その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 12

 閑話 「百花繚乱」

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 立ち竦むしかなかった。 手紙を持つ手が震える。 王立魔導院の本局からの特急便。 行方を秘匿した彼女が敷いた、王都との唯一の連絡手段。 その線がトンデモナイ情報を彼女にもたらした。

 ワナワナと震える、その手。 見つめる視線の先には、羊皮紙の手紙。 

 眼から入る情報に、全てが暗転するような錯覚の陥る。 どうして、何故…… 貴女を失う訳にはいかないのに。 貴女に何が起こったの云うの?


 ―――― エスカリーナ、 我が妹、 何が有ったと云うの? ――――



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 ロマンスティカの異常な緊張に、浜のおばば ” ミルラス=エンデバーグ ” の心に、不安の灯がともる。

 熱心に『異界の妖魔』を召喚せしめた、未知の『異界の魔法』の ” 法理 ” を、読み解くために、こんな片田舎の辺境に迄、足を延ばし、滞在を続けている、ニトルベイン大公家の令嬢。


 真摯に、貧しくつましい生活にもめげず、法理を解析する為に研鑽を惜しまぬ彼女。 『海道の賢女』と呼ばれるミルラスに、法理の読み解きを協力を要請してきた、ニトルベインの魔女。



 ――― ロマンスティカ。



 その彼女が、たった一枚の羊皮紙の緊急伝を食い入る様に見詰め、身体を強張らし、固まってしまっている。 ミルラスは声を掛ける事も戸惑われた。




「おばば様…… わたくし、少し…… この場を離れなければならない…… かもしれません」




 ポツリとそう言葉にするティカ。 その声は震え、視線が定まらない。 ミルラスの方を向きもしない。 千々に乱れた心は、既に此処には無く、何処かに向かっている物と、そう推察される。




「何があった……」

「リーナが…… わたくしの妹…… リーナが……」




 危うい視線をミルラスに投げ、手に持った羊皮紙の手紙を彼女に手渡す。 綴られている内容は――――




 ” ファンダリア王国、東北部。 「穢れし森」の近傍にて、大規模な魔力暴走による、魔力の奔流を確認した。 現在、王宮魔導院の者達が急行し、その詳細を確認中。 少なくとも、先年ダクレール男爵領にて、発生した魔力爆発と同等、または、それ以上の魔力の放射を確認した。 各地の魔術師からの報告により規模と場所を特定した。 近傍に居る高位魔術師もまた特定した。 マグノリア王国、公女リリアンネ第三王女の護衛に参加している、第四四〇特務隊、指揮官がそれに相当する。 現在の所、生死、状況は不明。 引き続き、状況の確認を行い続報を送る。 王宮魔導院 特務局、局長 ”



 それだけが簡潔に書かれていた。 ハト便と、中距離転移魔方陣を組み合わせた、速報だった。




「ティカ、この第四四〇特務隊の指揮官と云うのは……」

「リーナ……に。 我が妹…… エスカリーナ=デ=ドワイアルに御座います、おばば様」

「クッ! また、あの子は、厄介ごとに巻き込まれたと云うのかい!! なんでまた、そんな事に!!」

「判りません…… 速報ですので…… しかし、王都や、ファンダリア北東部に在する、王宮魔導院の者達が観測したと云う、魔力の放射は、間違いない事に御座いましょう…… 大規模な異変あらば、わたくしにも報告が入ります。 王宮魔導院 特務局 第四位の魔術士ならば…… 報告が来てもおかしくは無い程の魔力爆発が発生したと云う事に、他なりません……」

「そこに、あの子が絡んでいると云うのかい! なんでまた!」

「判りません! 判らないのです!! この報告だけでは、何のことか、さっぱり。 でも、エスカリーナの身に大変な事が起こったのは理解できます。 これほどの緊急報が発せられるほどの、魔力の放射が観測された事。 そして、その事に関して、王宮魔導院が緊急で事態の状況を確認すべく動いている事。 おばば様ならば、想像がつくと思われます!」

「極大の魔力暴走…… か…… 森が吹っ飛ぶような…… そんな……」




 立ち竦み、忘我の表情を浮かべるミルラス。 最悪を思い…… リーナの顔が瞼に浮かぶ。 ニコニコと微笑みかける、可憐な少女。 おばば様、おばば様と慕い、献身的に世話をしようとする、小さな姿。 真剣に魔導書に打ち込む健気な面差し…… ミルラスの顔に絶望の光が浮かび上がる……




「ぞ、続報は来ます…… おばば様の元に、飛ばします…… だから、だから…… 行かせてください!」

「ならん! 今、お前が動くべきではない!!」




 口から洩れるのは『禁止』の文言。 それは、絞り出すような声。 充血し始めた目をティカに向ける、ミルラス。 その瞳に苦悶の光が宿る。




「良いかティカ。 いま、お前が動くと、要らぬ騒動を引き起こす。 此処に居るのは何故だ。 それを考えよ。 続報が来ると云っておったな。 ならば、続報を待て。 リーナは…… 私のリーナは、そう簡単に死ぬような子ではない! 鍛えた。 鍛え上げた。 私の代わりに王都に向かえるほどになッ!  今は…… 今は耐えろ」

「お、おばば様…… わ、わたくしは! わたくしは!!」

「ならぬ!!」




 グッとティカを抱き留めるミルラス。 ” 心配なぞ、してやるものか ” そう、呟く老女。 しっかりと抱き留めたティカをその腕の中に入れ、呟き続ける老女。



 精一杯の虚勢で有る事は……

 老女自身、理解している。



 そうでなくては……




 老女自身が、泣き崩れてしまいそうだった。 ただ、 細かく震える、ティカを胸に抱きながら呟く様に…… 口にする言葉……




「リーナは死なぬ。 私より先には逝かぬ。 アレは…… アレは…… 闇の精霊様、ノクターナル様に護られし、精霊の『 愛し子 』。 生半な事は逝かぬ…… 逝かぬよ……」




 祈りにも似たその言葉は……


 虚空に混ざり……


 精霊の元に届けとばかりに紡ぎ出されていた。





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