その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

文字の大きさ
上 下
191 / 713
第四軍での「薬師錬金術士リーナ」

長い夢の後、募る思い(2)

しおりを挟む



 静かに、言葉を紡ぎ出した 私。




 お母様から、受け継いだこの記憶は、私だけのモノじゃない。 お母様は、王妃として、ファンダリア王国に住まう全ての者を愛したのよ。 だから、この記憶は、私だけの物じゃない。 王国に返さねばならない記憶でもあるのよ。 

 私の言葉を聞いた、ロマンスティカ様は、激しく首を横に振り、拒絶の意思を示されたの。 何故? どうして? 




「ダメ! それだけは、ダメ。 これは、わたくしに課せらられた「仕事」なのです。 その知識は、貴方だけの物。 亡き王妃殿下が愛した、エスカリーナ様だけの物。 貴女がこの事に関わる事は、絶対に許可しません。 王宮魔導院 特務局 主任魔術士ロマンスティカとして、それだけは、認められません」




 ロマンスティカ様…… そんなにも…… お母様と私の事を……




「リーナ、貴女はもっとご自分を大切にしないといけないわ。 貴女を失う事に成れば、悲嘆にくれる者がどれ程いるか、判らないの? 周りも見えないの? 少なくとも、此処にいる者は、貴女が失われれば正気を失わんばかりに悲嘆に暮れるのが…… 判らないの?」




 ティカ様の言葉に、ハッとして周囲を伺う。 ラムソンさん、シルフィー…… そして、ぼんやりと実体化しているシュトカーナ。 ブラウニー、レディッシュ、ホワテルも…… 皆がベッドの側で、私を見つめていた。 真剣な表情で、真っ直ぐに私を見つめていたの。

 ティカ様の言葉が、私の胸を抉る。 こんなにも想い、慕ってくれる人達が居る。 この心は…… 何にも代えがたい宝物。 忘れる所だった…… 人との繋がりを大切にしている筈なのに、忘れる所だった。




「ティカ様…… ごめんなさい。 我儘ですね。 走り出したら、周りが見えなくなる…… わたくしの悪い癖ですわね」

「判っているのならば、直しなさいませ!」




 とても、お怒りのご様子。 その怒りの中に、ティカ様の優しさが見える。 暖かい気持ちが、浮かび上がる。 こんなにも、想って下さる…… 報いたい。 どうにか、この想いに応えたい。 

 フッと、頭に過る魔方陣があった。 封印の解かれた記憶の中にある、大きな魔方陣。 おばば様が起草され、一から作り上げられ、歴代の王妃殿下がコレを改変強化されたモノ。 これならば、ティカ様も許して下さるかもしれない。




「ティカ様…… 実は、お母様から受け継いだ、わたくしの記憶の中にある「ミルラス防壁」には、もう一つ、” 別の形 ” の、大魔方陣が有るのです。」

「なんですの! 一体」

「はい、お母様が、一連の「魂の固定術式」を書き加える前の…… 歴代の王妃殿下が改善し強化した、祈りを基本として魔力を注ぎ込む、「ミルラス防壁」が有るのです」

「えっ! そ、それは、誠ですか!」




 パッと、ティカ様の顔に明るい光が差し込んだように見えたの。 思い悩む彼女に一筋の光輝く道が、示されたかのようだったわ。 お母様が行った「書き換え」は、「ミルラス防壁」の大魔方陣の、かなりの部分に及ぶのよ。 そして、問題の『魂の固定術式』は、大魔方陣の、” ありとあらゆる所 ” に、潜り込んでいたんですもの。 なんの指針も無しに、分離し、書き換えられる前の状態に戻すなんて、至難の業よ。


 だけど…… 元の「ミルラス防壁」の魔方陣が完璧な状態で有るのならば……




「書き換え前の、大魔方陣の術式すべてを、描き出す事が出来ます。 現在の「ミルラス防壁」と見比べ、変更箇所を、王宮魔導院の魔術師の方々で、『 精査 』される事は、可能ではありませんか? そうする事が出来るのであれば、わたくしは「あの術式」に一切触ることなく、ティカ様の御役にたてると…… 思うのですが?」




 それまでの「怒り」を、霧散させ、ティカ様は私の両手を握り込んで来られたの。 彼女が背負っていた、責任と重圧。 難解で答えの見つからない事象。 悩みに悩んだ末、何処から手を付ければいいかすら、判らなかったのかもしれない。 道が開かれ、解析の端緒につける。 優秀な魔術師たちが揃う、王宮魔導院の方々になら、「ミルラス防壁」を、書き換えられる前の、元の状態に戻せるかもしれない。


 いえ、必ず戻すわ。 だって…… ティカ様がそう望まれるのだから。

 彼女の眼が潤み、そして、言葉を紡がれる。




「お願いしていい? わたくし、記憶しますわ。 少しも忘れることなく、全てを!」

「それは…… ご許可頂いたと、思っても良いのですか?」

「勿論よ! それならば、リーナがあの術式に近寄る事も無い。 そして、魔導院特務局は、安全にあの術式が埋め込まれる前の状態に戻す事が出来る! なにも…… そう、何も失うモノは無くなる!! リーナ、許可します。 いいえ、お願いしますわ!!」




 かなりの興奮状態になっているロマンスティカ様。 こんな私でも、お役に立てそう。 嬉しいわ。 五日間の昏睡により、体力がかなり減少しているけれど、それは、まぁ…… 体力回復ポーション一本で大丈夫だろうし…… まだ、回復しきってない魔力は…… あと、一日もあれば、ほとんど問題なく回復するわ。 




「明日、この第十三号棟の鍛練場で…… 如何でしょうか?」

「ええ、ええ、判ったわ。 今日は、体力と魔力の回復に努めてね。 ゆっくりと休むのよ。 シルフィー、ラムソン、そして、高貴な御方。 リーナを頼みます。 わたくしは、魔導院に戻り、準備をいたします。 お願いできるわよね」




 シルフィーが嫌そうに、頷く。 ラムソンさんは無表情。 シュトカーナだけが、笑顔で彼女を送り出したわ。 ……いったい何時の間に、仲良くなったの?  ティカ様は、第十三号棟の扉を固く封印され、出ていかれた。 

 勿論、侍女姿よ。 ティカ様にも、相当無理させているわ。 申し訳ない気持ちでいっぱいに成るの。




「リーナ。 眠りなさい。 貴女には「 休養 」 が、必要なの。 わかって? いつも無茶ばかり。 ……今回ばかりは、予測は出来なかったけれど、それでも、私達がどれ程心配したか。 いい? 眠って、食べて、回復しなさい。 これは、私達皆からの願いよ」

「シュトカーナ…… ごめんなさい。 ……ありがとう」

「ラムソンも、シルフィーも、貴女を助ける為に頑張ったのよ。 褒めてあげて」

「みんな…… ありがとう。 私が今、ここに居る事が出来たのは、みんなのお陰ね。 感謝している。 ありがとう」

「「 リーナ! 」」




 やっと、笑顔が見れた。 もう、心配そうな顔は、見たくないな。 とても、優しい気持ちになれた。 ブラウニー達もベットの上にやって来た。 優しく、彼らの頭を撫でるの。 感謝を込めてね。 それで、それだけで、彼らには判る筈。 嬉しそうに眼を細めるブラウニー達。 




 微睡が、私を包み込み…… 


 優しい眠りに……






 誘ってくれたわ。







しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:385

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

BL / 完結 24h.ポイント:383pt お気に入り:2,623

婚約破棄されたけど前世が伝説の魔法使いだったので楽勝です

sai
ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:894pt お気に入り:4,184

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。