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第16話 エリーゼの恋 -4-
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聖ユリダリス学院では、初等科の2年間は一般教養を学び、中等科から専門分野に分かれる。そこで2年間修めたのち、希望者は高等科に進み、さらに高度な専門知識を学ぶことができる。
中等科に進級してひと月が経った。
エリーゼは勉強道具を抱えて校舎裏に向かっていた。裏庭には誰にも知られていないお気に入りのスペースがある。自習室も図書館も満員で勉強場所が確保できなかった時には、いつもそこで自習していた。
生け垣を跨ぎ、植物を踏まないように花壇を超える。本来、立ち入ってはいけない場所だが、誰も来ないので集中できて宿題が捗るのだ。
そんなエリーゼ秘密の場所に、寝転がった足が見えた。ズボンだから男子だろう。そっと近づく。
「あれ? ノアなの?」
「ん? あ? エリーゼ?」
「こんなところで何をしているの?」
「静かなところで昼寝したくて」
寝ぼけ眼のまま、大きなあくびをした。
ああ、女の子たちから逃げてきたのね。
最近は同輩後輩のみならず、上級生の女子からも声をかけられているという噂だ。
「ふうん、モテ過ぎるのも大変なのね」
ノアは聞こえなかったのか、わざと無視したのか、何も答えなかった。長い手足を広げ、全身大きく伸びをする。
「エリーゼはよくここに来るの?」
「うん。ここは私のお気に入りの場所なの」
「おれもいてもいい?」
「そりゃあ、もちろんいいけど」
学院の敷地であって、エリーゼの私有地でもないのだからダメとは言えない。
エリーゼはノアの隣に座ってノートを開いた。
「そういえばノアは化学科だっけ? 楽しい?」
エリーゼは文学部を選択していたが、でも本当は理系の学部に行きたかった。数学も化学も得意で、成績は男子学生に引けは取らない。しかし、化学科は男でなければ専攻できない。女性は良妻賢母を目指すべしという学院の教育方針により、将来家庭に入る女子生徒は理系の科目を専門的に学ぶ必要ないとされているためだ。
「男子はいいよね。わたしも化学を勉強したかったのに」
「教えようか?」
カバンから取り出した教科書をぽいとエリーゼに渡す。
「あげるよ」
「え? いいの?」
「おれは失くしたっていえば、またすぐに新しいのが貰えるから」
「……ありがとう」
エリーゼはノアがくれた教科書で自習をし、わからないところは放課後にノアから教わるようになった。会うのは週に1回程度だが、エリーゼのわがままのためにわざわざ時間を取ってもらっているかと思うと少し心苦しい。
「これ、よかったら」
そっと紙包みを差し出す。
「何?」
「その、クッキーよ。あんまり料理は得意じゃないんだけど、せめてお礼出来たらと思って」
「え、まさか、作ってくれたの? おれのために?」
「どうせノアは女の子たちから山ほど差し入れをもらっているだろうけど」
みなまでいう前に、ぎゅっとノアが抱き着いてきた。
「すっごく嬉しい」
「もう、大げさ!! わかったから離れてよ!」
過剰すぎるスキンシップにエリーゼは慌てる。そばにいるだけでときめくのに、こんなにくっついていたら心臓が壊れてしまいそうだ。
「放して欲しい?」
「そう言ってるじゃない!」
ノアは明らかにエリーゼの反応を見て楽しんでいる。いいように遊ばれているのがなんか悔しい。
「じゃあ、クッキー、エリーゼが食べさせてよ」
「いやよ。赤ん坊じゃないんだから自分で食べて」
「なら離さない」
抱きしめる腕に力がこもる。女の子とはまるで違うノアの筋肉質な体つきと息遣いを感じて、さらに心臓がどくんどくんとうるさいくらいに音を立て始めた。
「わかった! 食べさせるから」
「やった!」
ようやく腕を緩めてくれたが、肩は抱いたままだった。その手も放してくれと言いたかったが、また交換条件を増やされても堪らない。
紙包みからクッキーを一枚つまみ、ノアの口元に差し出す。
「はい、どうぞ」
「そこは『あーんして』でしょ」
「……あーん、して」
クッキーに噛り付くノアの唇が指に触れ、慌てて手を引っ込めた。ノアは機嫌よさそうに「もうひとつ」と催促してくる。
まったく、もう。こんなところ、ノアの取り巻きの女の子たちに見られたら殺されそうだ。
中等科に進級してひと月が経った。
エリーゼは勉強道具を抱えて校舎裏に向かっていた。裏庭には誰にも知られていないお気に入りのスペースがある。自習室も図書館も満員で勉強場所が確保できなかった時には、いつもそこで自習していた。
生け垣を跨ぎ、植物を踏まないように花壇を超える。本来、立ち入ってはいけない場所だが、誰も来ないので集中できて宿題が捗るのだ。
そんなエリーゼ秘密の場所に、寝転がった足が見えた。ズボンだから男子だろう。そっと近づく。
「あれ? ノアなの?」
「ん? あ? エリーゼ?」
「こんなところで何をしているの?」
「静かなところで昼寝したくて」
寝ぼけ眼のまま、大きなあくびをした。
ああ、女の子たちから逃げてきたのね。
最近は同輩後輩のみならず、上級生の女子からも声をかけられているという噂だ。
「ふうん、モテ過ぎるのも大変なのね」
ノアは聞こえなかったのか、わざと無視したのか、何も答えなかった。長い手足を広げ、全身大きく伸びをする。
「エリーゼはよくここに来るの?」
「うん。ここは私のお気に入りの場所なの」
「おれもいてもいい?」
「そりゃあ、もちろんいいけど」
学院の敷地であって、エリーゼの私有地でもないのだからダメとは言えない。
エリーゼはノアの隣に座ってノートを開いた。
「そういえばノアは化学科だっけ? 楽しい?」
エリーゼは文学部を選択していたが、でも本当は理系の学部に行きたかった。数学も化学も得意で、成績は男子学生に引けは取らない。しかし、化学科は男でなければ専攻できない。女性は良妻賢母を目指すべしという学院の教育方針により、将来家庭に入る女子生徒は理系の科目を専門的に学ぶ必要ないとされているためだ。
「男子はいいよね。わたしも化学を勉強したかったのに」
「教えようか?」
カバンから取り出した教科書をぽいとエリーゼに渡す。
「あげるよ」
「え? いいの?」
「おれは失くしたっていえば、またすぐに新しいのが貰えるから」
「……ありがとう」
エリーゼはノアがくれた教科書で自習をし、わからないところは放課後にノアから教わるようになった。会うのは週に1回程度だが、エリーゼのわがままのためにわざわざ時間を取ってもらっているかと思うと少し心苦しい。
「これ、よかったら」
そっと紙包みを差し出す。
「何?」
「その、クッキーよ。あんまり料理は得意じゃないんだけど、せめてお礼出来たらと思って」
「え、まさか、作ってくれたの? おれのために?」
「どうせノアは女の子たちから山ほど差し入れをもらっているだろうけど」
みなまでいう前に、ぎゅっとノアが抱き着いてきた。
「すっごく嬉しい」
「もう、大げさ!! わかったから離れてよ!」
過剰すぎるスキンシップにエリーゼは慌てる。そばにいるだけでときめくのに、こんなにくっついていたら心臓が壊れてしまいそうだ。
「放して欲しい?」
「そう言ってるじゃない!」
ノアは明らかにエリーゼの反応を見て楽しんでいる。いいように遊ばれているのがなんか悔しい。
「じゃあ、クッキー、エリーゼが食べさせてよ」
「いやよ。赤ん坊じゃないんだから自分で食べて」
「なら離さない」
抱きしめる腕に力がこもる。女の子とはまるで違うノアの筋肉質な体つきと息遣いを感じて、さらに心臓がどくんどくんとうるさいくらいに音を立て始めた。
「わかった! 食べさせるから」
「やった!」
ようやく腕を緩めてくれたが、肩は抱いたままだった。その手も放してくれと言いたかったが、また交換条件を増やされても堪らない。
紙包みからクッキーを一枚つまみ、ノアの口元に差し出す。
「はい、どうぞ」
「そこは『あーんして』でしょ」
「……あーん、して」
クッキーに噛り付くノアの唇が指に触れ、慌てて手を引っ込めた。ノアは機嫌よさそうに「もうひとつ」と催促してくる。
まったく、もう。こんなところ、ノアの取り巻きの女の子たちに見られたら殺されそうだ。
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