その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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思惑の迷宮

素顔の ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン大公令嬢(3)

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 ロマンスティカ様の視線が私に戻ったの。 ニッコリと笑われた。 とても、柔らかで、喜びに満ちた笑顔だったわ。




「……それにしても、ロマンスティカ様は、手慣れていらっしゃるわ。 もしかして、【解毒】や【解呪】も、ご存知なのかしら」

「……その通りですわ。 こう見えて、十二年くらいは、そのような事ばかりやっていますもの」




 十二年? 生まれてすぐに? そんな事出来ないわよ。 前世の記憶がある私でさえ、魔力循環とか、純化くらいよ、生まれてすぐは。 魔法にしたって、極初級の魔法しか使えないもの。 知っては居ても、体が云う事きかないんだもの。 かなり、不思議そうな顔をしていた筈ね。 忍び笑いをしているロマンスティカ様の口から、驚くべき事実が伝えられたの。




「そう、五歳の時にね、「光」属性だとわかって、わたくしの世界が変わったの。 それから十二年。 ずっと、わたくしは、わたくしを護るために、「魔法」の研鑽を積んでまいりましたのよ」

「五歳……から、十二年?」

「わたくしの身体つきから、そうは見えないでしょうが、本当は十七歳なの。 とても小さく生まれてしまいましたから。 そして、五歳のあの日まで、貴族籍はおろか、戸籍すらありませんでしたし」

「戸籍が無かった…… 何故ですの? ニトルベイン大公家のお嬢様なのに!」

「此処から先はリーナ様にしかお話しませんわ。 内緒ですわよ♪」




 悪戯猫の様な表情で、ロマンスティカ様から、語られる「お話」は…… 私のファンダリア王国への忠誠を揺るがす言葉の数々だったの。 もし、彼女が嘘を言っているのなら、その嘘は大逆にあたる。 私に対し、そんな嘘を語る必要性もない。 つまりは真実……



「わたくしのお話をする前に、しておかなければ成らないお話が御座います。 前王妃エリザベート様、現国王陛下にあらせられます、ガングータス=アイン=ファンダリアーナ国王陛下、そして、現王妃フローラル=ファル=ファンダリアーナ王妃殿下の事に御座いますの」



 一旦、お話を止め、新たにお茶を淹れ直してくださったの。 そして、続けられる言葉……




「フローラル様は、お爺様の最後の姫様です。 とても愛されておられました。 お父様も、その事はよくご存じです。 とても自由奔放で、望まれることはすべて、お爺様が叶えて差し上げたそうです。 学院に入学した後も、蝶よ花よと愛でられ、御自身が男性からの愛の言葉を受けられることを、何より楽しんでらしたとか。 お父様が御諫め申し上げても、一向に直らず、多くの高位貴族の男性を魅了したとか」




 うすら寒くなってきて、淹れてもらったお茶を口にするの。 それでも、背中のゾワゾワした感覚が収まらない……。 軽やかな、彼女の言葉に、心底、軽蔑したような響きが重なる……。




「フローラル様は、事も有ろうか、当時王太子であった、ガングータス殿下の寵愛を求めました。 エリザベート様が後宮に入られる為の準備期間…… つまりは王妃教育ですわね。 その期間に、ガングータス殿下に近寄り、媚びを売り、篭絡し、褥を共にしたらしいのです。 日々の王族教育に疲れていらした、ガングータス殿下は、あまりに女性に対し無防備であったとも、お父様からお聞きしております」




 冷たい目で、カップを見詰め、遠き記憶を呼び覚ますように、言葉を重ねられるの。




「学院卒業間際、ある衝撃的な噂が出回りました。 薄く…… 密かに…… でも、ある意味、誰かがそれを狙っていたのかもしれません。 その噂は、フローラル様懐妊の噂です。 お爺様は公式には否定されております。 前国王陛下も、相手が誰か迄は、問われておりません。 ニトルベイン大公家の末娘が、皇太子殿下と睦まじく、そして、懐妊した…… その噂は、貴族達の間にも静かに広がり、同時期に新たな王族の側にと、生まれた人が沢山おられました。 お兄様達の世代です」




 だからかぁ…… ウーノル殿下の周囲に居る人たちって、基本、次男、三男、次女以下の方々…… ミレニアム様や、アンネテーナ様のような嫡男、長女の方は少ない…… そんな訳があったんだ……




「学院卒業後、ガングータス殿下は、エリザベート様を妃とされ、盛大な結婚式が挙行されました。 と、同時に、フローラル様もまた、側妃として、後宮に入宮されたのです。 密約……とでも、いうのでしょうね。 ガンクータス殿下が、エリザベート様を御娶りになった時には、フローラル様 懐妊の噂は無くなっておりました。 噂は、単に、噂でしかなかったと」




 彼女の眼がスッと細まる。 カップに口を付け、一口。 唇を湿す様に飲まれたの。 なんだか私も、のどがカラカラになって来た…… 語られる内容が…… あまりにも…… そして、この先のお話される事が、とても恐ろしく感じてしまう。




「リーナ様? 今からお話する事は、ニトルベイン大公家に伝わる御伽噺。 そんな事があった事実など、どこにも記載されていない事ですわ。 だから、真相は闇の中。 そのおつもりでね。 …………フローラル様の御懐妊は、本当の事だったの。 お腹が目立つ前に、学院はご卒業されて、ニトルベイン大公家の奥の間に逼塞されたの。 そして、そこには、度々、ガングータス殿下が御越しになっていた。 なんとか、正妃を挿げ替えようとされた、殿下の努力も虚しく、先代国王陛下のご許可は出されなかった」




 ” 御伽噺 ”…… そんな訳は無いわ。 これは、ニトルベイン大公家の秘事…… 徹底した情報の隠蔽が行われいたという事ね。




「そして、先代国王陛下が、「 決定 」したのは、エリザベート様との婚姻。 フローラル様は体調を崩された。 産み月より、ずっと早くに…… 女児を産み落とされた。 コレが男児ならば、ガングータス殿下は、それを元にフローラル様を正妃に強引にされるつもりだったみたい。 でも、生まれたのは、未熟児の女児…… 「 女児 」は、誰にも望まれていなかった。 暗い産室のなかで、弱弱しい産声を上げるその女児に、祝福を与える者は、誰一人としていなかったわ」




 えっ? なに? という事は…… つまり…… ロマンスティカ様は…………




「産後の肥立ちも良く、フローラル様は、エリザベート様と同じ後宮に入宮される運びとなったわ。 ガングータス殿下の粘り勝ちね。 後は、リーナ様もご存知通り、エリザベート様は「白い結婚」と、云う事になり、五年を目途に離別、退宮させるおつもりだった。 その間に、フローラル様は王妃教育を受けられ、真にガングータス殿下のお側に立てる様に教育される事になったの」




 カップの縁を指で撫でている、ロマンスティカ様。 暗く、重い視線がその指を見ていたわ……




「……残されたのは、未熟児の女児。 髪の色はアッシュブラウン。 瞳の色は翡翠の輝き…… どう見ても王家の「 色 」は無かったの。 だから、困惑は広がったの。 ” 父親は誰だ? ” ってね。 そんなのが生まれちゃったんだもの…… 名も付けず、出生を届ける事も無く…… ” すぐにでも死んでしまえ ” と、放置されたわ。 でも、生き残った。 弱弱しく泣きながらも、死ぬ事はなかったの」



 遠くを見るように、視線を上げられ、暫し口を閉じられた。 その沈黙は、生まれたばかりの赤子に対し行われた、非情とも思える仕打ちを、思い出されていた様だったの。 瞳を瞑り、すこし、声を落とし、お話は続けられれたわ。




「お母様が不憫に思われて…… 専属の乳母と、数人の侍女を付けて下さった。 でも、奥の間から出る事は決して許されない。 音を立てる事も、騒ぐことも、……泣くことさえも、 ” 禁じられた ” わ。 王宮からは何も言ってこない。 は、” わたくし ” を捨てたの。 必要の無い駒。 あっては成らない駒。 そんな駒は消えて無くなれ…… くらいは思っていたのかもしれないわ。 おかげで、五歳になるまで、三度…… 毒を盛られた」




 感情の起伏の無い言葉…… 重く辛い現実…… 同情すらも拒絶する、凄み…… 立ち上がる鬼気…… 




「だから、わたくしは、わたくしの為だけに生きる事にしたの。 わたくしだけの力を手に入れようと、「魔法」を、勉強したわ。 今生きているのは、お母様が居られたから。 お父さまが五歳から庇護を与えてくれたから。 それは、幸運な事なのかもしれない。 死んで然るべき子供に、「 生 」を与えた事には違いないの。 ただ、その 「 生 」 を、わたくしが望んでいたのかは…… 別のお話よね」

「ロマンスティカ様は…… 」

「ニトルベイン大公家の末娘ですわよ………… 今は」




 冷たい、冷え切った光が、翡翠の瞳に浮かび上がっていた。 なにも、言えない…… 王家にそんな事があったのだなんて…… お母様が、「白い結婚」を強要されたの理由が、今…… 判った。 どんなに、お母様が、ガングータス殿下の御心を望んでも…… 絶対に手に入れられなかった事情が…… 今、判った。




「わたくしはね、五歳になった時に、属性を確かめられたの。 そして、「光」の属性がわたくしに与えられていた事が判ったの。 大公家は、新たな駒を手に入れたという訳ね。 希少な「光」属性の持ち主なら、大公家にとっても有益な者になる。 だから、名をロマンスティカと与えられ、その時になって初めて貴族籍に入れられたの。 庇護と云う名の鎖を首に付ける為にね。 アハハハ、今ではな大公家令嬢よ、おかしいでしょ?」

「ロマンスティカ様……」

「でもね、わたくしは、わたくし。 力さえつければ…… もう、誰にも縛られたくはないもの」





 ロマンスティカ様の眼が怪しく光るの。 次の言葉に、震えが身体を襲ったの。






「ね、貴女も、そうなのでしょ、『』?」

「!!!!」




あまりに、突然の言葉に……


私の思考は……





止まってしまったの。





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