その日の空は蒼かった

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従軍薬師リーナの軌跡

第十六中隊の真実

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 今日、アントワーヌ副師団長様がこちらに見えられていたのは、昨日のお約束を果たす為だったの。



 そう、薬品備品庫から私が錬成したお薬やポーションを移送する為にね。 輜重中隊の人とか、休暇で王都に帰っている予備役の人とかが、ちょっとづつ運び出しているんだって。

 その監督に来られていたらしいわ。






「イザベルも、シャルロットも居るよ。 それに、第四一、四二、四三師団の庶務主計長、もね。 あの倉庫にある医薬品は、第四軍の生命線だから、みんな真剣だよ。 教会の奴らとか、財務寮の奴らに見つからないように、こっそり移送するんだ。 移送先は、エスコー=トリントの倉庫。 あそこなら、奴らも手出しできなくなるしね。 それにさ、さっき ニトルベイン大公家の『毛色の変わったお嬢様ロマンスティカ様』が、仰った通り、教会はそれどころじゃないしね」




 ニヤリと意味深な笑みを浮かべる副師団長様。 あぁ…… やってしまったのかな…… ちょっと、困ってもらおうと思っただけなんだけど、思ったより大変な事態に落ち込んでいるみたいね。 でも…… 軍施設であんなものを錬成するからよ。 自業自得。 おすましして、表情を変えなかったの。




「薬師リーナ殿。 奴らに一泡吹かせましたね。 なんと、小気味いい事でしょう。 本来ならば、ご注意申し上げねばならない立場ですが、代わりに、よくやってくれましたと、お褒め致しますよ。 ホントに、あの御令嬢が言う通り、規格外の『薬師』殿ですな、貴女は」

「痛み入ります。 今後、この様なことが無いように、軍令、法典、運用規則を学びたいと思いますので、どうぞ、よしなに」

「ふむ…… ここで、その言葉を言うのかい。 ならば、私でお役に立てるのならば、お教えいたしますよ。 わたしの仕事の半分が、そのようなモノですからね。 あぁ、そうだ、法務参謀も呼びましょう。 アイツも着ている筈だしね」




 思ったより、大掛かりなお勉強会になりそう。 でも、集中して勉強するにはいい環境かも知れない。 本を読むだけでは実際の運用面に関し、不安があったもの。 副師団長に続いて、第四四師団司令部の建物に入るの。

 執務室に行くと、予想通り、イザベル様、シャルロット様がいらっしゃったわ。 私が、副師団長様と一緒に居た事に少し驚かれたようだけれど、彼が簡単にご説明してくださったら、ご理解頂けたの。 そこからは、質疑応答の時間。


 途中、顔をのぞかせた法務参謀の方も交え、意見交換を続けるの。


 部隊運用に関する法典に、色々と穴が有ったり、その穴をうまく使って現場の意見を通したり。 実例を挙げてご説明して頂けたわ。 とても、参考になったの。 


 そして、言葉の使い方。


 前世で後宮での言葉の使い方は叩き込まれていたから、それに準じた言い回しで、なんとなく行けそう。 要は、直接的な言葉を使わず、相手に此方の意図を理解させ、上級者から ” 命令 ” と云う形で、此方の実現したい状況を引き出すって事ね。

 流石は、法務幕僚様。 その辺りの言い回しや、言葉の使い方が徹底しているもの。




「アルバートは、” この手の話 ” が、苦手でな。 相手にうまく乗せられる。 だから、俺たちがしっかりしないといけないんだ。 直情型のアイツじゃ、第四四師団は纏め切れないよ。 ……実戦では、本当に頼りになるんだるんだがね。 後方の事に関しては…… まぁ、その、なんだ……」

「長たる者は、全てを司らねばなりませんから、責務は重く辛いものです。 さしあたっては、「武人の勇」はお持ちですが、奸計の対処は不得手。 真正面から粉砕するには、貫目が足りない…… そう云った事ですのね」

「その理解で、間違いはない。 一応、言っておくよ。 君への命令権は、奴が持っているが、当てにしない方がいい。 判らなければ、私か イザベル、 もしくは、シャルロットに聴けばいい。 君の意図する事を実現できるのは、まぁ、この辺りだろうしな。 そうだな、奴には私から伝える。 その方が上手く回るからね。 ……腐れ縁で、長い事一緒にやって来てるから」

 苦笑いを浮かべ、そう仰るのは、アントワーヌ子爵様。 第四四師団の参謀長様って感じね。 でも、彼もまた、修羅場を幾つも越えて来た 「 武人 」 そこはかとない、凄みも漂わせているものね。 

「御忠告痛み入ります。 まだ判らない事も多々あります。 宜しくご指導お願い申し上げます」

「いいね、その前向きな性格。 あんまり汚れて欲しくないけれども、ここは軍だしね。 申し訳ないよ。 出来るだけの事はする。 約束だ。 時間の許す限り対応もしよう。 なぁ、バーベル=エルグラート法務参謀。 考えようによっては、私達は、本当の宝玉を手にしたと考えてもいいんじゃないか?」

「誠に。 難解な法務関連の事を、こうも素早く理解されるとは、思っておりませんでした。 直ぐにでも、手を貸してもらいたいものですな!」

「まぁ、お上手だこと」

「いやいや、「薬師」リーナ殿。 これは、本心ですぞ? いつも、兵どもがやらかす事で、どれだけ此方が悩んでいるか!」

「特に、師団長殿の行動でなっ!」

「ハッハッハッ! まさに!!」




 いやいや、ダメでしょ? そこは……どうにかしないと。 アントワーヌ副師団長様と、エルグラート法務参謀様が、そんな言葉の応酬をしている側で、シャルロット様が片手を顔に当て、首を横に振っているのよ。 イザベル様は表情を硬くして、” 冗談では済まされない ” って、顔に書いてあるわ。


 私は、理解した。


 この人達は、信に値する。 よく相談して、これからの事を考えて行こうと、そう思ったの。 お勉強会は、明日以降も続けて下さるわ。 第四四師団が、駐屯地で再編成する間はね。 どっかに行かなくては成らないその日まで、しっかりと身に着けようと思うの。




 ^^^^^




 第四大隊、第十六中隊の事に関して、シルフィーが色々と調べてくれた。 会う前に、知っておくべき事をね。 第十三号棟に帰って、晩御飯の後の、夜の一時…… 眠りにつく前のお茶の時間。 シルフィーが、眉を顰めて私に彼女が調べた事を告げてくれたの……




「あの者達は、リーナ様が仰った通り、居留地の森でマグノリア兵に捕らえられた者達でした。 確認は取りました。 出自は、狩人、守り人と云ったところです。 力も強く、何かしらの特技があり、普通の奴隷には向かない者達でした。 意思の力も強く、” 奴隷紋 ” から受ける懲罰の電撃にも、よく耐えております」

「……また、シルフィーとか、ラムソンさんみたいな人達なのね」

「また…… 私達みたいな人達? ……ですか?」

「そう、理不尽で、悲惨な境遇に落ち込んでも、折れない心を持つ、誇り高い森人。 でも、そんな人達がどうやって、軍務に付いているの?」

「五十三名の中隊の中で、三名が人族です」

「えっ? 人族が居るの?」

「はい。 と云うより、雇われていると云ってもいいでしょう」

「なんか、嫌な予感がする……」




 獣人さん達五十人に、人族が三人…… 獣人さん達を、統括する人が一人に、配下が二人ね…… 間違いない…… 奴隷商の人だ。 なんて人を雇っているのよ…… 抵抗すれば、電撃の鞭でぶって、云う事をきかせるのよ、あの人達って…… ファンダリア王国には基本的に奴隷商の人はいない。 と云う事は、マグノリア人ね、その人達。




「リーナ様、御顔が怖いですよ。 その御顔から判断するに、リーナ様の予想は当たっております。 教会主導で、実験的に第四四師団で運用される事になった、奴隷部隊。 理由は、リーナ様が昨晩仰っていたように、費用の軽減の為と。 実際には、奴隷達を購入し、彼等に云う事をきかせるために、三人の奴隷商を雇い入れたと云う事です」

「つまりは…… 獣人さん達は、” モノ ” 扱いなのね」

「はい。 ベネディクト=ベンスラ連合王国が、本国で運用している、戦象部隊と同じです」

「『象使い』だけが、兵で…… あとは、使役動物? 有り得ないわ。 そんな事。 彼らは、亜人族よ。 そんな扱いされるいわれは無いわ」

「……マグノリア王国では、奴隷の獣人は ” モノ ” 扱いですから」

「…………聖堂教会は、獅子王陛下の御宣下をどう理解しているのかしら? それとも、すでに、マグノリア王国 統一聖堂の者達と同じ考えになっちゃってるのかしら?」

「聖堂教会には、マグノリア王国、統一聖堂の者達も多く在籍しております。 つまりは…… そう云う事なのでは無いでしょうか」

「獅子王陛下と、先代様の……、御意思を無視している…… 王権を侵害しているわ。 まさに、前王妃エリザベート妃殿下の『ご懸念』通りになってきていると、云う事ね」




 沈黙が、辺りを支配する。 いけない…… コレは、とても、いけない事。 事前にこの情報が手に入ってよかった。 ファンダリア王国の人達は、亜人さん達を下に見ている。 でも、” モノ ” 扱いはしない。

 だって、獅子王陛下がそれを良しとしなかったから。 そして、ファンダリアの民に宣下なされたもの。



 ” 彼等もまた、この大地に根差す者で有る! ”


 とね。


 彼等は、大森林ジュノーの、森の民ジュバリアン。


 今は無き王国ジュバリアンの末裔。 そして、その森を焼いてしまったのが、ファンダリア王国と、ゲルン=マンティカ連合王国の人族。 そして、その惨劇の残滓は、未だに北の荒地に猛威を振るっているのよ……

 故に、獅子王陛下は、彼等に、今は無き王国ジュバリアンに対し、大きな後悔と、哀悼の意を感じておられた。


 ” 決して、居留地の森には手を出すな ”


 と、そう宣下されてもいる。 彼らは、私達と同じなの。 この世界に生を受けた、魂を持つ ” 人 ” なのよ。


 なのに…… なのに…………


 ほんと、もう、馬鹿ばっかり!!!



 憤りしか感じないわ。 奴隷部隊って聞いて、なんか嫌な予感はしていたもの。 人の尊厳を蹂躙して、意のままに沿わせようと、「電撃」で鞭打つ。 この世界を御作りになった神様は絶対にお許しになられない。 尊大な人族は、滅びの道を歩むのよ!



 ならば、私のする事は一つね。

 
 獅子王陛下、先代国王陛下の御意思の元、精霊様に誓約を申し上げた、


 ” 私 ” がね。


 亜人族の誇りを取り戻す為に……




 ファンダリア王国は、先々代の御世に……

 獣人さん達もまた、私達と同じく……

 この世界に生きとし生ける、民として……




 ――― 認めているんだもの ―――


 

 だから、私が ” 彼等 ” を、解放するの。 



 そう、ファンダリア王国の 『  』を以てね。



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