十年先まで待ってて

リツカ

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書籍化記念SS

しあわせ巣作り 1

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 後日談。
 総真が社会人になって少したったあとの話。

 書籍化を記念して、雅臣と総真の巣作りのお話を書きました!
 全四話です。
 書籍化に関しては近況ボードやXなどをご確認いただければと思います。
 よろしくお願いします!


 +++++++


「なあ、お前の服借りてもいい……?」
「服?」

 おずおずと尋ねてきた雅臣を見つめ返しながら、総真は夕食のカレーを口へと運んだ。
 服を貸すこと自体は別に構わない。しかし、なぜ突然そんなことを言い出したのか──総真は軽く首を傾げる。

「別にいいけど、どっか出掛けんのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
「は? じゃあなんに使うんだよ」
「そ、それは……」

 雅臣はもごもごと口をまごつかせた。なぜだかほのかに頬が赤らんでいる。

「…………れ、練習がしたくて……」
「練習? なんの?」

 総真の問いに、雅臣はなかなか答えなかった。そして、長い時間目を泳がせたあと、意を決したように短く言う。

「……すづくり」
「え?」
「だ、だからっ、巣作りの練習がしたいんだよ……!」

 雅臣の顔は真っ赤だった。言いたくなかったのに……とぶつぶつ文句を言いながら、総真から視線を逸らしている。

 ──……巣作りの練習?

 対する総真は、ぽかんと目を丸くしていた。予想もしていなかった回答に、頭が追いつかない。

「……巣作りって、あれだよな……オメガが発情期のとき、番のアルファが身に着けてるものを集めて巣みたいなのを作るっていう……」
「うん」

 ダメか……? と雅臣が不安そうな顔で総真を上目遣いで見てくる。
 総真の胸はきゅんと跳ねた。

「いや、ダメじゃねえよ。ダメじゃねぇけど……そもそも巣作りって練習するようなもんなのか?」

 巣作りは、発情期のときのオメガが本能的に行うものだ。練習をするなどという話は、アルファの総真も聞いたことがない。
 雅臣は「うーん」と唸る。

「わかんないけど、俺ちょっと不器用だからさ。事前に練習しときたいなって」
「…………」

 それに関しては、総真も否定できない。
 雅臣は子どもの頃から、工作の類が人一倍下手くそだった。字は綺麗だし、絵も下手じゃない。なのに、いつだってその手が作り出すものは歪でヘンテコだった。
 クマにしか見えない猫の置物や、あちこちが折れ曲がった潰れた折り鶴、石ころにしか見えない粘土で作られた林檎──

 幼少期のあれこれを思い出した総真は遠い目をした。
 正直、そんな雅臣の作る料理が美味いのはある種の奇跡だと思う。もしくは、本人の努力の賜物だろうか。

「総真?」
「……あ、いや……まぁ、別にいいけど。クローゼットにある分は好きに使えば?」
「やった!」

 雅臣はうれしそうに顔を綻ばせる。そんな雅臣を見て、総真も穏やかに頬を緩めた。
 若干の不安はさておき、愛しい番が自分たちの巣を作る練習がしたいと言ってくれたのだ。総真だって、うれしくないわけがない。というか、ちょっと興奮する。

「俺も手伝ってやろうか?」
「ダメ! 巣はオメガだけで作って、あとで番のアルファにお披露目するもんなの!」

 いつもより子どもっぽい口調で主張する雅臣に、総真は苦笑する。

「わかった、わかった。巣ができるまでここで大人しくしてるから、お前は飯食ったあと寝室で練習してこいよ」
「うん!」

 大きく頷いた雅臣は、いつになく大急ぎでカレーを食べ進めている。小さな口いっぱいにご飯を詰めようとする顔が、なんだかリスみたいでかわいい。
 愛おしさに目を細めた総真はゆっくりと夕食を口に運ぶ。そうして、「ごちそうさま!」と叫びながら慌ただしく寝室へと走る雅臣の後ろ姿を穏やかな心持ちで見送った。




「……まーさーおーみー」

 あれから三時間。時刻はすでに二十二時を過ぎているが、未だに総真は巣のお披露目をしてもらえていないままだった。

 痺れを切らした総真は、寝室の扉の前で雅臣に声をかけた。しかし、中からは返事どころか物音さえ聞こえてこない。
 訝しんだ総真はそっと寝室のドアを開け、隙間から中を覗く。
 寝室の電気は付いたままで、あちこちに自分の服が散らばっているのが見えた。さながら泥棒が入ったあとの室内のようだ。

「……雅臣?」

 総真はゆっくりとドアを開けて、寝室に足を踏み入れる。
 雅臣の姿はすぐに見つかった。

 ──え、めちゃくちゃかわいい……

 ところどころに総真の服が置かれたベッドの上、その中心で、雅臣はすやすやと寝息を立てていた。巣の居心地を確かめているうちに、眠ってしまったのだろうか。
 体を丸めて眠る雅臣の腕には総真のお気に入りのシャツがあり、それに顔の半分を埋め、抱き締めたまま眠っている。

 総真は両手で口を覆った。今にもあふれ出しそうになる感動やら興奮やらで肩が震える。

 ──この世の生き物とは思えない……天使? もしかして俺の番、天使か……?

 小さい頃もかわいかったが、やはり今も死ぬほどかわいい。愛おしい。今は練習だが、もし発情期のときにこんな姿を見せられたら、総真はいったいどうなってしまうのだろう。
 たっぷり数十秒身悶えたあと、なんとか心を落ち着かせた総真はベッドに近付いた。

「お前はほんとにもう……いちいちかわいすぎんだって……」

 小声でぶつぶつ言いながら、雅臣の頬をするりと撫でる。そして、総真は少しのぼせたような気分になりながら、眠る雅臣の額にキスを落とした。

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