その日の空は蒼かった

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公女リリアンネ様 と 穢れた森 (1)

迎賓の裏側

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 エスコー=トリント練兵場に赴任してから、半年が過ぎたわ。




 マクシミリアン殿下が、マグノリア王国公女リリアンネ第三王女をお出迎えするまで、後一月。 殿下とは、何度かお手紙にて、お出迎えの準備の進捗状況をお知らせ頂いたの。

 王城の各部署は、この公女リリアンネ様の御遊学には、かなり警戒されている。 特に宰相府、王太子府の方々は顕著なのよ。 それに反して、賛成の意を顕わにするのは、聖堂教会と、王立ナイトプレックス学院の学院長様以下首脳陣。

 そりゃ、王族の御遊学先に選ばれるのは大変名誉なことだし、相手が友好国でもあり、近頃何かとその国交に焦げ臭さが滲んでいるから、公女リリアンネ様を ” 和平の使徒 ” と、位置付けたようね。

 王立ナイトプレックス学院も、これでマグノリア王国との国交が上手く回れば、その和平の使徒を歓待した事で、かなり発言力も増すわ。 危険を大きく孕んでいると云うのに、その辺はどうなのかしら。 なんて、考えていたのよ。



 ――― 抜かりなしよ。



 聖堂教会がその辺りの不安を払拭してたって、マクシミリアン殿下よりのお手紙にしたためてあったの。 公女リリアンネ様は、両国間の不和を鑑み、マグノリア王 エーデルハイム =カーリン =マグノリア陛下の特別のお計らいでの御遊学と、そう聞かされたらしいわ。


 そう、 ” 特別のお計らい ” でね。


 マクシミリアン殿下のお手紙にそう書いてあったの…… 何も保証されたわけじゃ無いのに、王立ナイトプレックス学院の首脳部は舞い上がってたって。 王立ナイトプレックス学院が政治に疎いのは、前世も同じね。 特に学院長が聖堂教会に近しいから、そうなるのは仕方のない事かもしれない。

 王城でマクシミリアン殿下による、『 公女リリアンネ様のお出迎え 』 の計画を練り始められてもう四ヶ月に成るの。 

 計画の骨子は王都ファンダルから、東の国境の砦である、ギフリント城塞までお出迎えに成り、そこで、公女リリアンネ様とお逢いになる。

 警護の受け渡し後、ギフリント城塞から王都ファンダルまで、ファンダリア王国の兵が護衛する。 現在の所、予定されている候補の行程は三行程。 東部領域を走る南域、中域、北域を通る三街道のどれかを使用すると云うモノ。 実際は…… 

 東部領域の二街道の内、南域の街道は大型の馬車による走破は困難。 整備が遅れていて、間に合わないらしいの。 中域の街道近辺はと云うと…… 途中に魔物が出没する森が数か所あり、更に、過去、魔物暴走スタンピートを起こした事が有る、中規模の魔物の森が存在しているの。

 警護という観点から言うと、中域の街道を使う事は、安全を第一に考えるならば、考慮の外になるわ。 いくら、大量の護衛兵を投入しても、魔物相手では何が起こるか判らないものね。 

 安全に行程を完遂する為には、北域の街道を進むことに成るわね。 あちら側でもその方向でお話が進んでいると、そうお手紙に書いてあったわ。



 ――― 理解はしているのよ、その事には。



 でも、その街道…… 居留地の森の近くを通るのよ。 それにね、もう一点気に成る事があるの。 現在は周囲を重結界と重監視体制が敷かれて危険は無いと云われているんだけれど…… 有るのよ……


 ” 穢れし森 ” が……


 森って言っても、半分は荒地みたいなもの。 そう深くは無い森の中心にぽっかりと空いた、円形の荒地…… 差し渡し二十リーグの荒地。 そんな荒地が出来たのは…… あのゲルン=マンティカ連合王国との最後の戦の直後。 大森林ジュノーが焼かれたあの戦いの直後だったというわ。

 場所的には、穴熊族の人達が沢山居たと云われている場所。

 ちなみにプーイさんにその場所の事を聴いてみたの。 物凄く寂しそうな顔になってね。 お話てしてくれたの。




「あの場所は…… 我ら穴熊族の聖地だった場所。 穴熊族の王が居た場所。 王国ジュバリアン、森と泉に囲まれた…… 『森都ブルシャト』 が、かつて存在した場所なんだよ。 うちらの心の故郷みたいなものだよ…… もう…… なにも残ってなんてないけれど…… あったんだよ、かつてそこに、森都が……」




 泣き出さんばかりの、プーイさん。 あの大爆発の時に、何かが飛んできて、そして、『森都ブルシャト』の近く落ちたらしいわ。 そして、次第に汚染が広がり…… 森は腐り、泉が枯れた。 汚染は……、差し渡し二十リーグでそれも止まった…… 

 汚染の限界がその輪の円周。 その何かが落ちた場所を中心に、半径10リーグは…… 森も、泉も、そして『森都ブルシャト』も…… なにも無くなってしまった。 かつての遺構だけが…… 残っている処だったのよ。

 プーイさんのお話を聞いて、その落ちた何かに付いて、思いが至ったの。 きっと、魂の捕縛術式の一部ね。 そして囚われているのが、穴熊族の族長かもしれない。 あの「異界の魔物」は言ったわ。 ” お前の望むモノを与えよう ” ってね。

 穴熊族の族長さん…… きっとあの大爆発の前に、王国ジュバリアンに居たのよ…… そして、王族と共に、「大召喚魔方陣」ににえとして、魂の捕縛術式に囚われたのと思うの…… 不完全な形でね。 

 そして、おばば様の光属性の攻撃大魔法で、「大召喚魔方陣」が崩壊…… 結果、魔力暴走に寄る大爆発とパエシア一族の誘爆…… 大爆発で大召喚魔方陣が割れ…… 捕縛されし魂が望む場所に飛ばされたと、推測が出来るのよ。 そう、きっと捕縛されてしまった彼等は…… 『故郷』に帰りたかったのよ。

 そうでなければ、大森林ジュノーの三分の二が消失するような事には…… 成らなかったと思うの。 魂の捕縛術式に囚われた、王族…… そして、その臣下の魂。 王族以外はそれぞれの都を持つ、獣人さんの一族の方々の魂。 ならば…… その魂が彼等の故郷を想うのも無理は無いわ。

 だから…… それが理由で…… あれほどの被害が作り出されたと、私は思うの…… 主要な獣人さん達の森都のほとんどが、荒野になっているという事実。 そして広範囲に及ぶ汚染。 この推測は……おばば様が望まれた、大森林ジュノーの再生を考える時、思いついたの。

 プーイさんのお話を聞いて、私の推測に、ある程度の確証をもたらしたわ。 


 そして…… その場所の近くに行く。 


 国境のギフリント城塞で、公女リリアンネ様をお迎えし、東部領域の北方の街道を使い王都ファンダルに向かう。 その北方街道は、居留地の森の側を走り、大きく東部領域の北側を回り込み、王都ファンダルの北東の城門に繋がる街道となるの。



 居留地の森と、広大な北部荒地の境目に有るのが…… その「穢れた森」



 王都の人達は、この「お出迎え」を、最小の危険で遂行したいとそう思っている。 阻止しえない、公女リリアンネ様のご来訪ならば、彼女に危険が及ぶことは何としても避けたいはずだもの。 目的は正反対だけれど、聖堂教会の人も、宰相府の人も、そして…… 王太子府の人も……ね。

 だから、脅威は東部中域、及び、東部南域の危険度は看過しえないと、そう判断しているわけなの。 そうなると思っていたわ。 提示されていた取る道の候補をお知らせ頂いて、私もそう判断していたもの。 安全に道程をこなすならば、北域の街道を選ぶのは自明の理だものね。

 南域は、海道の整備不良。 中域は魔物の森が点在して、十分な討伐も実施できていない状態。 ちょっと、危険度が高いものね。 北域を通る街道は、その危険を避ける為にも採用するのは、眼に見えていたもの。

 獣人族さん達を刺激しなければ、安全は十分に確保できる筈だものね……

 お手紙に綴られる文字に、今度、エスコー=トリント練兵場にマクシミリアン殿下が御来訪される事が記載されていたわ。 護衛計画の詰めの段階に入ったって事よね。 事務官クレアさんにも、その旨を伝えたの。 表情を硬くしていたわ。




「わたくしも…… ご一緒に、ですか?」

「ええ、貴女は第四四〇特務隊の事務官ですからね。 お願いします」

「承りました。 あ、あの…… スフィラは?」

「彼女はまだ、不安定なので…… 今回の打ち合わせには、出席しませんわ。 わたくしの診立てでは、まだ無理かと」

「そうですわね…… ご配慮誠に……」

「彼女には第四四〇〇護衛隊に尽くしてもらっておりますわ。 わたくしも、助かっております。 ただ、人に対しては…… その…… 心の安寧は…… 保てない。 もう少し……時間が必要と思われます」

「……申し訳なく」

「クレアさん、わたくし達は仲間ですわよ。 心が傷ついている彼女に救いの手を差し伸べるのは、当たり前の事。 もし、感謝をして頂けるのならば、精霊様に。 真摯な祈りを、精霊様は好まれますからね」

「薬師リーナ様…… 貴女への感謝は……」

「不必要ですわよ。 だって、わたくしは「精霊様」の御手先ですもの」

「…………御意に」




 なんか、納得いかない顔をしているわよね、クレアさん。 やれやれって感じで、シルフィーが私を見ているの。 ラムソンさんはいつも通りなんだけどなぁ~~~。




 ――― お手紙に記載されていた通り




 お出迎えのほぼ一か月前、豪華な馬車に乗り込んだマクシミリアン殿下が、エスコー=トリント練兵場にやって来たわ。 

 護衛の騎士隊も一緒にね。


 さて…… どんな護衛計画案を持ってこられるのかしら?


 王都の騎士隊の考え方を、じっくりとお聞きする時間が出来たわ。


 アンソニー=ルーデル=テイナイト子爵様。


 貴方の私見を聴くことに成るのね。 


 前世の彼の表情を思い出しながら……


 マクシミリアン殿下が御待ちになっている、『応接室』に向かったの。





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