京助さんと夏生

神谷レイン

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7 二人で夏祭り

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 ―――一週間後。まだ蒸し暑さが残る夕暮れの中を俺は京助さんと歩いていた。

「やっぱりすごい人だ」

 俺は周りを見渡して思わず呟く。
 夏祭りらしく道端には様々な露店が並び、そこには早くも夏祭りを楽しみにやってきたお客さんが並んでいた。友達同士で来ているグループや着物姿のカップル、小さな子供がいる家族連れなどなど。

 そして露店には、焼きそばやりんご飴、綿あめから射撃と定番のお店から地方のB級グルメを売っているお店もあった。だから俺はキョロキョロと目まぐるしく辺りを見渡す。

 でも京助さんと言えば、人々の熱気と多さ、喧騒にうんざりした顔を見せていた。

「人の事は言えないが、全くどこからこんなに人がやって来るんだ」

 京助さんは小さな声でぼやいたが、俺はそんな京助さんの横顔をちらりと見る。外で会う京助さんはなんだか新鮮で。

 しかも今日の京助さんは眼鏡をかけている。普段は眼鏡をかけないけど、少しだけ目が悪いらしくって車の運転や映画館で見る時だけかけてるらしい。そして今日は花火を見る為に。

 ……はーっ、眼鏡かけてる姿もカッコいいってなんなんだ!?

 俺はそのカッコよさに心の中でため息を吐いてしまう。けど、あんまりに見つめていたからか京助さんは「夏生?」と俺に問いかけた。
 なので俺は慌てて返事をする。

「ま、まあまあ、折角来たんだから楽しもうよ! 花火までは時間があるから、露店を見て回ろう。俺、かき氷食べたい。京助さんもどう?」

 俺が尋ねれば京助さんは少し考えた後で「まあ、たまにはいいかもな」と言った。

「じゃあ、早く買いに行こう。ほら、あそこにあるみたいだし」

 俺は道の先にあるかき氷屋を見つけて指差す。そんな俺を見て京助さんは「はいはい」と笑って答えた。
 ちょっと子供っぽかったかな? と思ったけれど、浮足立つ心を止められない。だって京助さんが隣にいるのだから。

 そして、それから俺達はイチゴとブルーハワイ味のかき氷を買い、食べながら露店を一通り見て回る。京助さんはここ数年、夏祭りになんて来ていないらしく、物珍しそうに露店を見ていた。

 ……やっぱり一緒に来れてよかったな。

 俺は隣を歩きながら思う。でもそんな時だった。

「あれ、吉沢?!」

 突然後ろから声をかけられて俺は振り返る。するとそこには高校時代からの友達・山田がいた。

「あ、山田!」
「吉沢、お前も来てたんだ!」

 山田は笑顔で駆け寄ってきた。そして、すぐに俺の隣に立つ京助さんにも視線を向ける。

「どもっ」

 山田は京助さんに軽く会釈して挨拶をした。だから京助さんも「こんにちは」と愛想よく返事をする。でも視線を俺に戻した山田の目には『この人、誰?』という問いかけがありありと浮かび、俺に問いかけていた。俺と京助さんの関係性がわからないからだろう。

 でも、それなら俺だってわからない。

 京助さんと俺は親しい仲だけど、親戚でも、友達でも、恋人でもない。ただの二軒隣に住んでいる隣人で、俺の雇用主。でも、それだけの人と花火大会には来ない。だから俺は返答に困ってしまう。

「ええっと、この人は……」

 俺はどう答えていいかわからずに言いあぐねた。けれど、そんな俺を見かねてか、隣にいた京助さんが代わりに答えた。というか嘘を吐いた。

「俺は夏生の叔父でね。今日は花火大会に連れてきてもらっているんだ」
「あ、そうなんすねー」

 京助さんの嘘に山田はあっさりと騙され、納得したようだった。でも、その嘘に俺は心の中がもやつく。嘘をつかなくちゃ説明できない関係だとわかっていても。

「なんだ、叔父さんと来る予定だったんだな。そうならそうと言ってくれたらよかったのに。誘った時、すぐ断ったから何か別の予定が入ってるのかと思ったよ」

 山田は悪気なく俺に言った。でもそれは京助さんに聞かせたくなかった。なぜなら『本当に友達に誘われたりしてないのか?』と数日前に聞いてきた京助さんに俺は嘘をついたから。 

「あ、まあ、説明するのが面倒で」

 俺は顔をちょっと引きつらせながら適当に誤魔化したが、山田は気がつかなかった。

「ふーん、そっか。それより、そこの広場に梅原やトミーも来てるんだ。二人とも吉沢に会いたがってたから、ちょっと顔出していかないか?」

 そう山田は俺を誘った。梅原やトミーは山田と同様、高校から仲が良くて、大学生になった今も連絡を取り合って遊びに行くほど親しい友達だ。
 でも今、俺の隣には京助さんがいる。

「いや、俺は」
「夏生、折角だから行っておいで。友達がいるんだろ?」

 断ろうとした俺の言葉を遮って京助さんは会いに行くことを勧めた。

「え、でも京助さんは」
「俺は一人でブラついてるから、戻ってくる時にまた連絡をくれたらいい」

 京助さんはズボンのポケットに入れていた携帯を取り出して見せた。でも、そんな京助さんに山田は声をかける。

「あ、別におじさんも一緒に来ていただいて構わないですよ?」
「いや、俺はいいよ。ほら夏生、いってこい」

 京助さんはそう言って俺の背をぽんっと叩いた。そうされたら、もう断れなくて。

「うん、わかった」

 俺はそう答えて、「じゃあ、行こうぜ」と誘う山田と共に京助さんの元を離れた。一人残す京助さんに後ろ髪を引かれながら。




 ◇◇




 ――――それから三十分後。

 結局、久しぶりに会った友達と色々と喋って、いつの間にか時間が経ってしまった。花火が打ちあがるまで、あと五分しかない。俺は人混みの中、できるだけ足早に歩き、京助さんがいると連絡してくれた場所にようやく辿り着く。そして、辺りを見渡すが。

 ……京助さん、どこにいるんだろう!?

 俺は焦りながら京助さんを探すけれど、人が多すぎて全然見つからない。そして携帯で時間を確認すれば、もう三分も残っていなかった。

 ……嘘だろ?! 折角京助さんと来たのにっ。一緒に見ようと思ってたのに。

 俺は汗が滲む手で携帯をぎゅっと握り、目を凝らした。そうすれば人混みの先に京助さんらしき人が見える。だから、俺は思わず駆け寄ろうとした。

「京助さっ、わっ!!」

 いつの間にか靴紐が解け、俺はそれを片足で踏んづけてバランスを崩す。そうすれば、前のめりに倒れるしかない。

 ……ヤバい! 転ぶッ!!

 そう思って、俺は咄嗟に衝撃に備えた。でもその時、俺の名前が呼ばれた。

「夏生ッ!」

 その声と共に、倒れていく体を誰かの腕ががっしりと支えてくれた。そしてハッとして顔を上げれば、そこには追いかけようとした京助さんがいた。

「へ? あれ、京助さん?」
「はぁっ、びっくりしただろ」

 京助さんは俺を支えながらため息交じりに言った。だから俺は目をぱちくりとして、追いかけようとした人を目で追う。しかしよく見れば、その人は京助さんと背丈と服装が似た、ただの見知らぬ人だった。

 ……か、勘違い。

 俺は恥ずかしさで頬が熱くなる。でも同時に、大きな音をたてて空に大輪の花が咲き始めた。

「あ、花火」

 俺が呟くのと同じように周りの人の歓声が上がる。けれどそんな中、京助さんは俺に尋ねた。

「夏生、立てるか?」

 京助さんに言われて、今更ながらにずっとしがみついている事に気がついた。

「あ、ごめん!」

 俺は慌てて身を正し、京助さんの前に立った。そして花火に沸き上がる人々の邪魔にならないように、俺達は人の少ない物陰に移動する。

「全く、どこかに行こうとしてると思ったら、いきなり倒れ込むから驚いたぞ」
「ごめん。靴紐が解けてるのに気がつかなくって……それに京助さんを放って、ごめん」

 花火が打ちあがる中、俺は謝った。でも京助さんは何も言わずに俺の前にしゃがむと、解けた俺の靴紐を結び直し始めた。

「きょ、京助さん! 俺、自分で」
「夏生、本当は友達に誘われてたんだろ?」

 京助さんに聞かれて俺はドキリとする。嘘を吐いていたことを咎められるのかと思って。

「それは、そう、だけど……俺は京助さんと行くって約束したから!」

 俺が答えれば、京助さんは靴紐を結び直し、ゆっくりと立ち上がりながら俺に尋ねた。

「でも、本当は俺とじゃなくて友達との方が良かったんじゃないか?」

 京助さんに言われて、俺は少し、いやかなり悲しくなる。

 ……やっぱり京助さんは俺と一緒に来たくなかったのかな。本当は面倒だって思ってたのかもしれない。

 そう思ってしまって。でも、しょげる俺の頭を京助さんはくしゃっと一撫でした。

「悪い、別にお前と来たくなかったわけじゃない。俺なんかより、友達との方が楽しかったんじゃないかって思ってな」

 優しく言われて俺はしょげていた頭を上げる。

「友達と来てもきっと楽しかったと思うけど。俺は今日、京助さんと来て楽しいと思ってるよ」

 正直な気持ちを言えば、京助さんは「そうか」と柔らかく笑って言った。だから、まだ子供の俺は思わず問いかけていた。

「京助さんは楽しんでる?」

 俺の問いかけに京助さんは空に打ちあがる花火を見上げて答えた。

「ああ、久々に花火を見たがやっぱり実際に目で見るといいもんだ。だから、誘ってくれてありがとな、夏生」

 京助さんにお礼を言われて俺は照れくささから思わず俯く。そして、花火の光に照らされた京助さんの横顔があまりに格好良くて、胸が苦しい。好きの気持ちが胸の中から飛び出していきそうになるほど一杯に溢れ出る。



 ……ああ、本当に京助さんが……この人が好きだな。



 俺は花火を見上げるフリをしながら花火を見つめる京助さんを見て、心底思った。


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