れてこられた時からトリスタンには、煩いくらいに魔力のことを秘密にするように言われてきた。だから、自分の存在がセドリックにとって小さくはないことを自覚したつもりでいた。しかし、実際にその言葉を耳にした今、あまりの事の重大さに心が拒絶反応を起こしている。

 戦慄くリリアーナを見て、ウェルスナー宰相は小馬鹿にするように鼻でフンと笑った。

「せっかく第一王子を体で誑し込んだのに当てが外れたのか? 卑しい雌犬が」

 あんまりな物言いにリリアーナは怒りでカッとなったが、ディランの方が早かった。

「ウェルスナー、彼女に無礼な態度は許さない。すぐにここから出ていけ」

 宰相は太い眉を片方だけ上げると、おもむろに立ち上がり、ディランを高い位置から見下ろした。

 髭を蓄えたがっしりとした顎をするすると撫でる。

「お分かりかと思いますが、今回の裁判は、ディラン殿下、貴方様が次期国王にふさわしいかの試金石のひとつとなります。このくらい捌けないようでは、とてもじゃないが王の器とは言えないでしょうな」

 丁寧だが、明らかに挑発する口調だった。

「私には国王陛下に詳細に報告する義務があります。裁判に関わることすべてに、こちらのエール書記官を同席させてください。手違いや不正がないか厳しく監視しますから、くれぐれもそのおつもりで」

 再度、リリアーナに軽蔑的な一瞥をくれると、そのまま大股で部屋を出ていった。

 ディランは短く息を吐く。

「アルバート、お前も席を外してくれ。ふたりでプレッシャーをかけてしまっては彼女も話しにくいだろう」

「わかったよ、兄さん。僕は公務に戻る」

 ディランは再びリリアーナに向き合うと、安心させるかのように暖かみのある口調で語りかけた。

「王位継承のことは忘れてくれ。こちらの事情だ、貴女には何の関係もない。今は何もわからず、不安が大きいだろう。聞きたいことがあったら、何でも聞いて欲しい」

 ディランの瞳がすっと細められる。彼の人柄なのだろうか、リリアーナを労わる気遣いが随所に感じられた。

「どうしてディラン殿下はわたしの存在に気づいたんですか?」

 トリスタンは徹底的にリリアーナの存在を隠してきた。水晶宮という籠の中に閉じ込め、極力、外界との接触を遮断した。

「きっかけはこの手帳だ」

 ディランは一冊の大判の手帳を手渡してきた。

 何年にも亘って使い込まれたのか、こげ茶色の革のカバーは色褪せ、角は擦れ削れてしまっている。リリアーナがページをめくると、そこには料理のレシピがいくつも記されていた。

「最後のページを見て欲しい」

 そこには愛娘の病気を不思議な光で治してくれたリリアーナへの感謝の言葉が短く綴られていた。

「料理人のトミー・パーカーを覚えているか?」

「はい、もちろん」

 水痘に苦しむモカにこっそり魔力を使ったことがある。

「パーカーは退職する際、その手帳を使用人寮に忘れていった。一年ほど前、偶然、私の配下のものが見つけて進言してきたのだ。水晶宮には隠匿された治癒士がいたのではないかと」

 当時の侍女たちを聴取したところ、たしかにリリアーナという少女がいて、乳兄弟であるライアスとともにセドリックの話し相手をしていたという証言が得られた。

 その少女が治癒士ではないかと推測したが、いかんせん、手帳の走り書きだけでは証拠にはなりえない。パーカーを問い詰めても、ただ妄想を書き綴っただけだと言われたらそれでおしまいだ。どうしてもその少女を見つけ、存在を明らかにする必要がある。

「コンコードでライアスを治療した治癒士がいるだろう。彼女はタチアナというのだが、タチアナが大神殿に報告したんだ。魔力封じのアンクレットを身に着けているにも関わらず、魔力を持っている自覚がなさそうな女性がいると。大神殿の治癒士に関する情報は王室と共有されている。セドリックもその報告から貴女が港町にいると推測したのだろう。私もすぐに動いたが、すでに連れ去られた後だった。タチアナの見た女性の風貌と、セドリックが水晶宮に連れ込んだ女性像が一致したため、逮捕に踏み切ることになった」

「そうだったんですか」

 たったあれだけの文章からリリアーナを見つけ出したディランの慧眼に感服する。
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