上 下
5 / 27

5

しおりを挟む
 自宅前まで芦谷あしや先生に送ってもらい、お礼を言って車を降りると、家に入りシャワーを浴び食卓についた。
 食卓で、父、まさるに瑛子は

「お父さん、明日の朝ごはん早めにお願い」

 と言った。家を早めに出るためだった。早めに出れば、神成かんなりりょくと鉢合わせにならないと思ったからだった。
 神成緑には、最寄りの駅が知られてしまっている。用心することに越したことはない。
 すると瑛子の母親の冴子さえこ

「パパ、私も明日は早めにお願い。明日は早朝会議があるのよ」

 と言った。勝は

「なんだ、我が家の女性陣はみんな忙しいな。それはかまわないが、そうそう瑛子、明日は弁当がいるか? いるならママの分と一緒に作るから、自分の弁当箱を台所に出しておきなさい」

 と言った。瑛子は勝に生返事をすると、神成緑が昼休みに会えると言っていたのを思いだした。そして明日のお昼ご飯で接触してこないか少し不安になった。


 次の日、勝に弁当を渡されると、想定よりも一時間は早い時間に家を出る。早く着いて予習でもするか。どうせ家だと絶対勉強しないし。と、思いながら、駅まで歩く。改札をくぐり、ホームに出ると

「おはよう、君のことだからこんなことじゃないかと思った」

 と声をかけられる。声のする方を見ると、神成かんなりりょくが立っていた。瑛子が驚いていると神成緑は

「君は早く家を出るのでは? と思っていたから、待ってて良かった」

 と、爽やかに微笑むと

「驚かせてごめん。でも君と話がしたくて。なんとなく君が避けてるのはわかったし、強引だったことも認める。だけど、もう少し俺のことを知ってから避けてくれてもいいと思うんだ」

 と言った。瑛子はなるほど、確かに。と思った。それでも強引が過ぎると思うが。だが、これから先、ずっと避け続けることはできないだろう。そう悟ったので

「では、お願いがあるんです」

 と妥協案を出すことにした。神成緑は頷き

「内容にもよるけど」

 と、言った。瑛子は頷き

「一緒に通学するのはかまいません。でも学校で神成君と親しくしていると、神成君は人気者なので、私の学生生活に色々と支障がでかねません。なので、校外でだけ仲良くさせていただきたいのです」

 と言った。特にヒロイン。彼女からの風当たりが強い。昨日の彼女は、瘴気を放っていたり、変な忠告をしてきたりした。

 それに、今はモブの私と一緒にいても、これからヒロインとの接点ができ、彼女と仲良くなったら、神成緑は私と一緒にいる機会が減るだろう。そうなった時に、周囲からひそひそされるのも避けたい。神成緑はよくも悪くも目立つのだ。すると神成緑は

「わかった、もしも俺と君の仲をやっかむ奴がいたら、そいつらから君を守れば問題ないよね」

 と、言った。瑛子はいや、だからそうじゃない、なんでそうなるんだってばよ? 日本語がお留守です。と思いながら、学校内では関わりをもたないようにして欲しい、とハッキリ言おうとしたところで、電車がきてしまった。話を中断し、電車に乗り込む。

 車内が混雑しているので、かなり神成緑と密着することになった。

「瑛子、危ないから俺につかまっていいよ」

 と神成緑に言われ、最初は遠慮していたが、逆に電車が動く度に神成緑に身体が押し付けられてしまうため、諦めて神成緑のシャツを掴み

「よろしくお願いします」

 と呟いた。神成緑は

「うん、不本意そうだね。次の駅までの我慢」

 と微笑んで言った。神成緑と、距離を取ろうと思っているのに、なんでこうなっちゃったんだろう。もうお家に帰りたい。と、思いながら数分間、身体を神成緑に預ける形になった。
 星春ほしばる駅に着くと、ホームに出て足早に改札に向かいながら瑛子は

「本当にごめんなさい、失礼しました」

 と、心から謝った。あんなに身体を密着させては、神成緑はさぞ不快であっただろう。神成緑は

「なんで? そんなことないよ」

 と、恥ずかしそうに言って目を反らせた。神成緑は、お世辞をさらりと言う人間だ。口ではなんと言おうと、どんな反応をしてようと、本心はわからない。
 そもそも、こんなに私に近付いてきているのにも、何かしら目的があるのだろう。と、瑛子はこの時考えた。それだと昨日からの、神成緑の謎の行動理由に納得がいった。

 改札を出てしばらく行ったところで、神成緑が

「スマホ、今なら持ってるよね」

 といい、その場で連絡先の交換をした。神成緑は

「今朝、君を捕まえるの大変だったから、これで明日からは大丈夫だね」

 と、微笑んだ。瑛子は、確かに、なんの約束もなく待たれるよりはましかも。と思いながら高校へ向かった。
 校門の前に着くと、瑛子は

「では、また帰りに会いましょう」

 と言ったが、神成緑は

「いや、俺、瑛子のこと守るって言ったよね。心配しなくて大丈夫だから、行こう」

 と、歩き出した。瑛子は完全に開き直ることにした。

「わかりました、しっかり守ってね」

 と言って微笑むと、神成緑の隣に並んで歩き始めた。神成緑は

「え? あ、うん」

 と、少し戸惑った様子になった。瑛子は可愛いな、と思った。下駄箱で上履きに履き替え、廊下を歩きだしたところで神成緑が

「ところで瑛子はなんで敬語なの?」

 と瑛子に訊いた。正直なところ、敬語だと自然と距離がとれるし、ボロも出にくいからなのだが

「前からなので、敬語の方が話しやすいんです」

 と、瑛子は答えた。神成緑は

「ふーん。てっきり、他人と距離をとるためなんだと思ってた」

 と言った。瑛子は本当にこの子鋭いわ、と思いつつもそれを顔に出さず

「他人行儀に聞こえちゃいますかね? 気を付けますね」

 と笑顔を返した。教室の前に着くと

「じゃあ、あとで」

 と、神成緑と別れ教室に入り自分の席に着いた。せっかくなので予習をしておこうと、教科書を取り出していると

「おはよう」

 と声をかけられる。見ると催馬楽さいばらがくだった。瑛子も笑顔で挨拶を返すと、催馬楽学が

「昨日は帰るのが遅かったのか?」

 と、訊いてきた。瑛子は頷き

「先生に質問してたら、遅くなっちゃったんです」

 と答えた。催馬楽学は

「勉強することも大切かもしれないけれど、遅くなると危ないから、気を付けないと」

 と言った。基本この子心配症なんだわ、と瑛子は思いながら

「気にかけてくれて、ありがとうございます」

 と、頭を下げた。その後少しだけ予習をすると、チャイムが鳴り授業が始まった。
 授業内容は、初日だと言うこともあり、各教科の先生に自己紹介をさせられ、本格的な授業といった感じではなく、あっという間にお昼になった。
 昼休みになると、神成緑が

「瑛子、昼飯行こう」

 と誘いにきた。瑛子が頷くと、催馬楽学が

「僕も一緒にいいだろうか?」

 と言ってきた。瑛子は別にかまわなかったが、神成緑に一応確認を取る。神成緑は

「別にかまわないよ」

 と言った。その時、視線を感じそちらを見ると例のごとく、ヒロインが黒いオーラをまとって睨んでいた。瑛子は

「ご飯食べるなら大勢が良いよね。丹家たんげさんもどお?」

 と、誘ってみた。すると、丹家栞菜かんな

「えっ? いいんですか? でも~なんか悪い気がしますぅ」

 と言った。催馬楽学が間髪入れずに

「そうだな、君は遠慮してほしい」

 と言って、瑛子の方を見ると

「じゃあ、行こう」

 と言った。ヒロインは神成緑の方を見て、助けを求めるような顔をしたが

「悪いけど、そう言うことだから」

 と言った。瑛子は、二人ともなんでこんなにヒロインに冷たいんだろう? と、思いつつ教室を後にした。神成緑が

「瑛子は目立つの嫌なんだよね? 静かな場所を知ってるから、そこに行こう」

 と言った。そこは使用していない机や物が置いてある教室で、倉庫のような場所だったが、ご飯を食べるスペースは十分にあった。神成緑は

「代表者挨拶を考える時に、このスペースを提供されたんだけど、勉強する時にも使っていいって許可はあるから大丈夫」

 と言った。流石頭が良いと特だよね。と、思いながら座った。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

モブ令嬢は仲良くなりたい

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:34

カラダラッパー!

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:0

アマテラスの力を継ぐ者【第一記】

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:411pt お気に入り:6

孤独なまま異世界転生したら過保護な兄ができた話

BL / 連載中 24h.ポイント:55,319pt お気に入り:3,452

私のことは気にせずどうぞ勝手にやっていてください

恋愛 / 完結 24h.ポイント:156pt お気に入り:334

処理中です...