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第5章 手紙
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しおりを挟む手紙を読み終えたヴィンセントは、しばらくの間放心したように黙り込んでいた。
頭が真っ白になる感覚に近い。そのくせ、泣きたいような、叫びたいような、そんな感情が胸の奥で渦巻いている。
手紙をもう一度読み直さなければと思うのに、そうするのが怖い。
自分の愚かさを改めて突きつけられるのが恐ろしいのだ。
「ヴィンセント様……?」
気遣わしげに声をかけてきたミラに返事もできなかった。
ヴィンセントは大きく息を吸って、そして吐き出す。前髪をかき上げた手が小さく震えているのが自分でもわかった。
「……ミラ、クロード様は──」
その瞬間、ヴィンセントの言葉を遮るかのようにコンコンッと、いつもより強めに部屋の扉がノックされた。同時に、扉を開けて素早く誰かが室内へと入ってくる。
「失礼します」
やってきたのは、見慣れたクロードの従者のひとりだった。少し硬い表情で扉の前に立ち、まっすぐにヴィンセントを見つめてくる。
「どうした」
「クロード様からは、ヴィンセント様に報告する必要はないと言われているのですが……」
従者は躊躇するように目を泳がせる。
その態度に、ヴィンセントは怪訝そうに小首を傾げた。
「なんだ? クロードになにかあったのか?」
「いえ、その……」
短い沈黙の後、従者はようやく意を決したらしい。再びヴィンセントと視線を交えた従者は、はっきりとした声でこう言った。
「先ほど、クロード様が執務室で倒れられました」
「クロードッ!」
ヴィンセントが部屋から飛び出して屋敷の中を駆けたのは、これで二度目だった。
ノックもせずクロードの執務室の扉を壊れそうなほどの勢いで開けたヴィンセントに、室内にいた全員の視線が集まる。
執事長とクロードの従者と侍女と……そして、ソファに横たわるクロードの視線だ。
「伝えなくていいと言ったのに……」
苦笑したクロードは、ゆっくりと上半身を起こそうとした。……が、その途中に小さく呻き声をあげ、顔を顰めながら額のあたりを手で押さえる。
「クロードっ?」
「……大丈夫です。まだ少し、頭痛がして……」
あわてて駆け寄ったヴィンセントに向かって、クロードは安心させるかのように小さく微笑んだ。しかし、その笑みはいまもどこか辛そうなままだ。
ヴィンセントは背後を振り返り、従者たちに声をかける。
「医者は?」
「クロード様がその必要はないと言い張って……」
「呼んでくれ。遅くなっても構わない」
「承知いたしました」
すぐに返事をした侍女が早足で部屋を出ていく。
それを見送ったヴィンセントは体を起こしたクロードの隣のスペースに腰を下ろし、そっとクロードの手を取った。
すると、ソファの背もたれに体を預けたクロードは、拗ねたような、呆れたような、そんな顔で唇を尖らせる。
「大袈裟ですよ……ただ少し頭痛がしてよろめいただけなのに……」
「大袈裟ではありません」
ヴィンセントがぴしゃりと言うと、クロードは口を噤んだ。まだどこか不満そうではあるが、これ以上文句を言うつもりはないらしい。
ヴィンセントはクロードの手の甲を撫でさすりながら、なるべく穏やかに問いかける。
「頭痛はいつから?」
「……ついさっき、急に頭が痛くなって……でも、そんなに痛いわけではないんです。小さな痛みがほんの少し続いてる感じで……」
クロードの言葉を聞いてから、ヴィンセントはクロードの額にそっと手を当てた。
「……少し熱がありますね。最近寒くなってきたので、風邪かもしれません」
「心配してくださったんですか?」
「当然でしょう」
「……僕が、クロード・オルティスだから?」
そう問いかけてきたクロードの口元に、どこか皮肉っぽい笑みが浮かぶ。
そのくせ、青い瞳は不安げにヴィンセントを見つめてくるものだから、どうにも憎めない。それどころか、ヴィンセントは目の前の夫が途方もなく愛おしく思えた。
「ええ、そうです。あなたを愛しています。誰よりも」
あの夜会の日、庭園でクロードから告げられた言葉を、ヴィンセントは迷いなく口にした。
大きく目を見開いたクロードの頬にキスをして、そのままクロードの体を抱きしめる。
「ヴィンセントさん?」
「…………」
「泣いているんですか……?」
「……まさか」
ただただ自分の愚かさが憎らしくて、情けなくて、たまらない。
時間を戻したいと思っても、いったいいつまで遡ればいいのかもわからなかった。
きっと、なにもかもが遅すぎたのだ。
クロードを愛していると気付くことも。クロードに愛されていたと知ることも。
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