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現状維持は、基本腐る
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「なるほど、現状維持という事は、緩やかな死だったのだな。資産が目減するように、生が目減りするとは考えもつかなかった」
思い当たる事があるらしい。一人でそう呟いて、イカロスはゆっくりと思考の海に沈むと、口を開いた。
「私は戦争の最中は、ずっとこの戦いが終わって、愛しい人と静かな暮らしを送ることばかりを望んでいました。戦いは血湧き肉躍る場所ですが、私の望みはそんな戦乱の世が終わり、ただ、静かに暮らす事でした」
「そして願いは叶えられました。戦争は終わり、私は戦士としての人生を終えて、神殿の儀式の警備の仕事を第二の人生としました。神殿の儀式の警備は神経をすり減らす仕事ですし、覚え事も多いのですが、慣れてしまえばどうという事はありません。毎年同じことの繰り返しです。ディーテ王国は幸いにも、50年前から一度も戦争は起こっていません。ですので私は神殿の儀式の警備という同じ仕事を、同じようにもう、50年行ってきました」
50年間の平和。
50年間の、変わり映えのしない平和の中で、何も変わらない素晴らしいはずの日々。
「最初の数年はよかったんです。まだ仕事も完璧ではなかったですし、覚えることも多かった。それに、何せ私生活もそりゃ忙しかったですよ。妻との間に4人も息子が授かって、毎日がそれこそ戦争のような日々だった」
「ですが、ようやく目を瞑っていても仕事がこなせるようになった頃、子供達も大きくなって、手がかからなくなり始めました。そうしたらあんなに渇望していた変わり映えのない日々の毎日が、つまらなくてつまらなくて。毎日、死ぬまでの時間つぶしに思えてきまして、そこから心がどんどん虚しくなってきました」
「来年も、再来年も、その次も、同じ事の繰り返しだ。寄る年並みからか、少しずつ心も体も弱ってきて、毎日毎日心と体から、魂を少しずつ手放しているような感覚がしてきました」
「ミシェルさん。私は、あれほど終わりを願っていた血ぬれた戦いに明け暮れる毎日を、私が戦争の英雄と呼ばれていた日々の事を思い出してはため息をついている毎日なんです。あれほど平和を望んでいたのにです。もうそろそろ、私は引退するしかないのでしょうか」
ミシェルは光のさざめきに心を傾ける。
イカロスが持つ、光の持つ輝きが足りなくなっているのではない。
同じ所をハムスターのように回り続けているから、光はただ、小さくなってるだけだ。
この男の後ろに見える、戦いの神の祝福を受けた光は、決して消えてはいない。
まだまだ輝ける。まだまだ飛び出せる。この男は、戦闘の神の祝福を受けた、戦争の英雄だ。
なら。
「仕事を減らすんじゃないんですよ。増やすんです!」
「え?」
「増やして、しかも別のことしたら一発で解決ですよ。それも、戦い絡みのね!」
ミシェルの言葉を受けるや否や、この男の後ろにいた光が、大きく輝きを取り戻した。
この男はまだ、戦いたいのだ。戦場に行きたいのだ。
急に目に光をとりもどした元英雄は、だが不安そうにミシェルに聞いた。
「ですが、私はもう老いています。戦いの場所に老いた我が身を置いてどうなるでしょう・・それからこの国にはもう戦争はありません。ありがたい事です。それからお恥ずかしい事なのですが、私はこんな身に余る名誉な職を受けていますので、今更名誉な仕事を辞して、剣士を目指している子供の指導などは立場上できないのです」
なるほど、いろんな事でこの英雄様には立場的なしがらみがありそうだ。’
名誉というのは面倒臭いものらしい。
ミシェルは笑った。
「儀式の度に、いつもやってる事ばかりじゃなくて、ひとつ加えたらいいんです。あなたは儀式の警備はもう誰よりも完璧にできるのだから、一捻り加えて、完璧に儀式を行いつつ、模擬戦を加えたらいいのでは?警備の組みを二組に分けて、襲う側と襲われる側になって、死力を尽くして完璧な儀式を遂行しつつ、という縛りを入れながら戦えばいいですよ」
仕事中にサバイバルゲームをしていると思って遊べばいいのだ。
そんなに戦いが好きで、でも平和を愛していて、でも仕事がつまらないのなら、仕事中に遊べばいい。
「元英雄が模擬戦で鍛え上げた神殿軍なんて、なんだか素敵じゃないですか。決められた儀式の警備を決められたようきちんと執行するだけというのもとても結構な事だけど、儀式中に想定敵国とかが攻めてきた!という設定で、警備をしてみるのも楽しいと思いますよ。敵国側になって、警備の隙を探るのも楽しそうですけどね!」
本気になれば本気になるほど楽しそうじゃないか!
この男は自分が人生の坂道を下っていると勘違いしている。
違う。この男は次のチャレンジをせずに、同じ場所でぐずぐずしていたから弱っているだけだ。
それが証拠に、このイカロス爺さんがなんだか映像で見たイケメンの眼差しを思い出してきたように、目に光が宿り出してきた。
枯れるなんて、まだまだ早いわ。
この爺さんが野性味あふれるイケ爺さんに急に目の前で変貌してゆくのをミシェルは眩しく見守った。
思い当たる事があるらしい。一人でそう呟いて、イカロスはゆっくりと思考の海に沈むと、口を開いた。
「私は戦争の最中は、ずっとこの戦いが終わって、愛しい人と静かな暮らしを送ることばかりを望んでいました。戦いは血湧き肉躍る場所ですが、私の望みはそんな戦乱の世が終わり、ただ、静かに暮らす事でした」
「そして願いは叶えられました。戦争は終わり、私は戦士としての人生を終えて、神殿の儀式の警備の仕事を第二の人生としました。神殿の儀式の警備は神経をすり減らす仕事ですし、覚え事も多いのですが、慣れてしまえばどうという事はありません。毎年同じことの繰り返しです。ディーテ王国は幸いにも、50年前から一度も戦争は起こっていません。ですので私は神殿の儀式の警備という同じ仕事を、同じようにもう、50年行ってきました」
50年間の平和。
50年間の、変わり映えのしない平和の中で、何も変わらない素晴らしいはずの日々。
「最初の数年はよかったんです。まだ仕事も完璧ではなかったですし、覚えることも多かった。それに、何せ私生活もそりゃ忙しかったですよ。妻との間に4人も息子が授かって、毎日がそれこそ戦争のような日々だった」
「ですが、ようやく目を瞑っていても仕事がこなせるようになった頃、子供達も大きくなって、手がかからなくなり始めました。そうしたらあんなに渇望していた変わり映えのない日々の毎日が、つまらなくてつまらなくて。毎日、死ぬまでの時間つぶしに思えてきまして、そこから心がどんどん虚しくなってきました」
「来年も、再来年も、その次も、同じ事の繰り返しだ。寄る年並みからか、少しずつ心も体も弱ってきて、毎日毎日心と体から、魂を少しずつ手放しているような感覚がしてきました」
「ミシェルさん。私は、あれほど終わりを願っていた血ぬれた戦いに明け暮れる毎日を、私が戦争の英雄と呼ばれていた日々の事を思い出してはため息をついている毎日なんです。あれほど平和を望んでいたのにです。もうそろそろ、私は引退するしかないのでしょうか」
ミシェルは光のさざめきに心を傾ける。
イカロスが持つ、光の持つ輝きが足りなくなっているのではない。
同じ所をハムスターのように回り続けているから、光はただ、小さくなってるだけだ。
この男の後ろに見える、戦いの神の祝福を受けた光は、決して消えてはいない。
まだまだ輝ける。まだまだ飛び出せる。この男は、戦闘の神の祝福を受けた、戦争の英雄だ。
なら。
「仕事を減らすんじゃないんですよ。増やすんです!」
「え?」
「増やして、しかも別のことしたら一発で解決ですよ。それも、戦い絡みのね!」
ミシェルの言葉を受けるや否や、この男の後ろにいた光が、大きく輝きを取り戻した。
この男はまだ、戦いたいのだ。戦場に行きたいのだ。
急に目に光をとりもどした元英雄は、だが不安そうにミシェルに聞いた。
「ですが、私はもう老いています。戦いの場所に老いた我が身を置いてどうなるでしょう・・それからこの国にはもう戦争はありません。ありがたい事です。それからお恥ずかしい事なのですが、私はこんな身に余る名誉な職を受けていますので、今更名誉な仕事を辞して、剣士を目指している子供の指導などは立場上できないのです」
なるほど、いろんな事でこの英雄様には立場的なしがらみがありそうだ。’
名誉というのは面倒臭いものらしい。
ミシェルは笑った。
「儀式の度に、いつもやってる事ばかりじゃなくて、ひとつ加えたらいいんです。あなたは儀式の警備はもう誰よりも完璧にできるのだから、一捻り加えて、完璧に儀式を行いつつ、模擬戦を加えたらいいのでは?警備の組みを二組に分けて、襲う側と襲われる側になって、死力を尽くして完璧な儀式を遂行しつつ、という縛りを入れながら戦えばいいですよ」
仕事中にサバイバルゲームをしていると思って遊べばいいのだ。
そんなに戦いが好きで、でも平和を愛していて、でも仕事がつまらないのなら、仕事中に遊べばいい。
「元英雄が模擬戦で鍛え上げた神殿軍なんて、なんだか素敵じゃないですか。決められた儀式の警備を決められたようきちんと執行するだけというのもとても結構な事だけど、儀式中に想定敵国とかが攻めてきた!という設定で、警備をしてみるのも楽しいと思いますよ。敵国側になって、警備の隙を探るのも楽しそうですけどね!」
本気になれば本気になるほど楽しそうじゃないか!
この男は自分が人生の坂道を下っていると勘違いしている。
違う。この男は次のチャレンジをせずに、同じ場所でぐずぐずしていたから弱っているだけだ。
それが証拠に、このイカロス爺さんがなんだか映像で見たイケメンの眼差しを思い出してきたように、目に光が宿り出してきた。
枯れるなんて、まだまだ早いわ。
この爺さんが野性味あふれるイケ爺さんに急に目の前で変貌してゆくのをミシェルは眩しく見守った。
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