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第三十三話 アルメリアの作法

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 アルメリアはリカオンを追いかける。

「リカオン? なにか言いたいことがあるのなら、はっきり言っても良いのですよ?」

 リカオンは振り向きもせず答える。

「なんでもありませんって。早く行きましょう」

 そう言ったあと立ち止まると、アルメリアの方へ振り返り、いつものように微笑んで手を差し出した。アルメリアは納得していなかったが、先ほどのことが気になりそれ以上リカオンに問い詰めることをやめて、その手を取った。

 あのチューベローズ教の教皇スカビオサ・レ・アルコーンと、ダチュラが知り合いだとは衝撃的だった。
 ゲーム内でダチュラは十五歳の頃引き取られる。それから一年間は男爵家でマナーやダンスを学び育成し、十六歳になったときに社交界にデビューする。
 最初の育成の時期内であっても、一定数パラメーターを超えると攻略対象とのイベントが発生することはあったが、ダチュラ自身が登城したり、まして教皇と絡むことは一切なかったはずだ。

 アルメリア自身が転生したことでストーリーが変化してしまい、その影響でヒロインのストーリーも変わってしまったということも考えられないわけでもないが、それにしても話が変わり過ぎのように感じた。
 アルメリアは話がこうも大きく変わってしまっていることに、一つ思い当たることがあった。それはダチュラも転生者ではないかということだ。そうでなければこんなにも大幅にストーリーが変わることはないだろう。
 ダチュラが前世の記憶を良い方向に使ってくれれば良いが、教皇と一緒に居る時点で、嫌な予感がした。

 アルメリアは改めてペルシックに、ダチュラについて調べてもらうことにした。今まで、ヒロインの登場はまだ先だと思っていたので、アルメリアはダチュラのことは調べずにいた。もし調べるとしても、孤児院にいるはずのダチュラを調べることは容易ではなかっただろう。
 ペルシックはゲームの内容だとか、アルメリアの前世のことは当然知らない。なので、いかに有能なペルシックもクインシー男爵について先んじて調べたりすることもなかった。
 この時点になってようやくアルメリアは、クインシー男爵の動向だけでも調べておかなかったことを後悔した。

 そうして少し考え込んでいるアルメリアを見て、リカオンが咳払いしながら言った。

「お嬢様、先ほど僕が言ったことを気になさっているんですか? 別に僕はそんなお嬢様は嫌いではありませんよ。お気になさらずに」

 そう言われなんのことだかさっぱり分からなかったが、とりあえず頷き笑顔で答える。

「そうなんですのね? 良かったですわ!」

 するとリカオンは一瞬大きく目を見開いて驚いた様子を見せたが、すぐに不機嫌そうにそっぽを向いた。アルメリアは内心、さっきまではわたくしを心配してくれていたのに、笑顔を向けるとこの反応。リカオンはツンデレってやつですのね。と思いながらその様子を微笑ましく見つめた。

 順番に周り城壁内に戻り、礼拝堂の近くを歩いているとルーファスが礼拝堂から出てくるところに偶然出くわした。ルーファスはアルメリアに気づくと笑顔で手を振った。

「こんにちは、アルメリア。今日は心地の良い天気ですね」

 そう言いながらアルメリアの方へ歩いてくる。アルメリアも微笑み返す。

「こんにちは、本当に気持ちの良い気候ですわね。ルフスは今日はなんの御用でしたの?」

「今日はこちらでパーテルたちの話し合いがありましてね。うちの教区のパーテルも出席せねばならなかったので、私は付き添いで参りました」

 パーテルとは司教のことだろう。彼らが自分より高位の聖職者をパーテルと呼んでいるのを何度か聞いたことがあった。ルーファスの仕えるオルブライト教区の司教は確かブロン司教だったはずだ。

「そうですのね。ではブロン司教がいらしてるんですのね。ルフスはもう戻るところですの?」

「はい、話し合いはしばらく続きますから、一度戻ろうかと思っていたところです」

 アルメリアは少し考え、遠慮がちに言った。

「もしよろしければ、わたくしの執務室でお昼をご一緒しませんか?」

 そのお誘いにルーファスは驚いて答える。

「お邪魔してもよろしいのですか?」

 アルメリアは満面の笑みで答える。

「もちろんです」

「お誘いありがとうこざいます。とても嬉しいです」

「ご一緒していただけるとわたくしも嬉しいですわ。では行きましょう」

 ルーファスはリカオンとアルメリアの後ろに続いて歩いた。執務室の前に来るとアルメリアは立ち止まる。

「こちらですわ」

 そう言って中に入ると、ルーファスも中に入るよう促す。中に入ったルーファスは室内をぐるり見回した。そしてそんな自分を優しく見つめているアルメリアに気づくと、恥ずかしそうに照れ笑いをした。

「不躾にじろじろと見たりしてすみません。あまりにも素晴らしいお部屋でしたので、貴族の方々はこのような生活をされているのかと圧倒されてしまいました」

 アルメリアは首を振る。

わたくしの準備した部屋ではありませんけれど、仕事するだけですのに確かに華美な装飾ですわよね」

 アルメリアは室内を一瞥し

「こちらですわ」

 と、食堂へ歩き始めた。食堂へ入るとテーブルには、三人分のテーブルセッティングがもう済んでいた。ペルシックがアルメリアにお付きとして常について歩いているのは、こういった準備をアルメリアの命令なしにできるようにしているのも理由の一つである。

 アルメリアは洗面器で手を洗いながら、テーブルに並べられたスプーンやフォークを見て、ふとこの世界の歴史的背景は中世なのにも関わらず、こういった細かいことは近世の使用であることに感謝した。前世での中世では食事は手掴みだったはずだからだ。そんなことをぼんやり考えながら、タオルで手を拭くとペルシックのエスコートで椅子に座った。ルーファスは戸惑いながら手を洗い席につくと言った。

「こんなに豪華な場でのお食事をいただくのは初めてですので、とても緊張してしまいます。作法もよくわかりません。コップやスプーンやフォークがたくさんあるのですね。そんなことも知らない私のような者が、本当にご一緒してよろしいのでしょうか?」

「お食事は楽しむものですわ。作法なんて気にしていたら食事の味が分からなくなりましてよ? スプーンやフォークは外側から順に使っていけばよろしいんですの。それに間違えて使っても、給仕が新しい物を準備しますから問題ありませんわ。ですわよね、グレッグ」

 アルメリアは振り返って給仕を見る。

「はい。わたくしどもは、皆様が楽しくお過ごしいただくことを第一にしております。気にならさずに、楽しい会話と美味しいお食事を堪能して下さいませ」
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