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おまけ

泣いた理由は?2

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 ――――それから数日後。
 セスのご機嫌はまだ完全には戻っていなかった。どうやら喧嘩した相手であるリッキーと未だ仲直りが出来ていないようだった。

 ……うーん、どうしたもんか。原因が俺だけに気になるなぁ。子供同士の喧嘩に口を出す気はないんだけど。

 そう思いながらも仕事が早くに終わったウィルは、仕事帰りでセスのお迎えに来ていた。
 だが、ウィルが園の前に辿り着いた途端。中庭の方でものすごい勢いで泣く子供の声が聞こえた。

「うわああぁぁんッ!!」

 その声に先生たちが慌てて駆け寄る姿があり、ウィルもどうしたんだ? と園の門から覗く。
 わんわんっと泣いているのはセスにいちゃもんをつけたリッキーで、そのすぐ傍にはセスがいた。セスは心配顔でオロオロしながらリッキーを見ている。そして駆け寄った先生たちも慌てていた。

 ……一体どうしたんだ?

 そう思って見ているとセスがウィルの存在に気がつき、叫んだ。

「おとーしゃんッ!」

 セスはウィルを見つけると、全速力でウィルの元に走ってきた。ウィルは慌てて園の中に入り、走ってきた息子を受け止めた。

「セス、どうした?」
「おとーしゃん! リッキーをたすけて! リッキー、おっきいハチさんにチックンされちゃったの!!」
「なんだって!?」

 セスの説明を聞いてウィルは顔色を変え、すぐに泣きわめくリッキーの元に駆け寄った。そして、リッキーを囲んでいる先生たちの間に割り込んだ。

「セス君のお父さん!?」
「俺は薬剤魔術師です。見せてください!」

 突然割って入ってきたウィルに戸惑った先生達だったが、ウィルが薬剤魔術師だと名乗るとすぐにリッキーの腕を見せた。

「ここです! どうやらここを刺されたみたいで」

 リッキーの腕には黒い蜂の太い針が刺さったままだった。それを見て、ウィルはすぐに肩にかけていた仕事鞄を開け、ピンセットと水の入ったボトルを取り出した。そして痛さに暴れるリッキーの腕をしっかりと握って抑えると、ピンセットで針をそっと抜き、ボトルの中に入っていた水を針が刺さっていた場所にかけた。その後、人差し指を針が刺さっていた場所に当てると治癒魔術を使う。
 ぽぅっとウィルの指先が一瞬光り、不思議なほどにリッキーの泣き声が段々と落ち着いていく。

「もう大丈夫だ。痛くないだろう?」

 ウィルが声をかけるとリッキーはひっくひっくと鼻水を垂らしながら「ぐずっ……ぅん」と答えた。その返答に先生たちはホッと息を吐いた。蜂に刺されて死に至ることは滅多にないが、万が一のこともある。先生たちが安堵の息を吐くのも仕方のない事だった。

「セス君のお父さん、ありがとうございました」
「いえ、たまたま居合わせただけですから。……治癒をかけて毒抜きをしましたが、刺された事で少し腫れやかゆみの炎症が出るかもしれません。なので、その時はこれを塗ってあげてください。腫れとかゆみが治まる軟膏です」

 ウィルはがさこそと仕事鞄の中から小さな缶に入った軟膏を先生に渡した。

「薬まで……よろしいんですか?」
「ちょうど持ち合わせていた物ですから、お気になさらず」
「ですがっ」
「俺は息子の頼みを聞いただけですから」

 ウィルはそう答え、傍にいるセスに視線を向けた。セスはキラキラと輝く瞳でウィルを見つめていた。そこには尊敬の眼差しがある。

「おとーしゃん、すごーいっ!」

 セスの称賛にウィルは照れ臭い気持ちになる。当然の事をしたまでだが、愛すべき息子に手放しで言われるとくすぐったい気持ちだ。

「さ、セス。俺達は家に帰ろうか」

 ウィルがセスの頭をくしゃっと撫でて言うと、セスはにっこり笑顔で「うん!」と答えた。
 そうしてウィルはセスを連れて、何事もなかったかのように帰った。
 だが、ウィルの背中をまるでヒーローを見つめるような瞳で保育園の子供達や先生達が見ていたことを二人は知らなかった。

 ――――それから。

 その日の夜の内にアズーロが息子のリッキーを連れてお礼をしにパンを持ってきた。どうやら先生方からハチ事件を聞いたらしい。

「ウィルの兄貴! 昼間うちの息子が世話になったみたいで、ありがとうございました! お礼といっちゃなんですが、うちのパンを持ってきたので受け取ってください」

 アズーロは玄関先で頭を下げて言い、ウィルは困った顔を見せた。

「いや、俺はたまたま居合わせただけだから礼はいいよ。そう先生に聞いただろ?」
「そうかもしれないけど、ウィルの兄貴がいなかったら万が一のこともあったかも……。だから、どうぞ!」

 アズーロはパンが入った紙袋を差し出して言った。これ以上、断るのは難しいと判断してウィルは仕方なく紙袋を受け取る。

「わかったよ。お前のとこのパン、うまいからありがたく頂くよ」

 ウィルがそう言うとアズーロはホッとした表情を見せた。そしてウィルの後ろに隠れて様子を見ていたセスにも声をかけた。

「セス君もありがとう。お父さんに助けを頼んでくれたんだろう?」
「お、おとーしゃんが見えたからぁ」

 セスはもじもじっと照れた様子で答えた。

「おじさんのパン、よかったらセス君も食べてね。甘いパンも入れておいたから、喜んでくれると嬉しいな」

 アズーロに言われて、セスはこくこくっと頷いた。
 しかしそんな中、今までのやり取りを見ていたリッキーが一人、眉間に皺を寄せて怪訝な顔をしていた。なぜなら体格がよく貫禄のある父親が、どう見ても年下の、それこそ十歳も年の離れたウィルを年上の様に扱っていたからだ。しかも兄貴とまで呼んで……。

『なんで、父ちゃんはアニキなんて呼んでるんだ?』

 そう顔にありありと心の声が出ていた。そして心の中に収まらないその疑問は声に出た。

「父ちゃん、どうしてアニキなんて呼んでるの? 父ちゃんの方がおとなじゃん」

 リッキーはアズーロの服の裾を引っ張って尋ねた。しかし返ってきた答えはリッキーにとって衝撃的なものだった。

「何言ってんだ。ウィルの兄貴は父ちゃんより年上だぞ? 俺より五歳も上なんだ」
「ええ?!」

 リッキーは絵に描いたように驚いた。

「子供の頃、よく面倒を見てもらったもんだ。ね、ウィルの兄貴」
「ええ?! こ、この人が父ちゃんを!?」

 リッキーは信じられないのか、アズーロとウィルを交互に見返した。そこにいるのはどう見ても三十歳の父親と二十前後のセスの父親。幼いリッキーが信じられないのも無理はなかった。
 なのでウィルはしゃがんで事情を説明した。

「リッキーくん。おじさんはね、ある事故に巻き込まれて老けない体になっちゃったんだ。だから見た目はこうだけど、中身は君のお父さんより年上なんだよ」

 ウィルが丁寧に説明すると、リッキーは答えを求めるようにアズーロに視線を向けた。アズーロは無言で頷き、それが真実であることが伝えられるとリッキーは「ほんとなんだ」と驚いた。
  そして呆然とするリッキーをセスはじっと見つめた。その視線に気がつきリッキーはすまなそうな顔をして小さな声でセスに告げた。

「……セス、ごめんな」

 リッキーが謝るとセスは笑顔で「いいよ!」と答えた。どうやら仲直りで来たようだ。そんな二人の様子を見て、ウィルは微笑ましく思った。
 そうしてお礼を言いに来たアズーロはリッキーを連れて帰って行った。

 しかしその前にウィルはアズーロから、こっそりと聞き捨てならない話を聞いていた。

『いや~、実はうちの息子。どうやらセス君の事が好きみたいなんですよね~。今回蜂に刺されたのも、セス君に花をあげようとして刺されたみたいで。こないだなんか、突然長髪にするって言ったんですよ? 理由を聞いたら、セス君の理想の人がウィルの兄貴だって言われたみたいで』
『こないだ? それっていつの話だ?』
『え、いつ? えーっと先週だったかな?』

 アズーロの答えにウィルは思い出す、セスが不機嫌だった日もちょうど先週だったことを。そしてウィルは気がついてしまった。リッキーがセスにウィルの事を変だと言ったのは子供らしい嫉妬心からだと。

 ……好きな子ほどいじめちゃうってやつか。その気持ちはわかるが、セスを泣かす奴は許さん。

 ウィルは二人が帰って行った後、改めてそう思った。しかし、そんなウィルの服の裾をセスがくいくいっと引っ張った。

「おとーしゃん、どしたの?」
「あ、いや。なんでもないよ。セス、お父さんとお風呂に入ろうか?」

 ウィルが言うと、セスは嬉しそうに「うん!」と答えた。


 ◇◇◇◇


 その後、風呂に入り、夕食も食べて、歯磨きを終えたセスをウィルは寝かしつけていた。
 セスの隣に寝転がり、ぽんぽんっと背中を優しく撫でる。そうすればセスはすぐにウトウトし始めた。

 ……もう少しで寝そうだな。あー、それにしてもウトウト顔、可愛いなぁ。いつまでも見てられるぅ~っ。

 ウィルはセスが眠たそうにしているのを見て思った。しかし、セスはもぞりっと動くとウィルの手をぎゅっと握った。その手は眠いせいか小さいのにぽかぽかと温かい。

「ね、おとーしゃん」
「んー?」
「おとーしゃん、ぼくのこと好き?」
「(世界いや、宇宙、いやそれよりも、何百何千何万回言っても言い足りないないくらい)好きだよ!」

 ウィルは気持ちを必死に抑えて言った。だが、返ってきたセスの言葉はウィルの呼吸を止めさせた。

「ぼくもおとーしゃんのこと好き。おとーしゃんがぼくのおとーしゃんでよかったぁ、ぅふふっ」

 セスは眠たそうな顔をしながら、ほんわかと笑った。

 ……ん゛ん゛ッ!! 

「っ……セス、もう寝なさい」

 弾けそうな気持を抑えてウィルが言えたのはこの言葉だけだった。それからセスは小さく「はぁい」と答えると、素直に目を閉じた。そんなセスの頬にウィルはキスを落とし、セスはすやぁっとすぐに眠りに落ちた。
 その後、ウィルはセスからそっと離れ、子供部屋から出たのだが……。
 ウィルがリビングに戻った途端、リーナはウィルの顔を見てぎょっとした。

「ちょっとウィル、どうしたの?!」
「うっ、う゛ぅっ、リ゛ーナざぁん」

 ウィルはドバーッと滝のように涙を流していた。

「あらあら、もう」

 リーナはすぐにタオルを手にウィルに近寄り、その顔を拭いた。でもウィルの涙は止まらなかった。
 自分が父親でいてくれてよかったと愛する息子に言われて、どうして感動しないでいられようか。こんなにも情けない自分を父親にしてくれたのはセス本人だと言うのに。

「せ、セスがぁぁ」
「またセスに何か言われたの?」
「俺、絶対セスを幸せにするぅぅっ!」
「はいはい、わかってるわよ」
「せ、セスをどこにもやらない。誰を連れて来たって!」
「はいはい。それは将来考えましょうね」
「セスを幸せにするって言っても、やらないんだッ!!」

 ウィルはずびずびっと泣きがながら言い、リーナはくすくすっと笑うしかなかった。

 
 だが、この二年後にセスがレオナルドと会う事をこの時のウィルはまだ知らなかった。

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