その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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出逢いと、お別れの日々 (1)

私の想い、皆の想い

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 グリュック様と奥様の「ペナンレース視察の行程」は、万全に整えたの。 途中の御宿もきちんとした宿屋さんにした。 多少、経費は掛かったけど、周辺の村長とか、街の顔役さんとかが、訪ねて来ても大丈夫な様にしたんだよ。 旅程の前半は、主にお仕事の時間。 大事な領の民との交流をして貰うために、ワザと行きにくい、陸路を選んだの。 



 各村や街を繋ぐ街道の整備がどれだけ遅れているかを実感してもらう事も考えてね。



 ベナンレースの街では、ゆっくりとしたお時間を取ってもらう。 陸路からは行きにくい街だから、お時間をたっぷりとっている街では、存分に私的な時間を楽しんで貰いたいの。 なにか事があって、至急に連絡をつけなければならなくても、男爵閣下御自慢の早舟があるから、心配はしてないの。

 陸路は大変な行程だけど、海路は僅か二日。 それも、穏やかな海路だというお話だしね。 いい所に目を付けたって、男爵様に褒めて貰ったのよ。 十分に視察の必要はある。 ペナンレースの街に着けば、ゆっくりとした私的な時間を満喫できる。 その上、緊急時には対応も可能。 ほんと、とてもいい立地だったんだもの。




「エスカリーナは、良く領内を見ているな。 助かる。 これからも、エルサを手伝ってやってくれ。 あれにも、相当苦労を掛けた。 労わってやりたいのだ」

「勿論に御座いますわ、男爵様」

「うむ、その言葉、嬉しく思うぞ。 どうだ、今度は海から領を見てみるか?」

「そ、それは…… 今は、まだ……」

「そうか…… 嫌か……」

「そういう訳では御座いません! ですが、まだ御領をよく理解しておりませんわ。 それが、終わってからならば……」

「あなた、無理強いは良くないわ。 また、ハンナの時みたいに、” もう二度と、御父様の御船には乗りません! ” なんて、言われたいの? 時がくれば、エスカリーナの方から、乗せて欲しいって、お願いして来るわ。 それまで、お待ちなさいな」




 男爵閣下も交えての、「ペナンレース視察」の ” 詰め ” のお話合いの席上ね、そんな事を言われたのよ。 そりゃ、御船にも、海路にも興味はあるけど…… まだ、まだ、安全とはいいがたいもの。 いろんな航路で、私掠船なんかが跳梁跋扈しているんでしょ?


 死ぬのは嫌だもの……


 苦笑いと共に、男爵閣下のちょっと凹んだ御顔を見ていたんだ。 エルサ奥様も、” 困った人ね ” って、御顔だったよ。 何はともあれ、視察の日程、行程は決まったんだ。 後は、奥様、男爵様から、グリュック若様、ニーナ若奥様へお話するだけね。 上手くやって下さいね♪




 *******************************




 今日は、「百花繚乱」へ行く日。 何時もの通り、ルーケルさんに御者をして貰って、ブギットさんのお店に向うの。 朝早くね。 お薬屋さんでの時間を多くとりたいから、ブギットさんには悪いのだけど、朝早くからお邪魔するのよ。

 今回は、おばば様から特に動きやすい恰好をして来いって言われたからね。 なんでだろう? ” 足元もしっかりブーツを履いといで ”ってね。 どっか、お外ににでも行くのかな? 御者台に座って、ルーケルさんと、そんなお話をしていたのよ。

 ブギットさん、早朝にも拘わらず、ちゃんと「山の水」の樽を六個用意してくれてたの。 嬉しいね。 例の恐怖を感じる笑顔で御出迎えなのう。 う~ん、ブギットさんのお店が、なんで繁盛しないのか、なんかわかる気がする……




「おはよう、嬢ちゃん」

「おはようございます。 山の水を運びに来ました」

「ん。 準備は出来ている。 積み込もうか」

「はい、宜しくお願いします。 ところで、イグバール様は?」

「まだ寝てんじゃねぇか? 夜遅くまで、トンカンやってたからなぁ…… アイツも頑張ってるぜ」

「それは良かった事。 お店が軌道に乗れば、また、別な場所に店舗を構えられるのでしょうから」

「そのつもりは無いようだぜ? 居心地がいいらしい…… おお、忘れる所だった。 これを」




 そう言って、ブギットさんが、ちょっと長めの包を差し出して来たんだ。 重くは無いんだけど………… なんだろう?




「浜のおばばから頼まれたもんだ。 珍しい事も有ったもんだな。 嬢ちゃんが来たら、渡せってな。 中身は山刀だ。 鞘に入っているから、気にせず持てるぜ。 おばば、山にでも入るつもりか? もう歳だろうに……」




 受け取った、山刀。 長さは、私の腕ぐらい。 綺麗に包まれているから、どんなモノか判らないけど、ブギットさんの作ったモノだから、とても ” イイモノ ” とだけは、判るんのよね。 大事にお預かりしますね。



^^^^^^^


 樽を六個積んで、おばば様のお店に向かうの。 まだ、朝日は低い位置にあるのよ。 ちょっと、早すぎたかな? ぐるりと街道を回って、浜に到着。 お店には何時もの通り、レプラコーン族の小人さん達が待っていてくれたの。

 六個の樽は、彼等が何も言わずに運んで行ってくれたわ。 代わりに、空の樽を積み込んでね。 




「おはよう」

「おはようございます。 ご指定の” 着るべきモノ” の恰好で参りました」

「うん、いいね。 それじゃ、今日の課題を教えようか。 作業場においで」




 おばば様が、出ていらした。 何時ものローブ姿じゃ無かったんだ。 足元が見えてるのよ。 しっかりとしたブーツをお履きになっているわ。 それに、今日はローブじゃ無くて、マント。 フードもついてないのよ。 ちらりと見えるのは、革の鎧に見えるのよ…… 


 なんで? どういう事?


 お店の中に入って、そのまま奥の部屋に通されるの。 荷馬車は裏庭に運ばれて行ったのよ。 ルーケルさんが、ちょっと不安げな表情を浮かべているの。




「ルーケルにも付いて来てもらうからね。 大丈夫だよ。 問題ない」




 なんか、大問題みたいに聞こえるのは、普段の行いが悪いからなぁ? なんかする度に、おばば様から、「心臓止める気かい?」 って、言われてるからなぁ…… 私もちょっと不安になるよ。 




「ブギットから、なにか貰ったかい?」

「ええ、なんでもおばば様がご依頼されたという、「 山刀 」 をお預かりしておりますわ」

「そうかい。 なら、開けて見な」




 ん???? なんで、私が? と、思いつつも、言われる通り、ブギットさんから渡された包を解くの。 中から出て来たのは、飴色の鞘に包まれた、一丁の山刀。 刀身の長さは私の二の腕程の長さ、そして、刀身の色が何か違う……




「ほう、オリハルコン使ったか。 やるねぇ。 私の依頼ってのも有るだろうけどさ。 何に使うかよくわかってんじゃないか」




 ニンマリと微笑むおばば様。 何を考えていらっしゃるのか、私には判らないわ。 ルーケルさんも困惑してる。 といっても、ルーケルさんの困惑は、その山刀の方なんだけれど…… 




「オリハルコン…… 魔法金属ですか。 初めて見ました…… これが、伝説級と呼ばれる「奇跡の鍛冶屋」様の物ですか…… いや、色々と、おかしいですね」

「だろ? あの店は、こんな普通じゃない物を作るんだよ。 それも、用途に見合った様にね。 これは、「山刀」…… 使いように拠っちゃ、武具になるけどね。 それでも、一応は日用品さね。 私の依頼を受けてくれたのは嬉しいね」

「これだけの逸品…… どうされるのですか?」

「いやね、今日の教えに必要なんだよ。 ほら、エスカリーナ、こっちにおいで」




 なんか不穏な事言われているよね。 ちょっと、怯えながらも、おばば様の御側に行ったの。 そしたらさ、手に持っているその山刀の鞘をね、私の腰に付け始めたんだ。 革のベルトで腰に付けてね、位置を調整されているの……




「えっ?えっ?えっ?」

「あんたにってね。 ブギットも感づいていたんだろうね。 私の想いを汲んでくれたんだよ」




 楽しそうに、私の腰に鞘を付けたのよ、おばば様。 あ、あのね…… そんな高価なもの…… 私が使うなんて…… だって、私…… 使い方も知らないのよ? そりゃ、前世の記憶で、懐剣の使い方くらいは、護身術で教えられてたけど…… 困惑が…… 止まらないよ……

 ニコニコ顔のおばば様。 

 なんか…… 本当に申し訳ないよ……

 装備を付け終わってね、さぁ、説明しようかって成った時、小人さんが一人作業場に入って来たの。 なにか、おばば様にお話している。 眉に皺が寄るのよ…… 




「わかった、行くよ。 仕方ないね…… この領に住んでる限り、嫌だとは言えないね。 エスカリーナ、ちょっとお待ち」




 そう言って、狭い通路を通って、お店の方に向かわれたんだよ。 あちらの方から声がする…… なんだか、聞き覚えのある声がするのよ……





 *******************************





「海道の賢女様には、ご機嫌麗しく」

「麗しくないよ。 なんだい、こんな場所に来るなんて」

「はぁ…… それが…… 少々お願いが御座いまして」

「なんだい。 ここは、薬屋だよ。 薬以外の ” お願い ” なんざ、聴かないよ」

「はぁ…… 実は、少々 ” 妻 ” に、不都合が御座いまして……」

「へぇ、そうかい。 なんだい、子供が出来ないって事かい?」

「!」




 この声…… グリュック様…… 妻って…… ニーナ様? 子供が出来ないって? そ、そんなぁ…… これじゃぁ、視察の事も……




「まぁ、子供を作る薬ならあるよ。 妊娠薬さね。 御代は金貨一枚。 でもね、若さん。 こんな薬に頼るよりも、二人っきりでゆっくり心を落ち着かせる方がいいよ。 そうさね、海辺の保養地なんかでな、二人っきりでしっぽりね」

「い、いや…… その……」




 グリュック様…… タジタジになってるよ……




「考えても見な、あんたら、二人っきりの時間なんて持って無いだろ? 常に領の事が覆いかぶさって、心の休まる暇さえなかったんだろう? 余裕が無さ過ぎなんだよ。 他の領の者を見てみな。 やれ夜会だ、やれ晩餐会だ、やれ避暑だって、遊び回ってるじゃないか。 真面目過ぎるんだよ。 まぁ、薬使うのもいいけどね。 そうさね…… こっちも付けてやるよ」




 コトンって音がしたの。 カウンターの上に何かの瓶を置いた様な音なのよね…… 何を渡そうとしているんだろ?




「二人っきりになって、美味しいワインでも飲んでさ、そん時に「コレ」を一緒に飲みなよ。 そしたら、まぁ、次の日まで寝ずに頑張れるからねぇ」




 はぁ? 寝ずに何を頑張るのよ!! おばば様!!




「い、いや、その……」

「愛しているんだろ? なら、良いじゃないか。 あんた達に子供が出来れば、この領だって安泰なんだよ。 この婆が死ぬまで、平穏に暮らさせておくれ。 さぁ、持って行きな」

「…………わかりました」

「もう用は無いね。 さぁ、帰った帰った。 これでも、忙しいんだ」

「実は……もうひとつお願いが御座いまして……」

「なんだよ、ほんとに!」




 グリュック様、なんか言い難そうにしてるね。 なんだろう? まぁ、あそこまで、明け透けに夫婦の事情を話しちゃったんだ…… その他の話ずらい事なんて…… なにか有るのかなぁ……




「実は、ちょっと訳アリの子供がいまして…… エスカリーナと言います。 うちの魔術師からの評価が相当高いのです。 男爵家配下の魔術師に彼女を導いて貰おうとしておりましたが…… どうも、その子の能力が高く…… 如何でしょうか、一度……」

「ダメさ。 私は薬屋。 それ以外の事はしないんだよ。 それに、もう弟子は居るからね。 その子の事は諦めな」

「はぁ…… そうですよねぇ…… 海道の賢女様は…… 弟子はおとりにならな…… はっ? 今なんと?」

「もう、弟子は間に合ってるって言ったんだ。 貴族の我儘娘なんざ、お呼びでないよ」

「…………そ、そうなのですか…… 残念です」

「あんたは、自分の事を、この領の未来を考えるんだよ。 要らない心配はしなくていいんだ。 その訳アリ娘だって、いずれいい感じになるんじゃないかい? 放っておきなよ」

「はい……賢女様……」




 えっ? 訳アリの娘って? 私の事? 若様…… そんなに私の事を考えてくれていたんだ…… なんか、勿体ない程、有難いわ。 でも、おばば様……なんで、おばば様の弟子にもう私が成っているって、言わないのだろう?



^^^^^^^


 お店の扉が開き、グリュック様の出て行かれる気配がするの。 表から馬車が走り出す音が聞こえてから、おばば様が作業場に帰って見えられたんだ。




「ふう、危ない、危ない。 なんとか誤魔化せたようさね。 エスカリーナ。 あんた、ホントに気に掛けられているね。 まぁ、事情が事情だしね。 でも、あんた、庶民になりたいんだろ? それも、錬金術師に。 だったら、そうなるまでは、私の弟子だって事は、黙ってな。 いいね」

「はい……」

「なに、そう遠くない未来の話だよ。 随分あんたの知識の虫食いは、埋めたんだ。 あとは、そうさね、今日の教えを実践出来る様に成ればいいんだよ。 さぁ、説明しようか。 これから、錬金術師と生きて行く為の、方策とやらをね。 いいかい?」

「はい! おばば様!!」




 なんだか、私…… 

 ホントに愛されてると思うの……

 貴族の社会から飛び出して、何とかしたいと想っていたけど、一人じゃ何も出来ないって、思い知らされたわ。 でも、素敵なお友達も、偉大な師匠も出来た。 こんな幸運は、滅多にない筈。 だから、この幸運に見放されない様に、私は頑張るわ。 

 うんと、頑張って、皆が幸せになれる道を、探していきたい!







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