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引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手。
引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手。
しおりを挟む優しげなお声がする。 寝台脇の椅子に背を向けたまま座っている、神官長様のお声。 紡がれるお言葉は、私を正しく認識している証……
「その髪色、その瞳の色。 紛れも無く、王家の色。 第一王女 ティアーナ=バーティミール=ファンダリアーナ様、第二王女 エレノア=ウリス=ファンダリアーナ様でも、そこまでの色は顕現していない。 ……六年の歳月を経て、色濃く王家の色が顕現していると……、 そう理解した。 おぬし…… エリザベート妃殿下の娘であったのだな」
「…………」
「沈黙するか。 おぬしは、アイツの元に居ったのか。 アイツならば、秘匿もしよう。 誰にも判らぬように、誰にも知られれぬ様にとな。 しかし、何故、この王都に来たのだ。 危険だとは思わなかったのか?」
「……おばば様が…… 聖堂教会に召還されました。 不穏な言葉を紡がれました。 エリクサーの量産と……」
「なに…… あぁ、アレか…… アイツが未完成と云っておったアレの為にか…… 何処までも愚かな者達だな。 しかし、アイツには隠居許可が下りて居ったはずだが? 勅を無視する訳にはいかんであろう?」
「わたくしの為に…… です。 込み入った事情もありました。 あの方々は、なんとしてもおばば様を王都に召還しようと、私を盾に…… おばば様をあの地で御守りする為には、わたくしが来るしか方法は御座いませんでした」
「身代わりか…… アイツが、よく手放したものだ…… それだけ、薬師錬金術師リーナを信頼していたと云う事か…… 唯一の弟子と…… そう聞くが…… 誠であったか」
「今は…… 二人居りますわ」
「なんと、また弟子を育て上げたのか? アイツは!」
「いえ…… 最初からとても高い魔術師としての能力を持っておられたのです。 異界の魔術の法理を見極める為に、あちらに向かわれ、そして、認められた…… 御義姉様に御座います」
「……異界の魔術の法理とな。 ならば、その法理が必要な者か…… 高い魔術師としての能力を持ち、異界の魔術の法理を求める者…… ん…… そうか…… ニトルベインの娘か…… エスカリーナ。 知って居ったか。 アレも又、秘匿せざるを得ない、王家の娘だと云う事を」
「はい…… 直接お聞きしました。 表向きは…… 知らぬ事に成っております。 そして、わたくしが誰であるかも…… そういうお約束です。 で、ですから!」
「……判っておる。 今、おぬしが誰かと、知れ渡れば…… それに、異界の術式の知識を持っていると知られれば…… 大騒ぎに成るであろう事は、火を見るよりも明らかじゃな。 敢えて混乱をもたらす様なことはせんよ、小さき姫や」
とても、優しいお声でそう告げられた。 少し…… 安心したわ。 続けて言葉を紡がれるの。
「おぬしには、わしより童女の記章を授けておったな。 アレにはな、わしがおぬしを保護する役目も含まれて居るのよ。 薬師錬金術師リーナは、神官長の名を持って、保護するとな。 枢機卿共は、おぬしを聖堂教会に召還しようと躍起になって居るの。 じゃがな、わしはそうしたくはない。 アイツの弟子ならば、聖堂教会からは距離をとろう。 アイツはな、” 祈りは個人によって、成就されるもの ” だと、常々言っておった。 わしも、そう思うのだよ。 真摯な祈りは、個人の力。 聖堂は其れを纏め上げる為にのみ、存在を許され居るのだよ。 強制など出来ぬよ。 そして、薬師リーナは在野にあってこその者なのであろう?」
ちょっと、静かな口調。 でも…… 寂しそうではないわ。 神官長様のお心って…… きっと、まだ、戦闘神官のままなのよ。 戦野にて、散った兵士さん達の魂の行方を見た方なんだものね。 そこに祈りは無かった。 いえ、祈ろうにも状況が許さなかった。 だから、そんな絶望と祈りの無い場所で…… 神官長様は確信なさったのよ。
祈りは真摯で、とても個人的なものであるって…… だから、私が聖堂教会に帰属する事を良しとされていないのね。 だって、私は ” 辺境の薬師 ” なんだもの……
「よって、そなたを聖堂教会に召還する事は無い。 わしが健在な限り、その事は違える事は無いぞ。 可笑しいとは思うかもしれんが、その記章は神官長直属の童女のモノ。 わしが呼ばぬ限り、おぬしは聖堂教会の大聖堂に来る事は叶わぬようにしてある」
「有り難い事に御座います。 それは、お師匠様とのお約束に御座いますか?」
「……まぁ、アイツが珍しく願いを手紙で寄越したからの。 絶対に手を出すなとな。 此度の事は、内緒にしてくれると、有り難い。 アイツに知れれば、其れこそ、光の刃で切り裂かれようからな、クックック」
「えっ、ええ? そんな事…… ありますか?」
「やりかねぬな、アイツならば。 手紙からは、おぬし、相当大切にされていると、そう理解できるからの。 …………さて、もう起きれそうか? その姿は本当に不味い。 もし、他のモノが入室して来ようものなら、大騒ぎとなるからの」
「はい…… なんとか……」
ようやく、体が動かせるほどには、魔力が溜まったの。 魔力回復回路が全力で回っているのが判るもの…… 起き出して、寝台脇のサイドテーブルの上に置いた、下着を含めた装束一式を身に纏うの。 ほっと、ひと心地ついたわ。 ポシェットの中にあった、魔力回復ポーションをグビグビと飲んだのよ。 ほら、髪の色とか目の色とか、戻さなきゃでしょ。
六割方、魔力が戻ってね、髪にも魔力を送り込んだの。 そして…… 何時もの髪の色に戻ったわ。 【制限付き詳細鑑定】も編み出して、目に貼り付ける。 これで、薬師リーナである 「 私 」 に、戻った筈よ。
「もう、此方を向かれても、大丈夫ですわ。 早速ですが…… お薬、練成いたしますね」
練成魔方陣を呼び出し、神官長様のお体に合わせた、体力回復ポーションを練成するの。 高品質中容量の特別製のモノ。 魔力の回復は…… 自前の回復回路を使って貰った方がいい感じがする…… きっと、相応の練り込みが必要だからね。
椅子の前に回りこみ、お座りになっている神官長様に出来上がったポーションをお渡しするの。
「これを……」
「薬師錬金術師の成せる、奇跡の御業かの。 錬金釜無しでいきなりの、練成とは…… 「 闇 」の属性かの…… 闇の精霊様のご加護を頂いておるのか?」
「はい、ノクターナル様のご加護に御座います」
「ふむ…… そうか。 よくアイツに師事できたものよな。 アイツは光属性だったからの…… 良くぞ、鍛えたものだ…… そして、よく学んだものだ…… 感服するぞ。 これを飲めば良いのだな」
「はい、わたくしが見て降りますので、一口づつ…… もし、過剰摂取が認められれば、お止め致しますから」
「うむ…… 至れり尽くせりと云うわけか。 判った、頂こうか」
ゆっくりと体力回復ポーションを飲んでいただくの。 少しずつ……ね。 見ている間に、顔色が良くなってきたの。 【限定付き詳細鑑定】を使って、じっくりと観察…… 体力の増強効果もあいまって、漲ってきているみたい…… ね。
―――― もう大丈夫。
そう…… 神官長様は、十分に……
元の神官長様に戻られた……
「猊下、十分に御座います。 残りのポーションは、此方に。 それ以上は、過剰摂取になりますゆえ」
「ふむ…… 体が軽いな…… このような感覚はついぞ無かった。 数十歳…… 若返ったような気がするの」
「其れが本来の猊下なのです」
「そうか…… 本来のわしか…… 判った。 もう一働き、ファンダリアの為に出来そうだ。 感謝する、薬師錬金術師リーナよ」
「その感謝は、精霊様に。 わたくしは、精霊様に遣わされたモノに御座いますゆえ」
「そうか…… 童女の矜持でもあるな、ソレは…… 良かろう。 精霊様に最大の感謝をささげることにする。 神官長信任の童女リーナ。 おぬしの、その献身に感謝する事は……良いかな?」
「はい…… お心、誠に嬉しく思います。 でも……全ての祈りは精霊様に。 猊下のご活躍を、心よりお祈りしております」
「有難う。 いや、全く…… 何処までも頑固なのは…… 流石は、アイツの弟子だな。 わしも嬉しくも、頼もしく思うぞ。 精霊様のご加護があらん事を、薬師錬金術師リーナ」
神官長様の御顔に輝くような笑みが浮かぶの。 その笑みは、この国の民への慈愛の表情だったわ。 そう、神官長様には、まだまだ元気で居て欲しい。 デギンズ助祭に、定期的に強壮薬をお渡ししなくてはね。 聖堂教会の暴走を、なんとしても止めてもらわなくてはならないしね。
ゆっくりと、立ち上がる神官長様。
扉まで歩かれ、そして扉を開かれるの。
外で待機していた、エクスワイヤー枢機卿様、そして、シルフィーとラムソンさんが、俯いていた顔を上げるの。 一様に驚きに満ちた顔。
「ヨハン…… 長らくすまなんだ。 が、帰ってこれたぞ。 全ては精霊様のご采配だった。 忙しくなるぞ、心して掛かれ。 薬師錬金術師リーナが護衛の者たち。 これからも、リーナを宜しく頼む。 そち達が、リーナの盾となり剣となるのであろう? 聖堂教会はな、リーナを呼ぶ事は無い。 今回限りじゃ。 許せ…… 無理を言った」
「神官長様…… お戻りに成られたのですか……」
「秘術により、生還ってこれた。 が、これは秘するぞ。 秘匿せねばならぬ事だ。 例の通路を伝って、リーナを帰しなさい。 誰にも見られぬようにな。 新年の祈願祭がもう直ぐ行われるのであろう? 神官長が不在とならば、あ奴が取り仕切るのであろう? そうは、させぬよ。 もっとも大切な祈願に、いらぬ欲望を持つ者が勤めると、それだけで穢れる。 わしが、行く。 良いな」
「御意に…… あぁ、精霊様、感謝を…… パウレーロ様がお戻りに成った…… 漲る神官長猊下を再び目にする事が出来る日が来るなど…… 感謝…… 感謝申し上げる…… 薬師錬金術師リーナ殿」
「勿体無く…… 全ては精霊様のお導きに御座いますゆえ……」
しっかりと頭を下げておくの。 そうね、神官長様のお言葉どおりだとすると…… もう、ココには来なくても良いらしいしね。 だから、私は、私の成すべきを成すわ。 静かにその部屋を辞したの。 もと来た道を、フルーリー様とデギンズ助祭に連れられて、帰っていくの。
誰にも会わず、静かに、密やかに、聖堂教会を後にしたのよ。
帰り着いたのは、あの小さな下町の教会。 聖壇の裏側の隠し扉を押し上げて、聖堂に出る。 ほっと、息をつけたわ。 結構な無茶をしたけれど……
これで良かったんだと、そう思えたの。
すでに日も落ち、あたりは薄暗くなっているわ。
大晦日……
街の喧騒が、潮騒のように聞こえる、静かな小さな教会の聖堂の中。 祈りを…… 祈りを捧げるの。
聖壇の前に膝を着き……
一心にね。
今日は、ファンダリアの最大の懸念が……
払拭された日になるのかも知れない。
全ての……
そう、全ての準備は整ったと……
” 引き寄せるのは、未来。 振り払うは、魔の手 ”
そう精霊様に言われたように……
―――― 感じたの。
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