その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手。

リーナの日常 波乱の予感

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 朝、起きる。




 準備を整え、護衛隊の皆さんの予定を確認してから、王城外苑に向かう。

 大錬金釜の封印を解き、起動準備をする。 今日使う錬金魔方陣を、錬金釜の記憶部分から引き出し、兎人族の人と一緒に連続練成術式を錬金釜に封入する。

 そして、起動。 連続練成術式の試験練成を実施し、その品質に間違いが無いかを検査確認する。 間違いが無ければ、兎人族の人に大錬金釜をお任せする。

 私は自分の練成魔方陣を広げ、表にした必要医薬品の練成を始める。 お日様が高く昇るまで、錬金室に篭って、医薬品の練成をする。 練成する医薬品は多岐に渡るから、一瞬も気が抜けない。

 お昼の鐘を聞いたら、事務室に行って、クレアさんと兎人族の人、狐人族の人、そして、森猫族の護衛の人と ” お昼 ” を、食べる。 ついでに、帳簿関係の確認もする。

 護衛の穴熊族の人が、お昼を食べて帰ってきて、森猫族の護衛の人と交代する。

 そしたら、私たちは事務室を後にして、錬金室に戻って練成の続きをする。 沢山、沢山、練成する。

 イグバール商会から、週に二回、南方領から薬草箱が届けられるから、順次、中身を確認して必要な薬品を連続練成する。 品質の良い薬草なので、無駄は少なくて済む。 

 出来上がった医薬品は、第四軍の倉庫に搬入する。 お手伝いとして、森猫族、森狼族の護衛の人が運んでくれる。 

 大きな倉庫なんだけれど、それに定数の医薬品が揃うまでは、この循環は崩れない。 まだまだ、必要数量には届いていないから、日々の練成は立ち止まる事は無いわ。

 暮れ五刻の鐘が鳴ると、大錬金釜の火を落とす。 封印もしっかりと掛ける。 事務室に寄り、クレアさんの事務仕事の進捗状態を確認する。 何か普通じゃない事が無い限り、終わっている。 もし、事務仕事が終わってなかったら、一緒になって手早く済ませてしまう。 金庫を閉じ、書類を片付け、次の日の準備を終えてから、一緒に第十三号棟に帰る。

 第十三号棟に帰ったら、護衛隊の人を第十五号棟に帰す。

 護衛がラムソンさんに引き継がれるのよ。 ココからは、第四〇〇特務隊の指揮官ではなく、薬師リーナの時間。 早めの晩御飯を食堂で取る。 食堂で晩御飯を食べならが、シルフィーの報告を聞く。

 色々と調査とか、調査とか、調査とかをお願いしているからね。 報告は簡潔に口頭で纏められているから、周囲の人には何を言っているのか判らない。 それに、大事な事を調べてもらっている報告を、この食堂で報告しているなんて、誰も想っていないから、人から見れば、世間話をしているようにしか見えない。


 まぁね。 そんなモノよね。


 第十三号棟のお部屋に戻ったら、シルフィーの報告を元に、色んな薬品の練成をするの。 調査依頼を掛けているのは、王都内の治癒所や、小さい教会の孤児院で不足している医薬品の有無。 よく秘密が守れる民間の治癒師の方とか、精霊様への祈りを欠かさない、孤児院の修道女さん達への、贈り物を練成するの。

 粗精錬のお砂糖も、フルーリー様の伝で手に入れられるから、水飴の練成も引き続き行うの。

 治癒所の治癒師さん達が心待ちにしているんだものね。 子供達に苦いお薬を飲んでもらう時に、非常に役立つし、薬効も高められるもの。 子供達の疾病対策には、是非ともと、お願いされていたんですものね。

 一通りの練成が終わって、シルフィーに渡す。 次の日に配ってもらうためにね。


 そして、夜更け。


 ココからは、自分の時間。 皆に ” おやすみ ” を伝え、お部屋に戻る。 魔法灯火を小さく燈し、開くのは、異界の魔術の数々。 あの異界の魔物から貰った、” 知識 ” を、身につける為に課した、自分の勉強。 頂いた術式を展開して、その発動経路、魔法理論を確認していく作業。 判らない事が、理解できる事が楽しくって、刻を忘れて没頭する。


 コン コン コン コン。


 テーブルを叩く音がする。 怖い顔をしたシルフィーが側に立っているのが、この頃のお約束。




「眠るのでは無いのですか? もう、深夜二刻を回っております。 本日はココまでにされては?」




 そう、呟くように云うシルフィー。 私が頷くまで、側に立ち続けるから…… 仕方なく、ベッドに潜り込む。 何度か、朝まで起きてたから、シルフィーが監視するようになったの。 ボケた顔で、皆の前に出たから、ちょっと怒っていたものね。

 大人しく、彼女の云う事を聞いて、ベッドの中で目を瞑る。 心地よい疲れが私を包み込み、眠りの中に引きずり込まれるの。 




「……お休みなさいませ。 リーナ様。 頑張りすぎて、体調を崩さば、私が皆に怒られます。 ゆっくりと、お休みなさいませ」




 微かに聞こえるシルフィーの声。 微睡まどろみの中、彼女の優しげな声が、耳朶を打つ。 守られている事に、安心を覚えながらも、ちょっと過保護だよ、とも思う。


 ―――― そんな、私の日常。


 王都に戻り、王城外苑勤務となった私の日常なのよ。




 ーーーーー




 最初の頃の怒涛の様な出来事が過ぎ去り、日常として私のすべき事が出来た。 もう直ぐ年の瀬。 まだ、一月も過ごしていないけれど、それでも、日常と云える物を手に入れた。

 安息日には、平日に出来ないような事をしていた。 王都の孤児院を回ったり、薬師さん達の所を回ったりね。 自前で使う薬草を採取しに、王都周辺の森に出向く事もあるわ。 そして、そんな中、度々公女リリアンネ様が御随身の方々と一緒に、第十三号棟をご訪問されるの。

 特に私が孤児院を回るときにね。 一緒に回られるのよ。 ニコニコとご機嫌麗しく、それは、それは楽しげにね。 




「マグノリアでは、王城から出る事も叶いませんでした。 さらに街の者達との交流など、望むべくも御座いませんでした。 付いてくる者達もまた、同様。 貴族の矜持はわかりますが、それだけでは民の声は聞けません。 まして、孤児達の苦しみや悲しみを肌で感じる事は、叶いますまい。 とても善き経験となります」

「しかし、公女さまがこうして、お忍びとしても度々王城から出られるのは……」

「マクシミリアン殿下より、ご許可は頂いて下りますわ。 薬師リーナと共にあれば、問題は無いと」

「左様に? 買い被りでは? 護衛の方も少なくありますが?」

「第四〇〇〇護衛隊が付いておられるのでしょ? マクシミリアン殿下が申されますに、一個中隊の戦力に匹敵すると。 他国の公女に付ける護衛としては破格なのでは?」

「あぁ…… そ、そうですね…… そうなりますかぁ……」




 裕福な商家の娘さんのようなお姿の公女リリアンネ様。 随身の方々も、それなりのお姿。 孤児院では、子供達に、 ” お姉ちゃん! お姉ちゃん! ” なんて、慕われて居られるしね。 慈愛に満ちた笑顔で、子供達の相手をされている、リリアンネ様を見ていると、なんだか心もポカポカしてくるわ。

 事情を知っている修道女さん達も、リリアンネ様を特別扱いせず、私同様に付き合ってくださっている感じなのよ。 内心は…… ビクビクモノだろうけれどもね。 精霊様の御心に叶うように…… って、そうしてくださっているわ。




「ねぇ、リーナ。 来年が楽しみなの、わたくし」

「来年に御座いますか?」

「ええ、来年。 もっと、貴女とご一緒出来る時間が増えますもの!」




 そうね、そうだった。 そんな通達が、あったわよね。 ちょっと、気が重いんだけど…… こんなに楽しみにされているリリアンネ様の手前、嫌な顔は出来ないわよね。




「わたくしも、楽しみにしております……」




 手を前に組み、こうべを下げる。 その手に、ご自身の手を重ねられ、私を真っ直ぐに見られるのよ。




「リーナ。 友達でしょ?」

「はい、そうでしたね」

「ねっ?」




 屈託の無い笑みを私に向けられる、公女リリアンネ様。 ” 友達 ” と、そう呼ばれるこの方…… あまりにも明け透けな好意を向けられるのは、私に困惑の感情を浮かび上がらせるに足るモノなの。

 そう、記憶の中の彼女と正反対なその表情に…… 困惑を覚えるのよ。

 でもね……


 その表情を浮かばせたのは、私自身なの。 前世とは違う。 そう、違うのだものね。



 ーーーーーー





 アレから、王太子府からの呼び出しも無い。

 王城では色々と有ったらしいの。

 時々、連絡係として、アンソニー様が錬金室に来られても居たしね。 明かされる、王城での出来事は、私には無縁の事。 だから、聞き流していたの。

 でも、年が明けると、そうも云ってられなくなりそう。 王立王立ナイトプレックス学院での授業が再開されると、そう通達があったんだもの。


 これまた、王太子府からの 『 御命令 』。 


 なんでも、アンネテーナ様のデビュタントの護衛に私も組み入れられているかららしいわ。 女性の護衛騎士に紛れ、アンネテーナ様の御側に付く事って、そんなご命令なの。

 そのデビュダントに際し、王城にて執り行われる舞踏会に、アンネテーナ様の御側に侍る為に、ドレス姿での出席を望まれているのよ。 陰護衛と云うわけね。 女性の護衛騎士の皆様では、手数が足りないと…… 僅か数名しか居ない女性の護衛騎士さん。 

 王妃殿下、王女殿下の陰護衛も勤めなくてはならないから、当然の事ながら、その手は足りない。 アンネテーナ様に男性の陰護衛を付ける訳にも行かないからって事で、王太子府からの特別要請として私にその役目を振られたのよ。

 以前、ウーノル殿下を御守りしたと云う実績があるからって……


 はぁぁぁ…… 


 その為に、令嬢がデビュダントに際し、必要な礼法を習得する為に、学院に於いて学べと云う事なのよ。 実際、必要な事なんだけれども…… なんだか、いよいよ囚われてしまった感じもするわ。


 学院で学ぶ……


 女史とド変態のにこやかな笑顔が脳裏に浮かぶ。

 笑顔が素敵なほど…… 背筋に冷たい汗が流れ落ちるのは…… どう云う事なのかしらね。 その時まで、どんな事に成るのは、判らないけれど、きっと碌な事にならない事だけは想像できるわ。



 だから……


 だから、今だけは……


 この、日常を大切にしたいと、そう思うの。 静かな時間は……







 ―――― きっと、貴重な時間になるんだモノね。





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