その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

王太子府への「お呼び出し」

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 予想していたのか、それとも、王太子殿下のご命令だからなのか、お二人は慌てる事無く立ち上がるの。 私は、ご遠慮しておいた方がいいわね。 王宮学習室に居るのは、アンネテーナ様のご診察の為。 それに、このお茶会だって、非公式な上にアンネテーナ様の私事って事なんだもの。

 正式に王太子府からの「お呼び出し」が有ると云う事は、当然、此方のお二人に対してだろうし、のこのこ付いて行って、大恥曝け出すのも…… ねぇ…… 御使者の女官さんが退出される前に、私はお二人にお伝えしたの。




「では、わたくしは退出いたしますね。 次回のご診察は…… 夜月に入ってからでしょうか? 王太子府の女官様からの ” ご指示 ” を、お待ちしております。 では、ごきげんよう」




 そう云って、立ち上がる私に、御使者の女官さんが、慌てた感じで言葉を出されるのよ。 ちょっと予想外のお言葉をね。




「薬師リーナ様。 申し訳御座いません。 この「お呼び出し」は、薬師リーナ様へのお呼び出しで御座います。 本日は、アンネテーナ様のご診察の日。 王太子府は、薬師リーナ様の予定を鑑み、本日の診察後に王太子府に来られる事を命ぜられておられます」

「わたくし…… ですか??」

「はい、左様に御座います。 勿論、アンネテーナ様、ロマンスティカ様にも同様にお呼び出しが掛かっております。 殿より、アンネテーナ様、ロマンスティカ様にご伝言が御座います」




 女官さんのお顔がちょっと強張っているの。 何でだろう? なにか、混乱でも有ったのかな? それとも、わたし…… なにかヤラカシテしまったのかな? ちょっと、不安に思うのよ。 お二人は、女官さんの言葉に素早く反応を返すの。




「どう云った、ご伝言でしょうか?」

「何をお伝えになろうと云うのかしら?」




 二人も困惑の表情。 王太子殿下よりの直言によるご伝言となれば、それは有る意味「勅命」 王太子府の様々な人達の決済を経てからの、” お呼び出し ” とは、重みが違う。 そして、その内容に関して云えば、お二人には拒否権は無い。 つまり、どんな無茶な事を言われても、なんとか実現させねば成らないって事なのよ。

 ウーノル殿下もそういった事は良く判っていらっしゃるので、そんな ” ご伝言 ” と云う名の、『 勅命 』 を、発せられるのはとても珍しいの。 だからこその、緊張感なのよ。

 ピリつく空気の中、王太子府の女官さんは、言葉を発する。




「ウーノル王太子殿下のご伝言です。 ” アンネテーナ様、ロマンスティカ様に命じる。 必ずや、薬師リーナを王太子府に連れてこられたし。 少々、薬師リーナ様に聞きたい事がある ” で、御座います。 殿下は ” ご伝言 ” の、を望まれました。 アンネテーナ様、ロマンスティカ様、何卒、お願い申し上げます」




 二人は顔を見合わせ、そして呟くように言葉を漏らすの。




「リーナを王太子府に? 普通なら、あまり考えられませんね。 リーナはわたくし付きの薬師でしょ? それも、王太子府…… いいえ、ウーノル殿下が特にと云って、任命されたはず。 でも、彼女の報告は、王宮薬師院を通して、王太子府に届けられるって規定でしょ? となれば…… わたくしの健康状態に対する疑問では有りませんわね」

「そうね、アンネ。 貴女の健康状態に対しての疑義ならば、王宮薬師院へ問い合わせるのが筋だもの。 其の点は、ウーノル殿下も良くご存知の筈よ。 アンネの健康状態を直接リーナから聞きたいとか、有り得ませんわよね。 そんな横紙破りな事を、王太子殿下が、お考えになる筈も無いですし。 ウーノル殿下は、リーナに何を問われる御積りなのかしら…… それもリーナしか、答えを持っていない事象なのかしら? 殿下だって、『耳』と『目』は、お持ちな筈なのに…… なにか、別件で大変な事でも、有ったのかしら?」




 耳に届くのは不穏な言葉ばかりなのよ。 




「あの…… わたくし、どうすれば宜しいのでしょうか? 王太子府に伺候すべきなのでしょうか?」




 そっと問うと、二人は顔を私の方に向けて、しっかりと頷かれるの。 すでに逃げ道は無かったわ。 そうね…… ウーノル王太子のご伝言と云う、” 勅命 ” だモノね。 お二人には、私の王宮からの退出を許すはず無いものね……




「リーナ。 少しばかり、窮屈な思いをするかもしれません。 しかし、勅命にて伺候せよ、私達に逃すなとの思し召し。 此ればかりは違える訳には行きますまい。 ……リーナ、なにか、心当たりは?」




 優しくティカ様がそう仰るの。 でも、思い当たる節なんて無いもの。 焔月は、お城に来る機会すらあまり無かったんだもの。 其の前って言っても…… 有るとすれば、王立ナイトスプレックス学院に於いて、シーモア子爵に、” オメカシ ” されて、ダンスの授業に出席したくらい…… かな?

 シーモア子爵が、ダンスのパートナーにマグノリアの貴人の方達ばかりをご指名されるのが、気に入らないのかも…… わたしが無意識にファンダリアの機密事項を漏らしている可能性も有るわけだし…… 怒られるのかな?




「あの…… 学院での「礼法の時間」の於いて、ダンス授業の時の事なんですが…… わたくしのパートナーとして、シーモア子爵様が、マグノリアの方々をと…… ダンスの間も様々なご質問をされておりましたので、” 庶民 ” として、理解できる限りのお答えは致しました。 其の事について、なにか…… 有るのかも……」




 ちょっと、血の気が引いてきた…… なにか、特大にヤラカシテ居た可能性もあるわよね。 ティカ様が難しい顔をされるのよ。




「リーナが ” 庶民 ” として、知りうる事を 『 お話 』 した…… ですわよね。 貴女はアンネとわたくしと一緒に、王妃教育を受けている身。 その貴女が、” 庶民 ” として知りうる事…… と、云っても、ちょっと問題が発生するかも知れませんわね。 機密事項などは、王妃教育の際にもお教え頂いて居る訳だし…… どうでしょうか、アンネ。 其の線は?」

「判りません。 殿下とのご面談の際に、なにかとリーナの動向を聞かれますが、何時も満足気にされておられましたので…… マクシミリアン殿下より、なにか御注進が有りましたのでしょうか? あの方は、公女リリアンネ殿下と大変親しくされておられますので、その際に彼女が知り得ぬ機密事項をお話され、其れを危惧されて、ウーノル殿下に……」

「それは、有りそうね、アンネ。 公女リリアンネ殿下は、虎視眈々と祖国奪還を狙っている筈だもの。 第一義に、その正当性を求めるには、マクシミリアン殿下のお気持ちを捕らえなくては成りませんものね。 周囲の側近達の言動も其の一点に於いて、整合性が取れておりますもの。 ニトルベインの影達も、警戒を強めておりますわ。 アンネ…… 此れは、大事に成るかも……」

「ティカ…… 護りましょうね。 リーナは大切な友誼を結びし者。 いくら王太子殿下といえど、放逐や王城への出入り禁止などと聖断を下され様な物ならば…… わたくしは、激しく反対を顕に致しますわ」

「…………でも、リーナにとっては其の方が良いかも知れませんわよ、アンネ。 彼女にとって、王城は魔窟も同義。 そんな中に彼女を留め置くのは、宜しく御座いません事?」

「……いや …………嫌ですわ。 リーナ以外に、診察を受ける事など、考えも出来ません。 それに、友なのですよ? もし、リーナが王城へ伺候出来なくなったりしたら、わたくしはもうリーナとは会えなく成るのですよ? ティカは…… 貴女のお家で会う事も出来ましょう。 わたくしは、この王宮学習室の籠の鳥。 そんな事、認めらる訳など御座いませんわ。 それに、原因はシーモア子爵です。 其のほうが問題ですものッ!!」




 二人の会話がだんだんと熱を帯びていくの。 いやね、そうなんだけど……  だんだんと剣呑な方向にお話が進んで行くのがわかる。 そんなに思って頂いているのは、とても嬉しく、光栄にさえ思えるのだけれど、相手は王太子殿下。 勅命一つで、人の命など容易く奪える方。 

 そしてなにより、その権能の大きさ故、一旦御口に出された事の意味を誰よりも良くご存知のお方。 その方が、私を引っ張って来いって、仰っているのよ。 もうね…… 本当にね…… ダメだ。 この優しき友人の方々に迷惑は掛けられない。




「アンネテーナ様、ロマンスティカ様。 ご一緒に王太子府に伺候して頂けますか? 流石に一人では、ちょっと…… 心許なく…… でも、きっと、王太子殿下ならば、わたくしの釈明も聞き届けて頂けるかと存じ上げますので……」




 私のちょっと困った顔と、例え私がうっかり口を滑らせて居たとしても、そこまでの国家機密を知るような立場ではないので…… まぁ、重くて王都からの追放。 軽くて王城への伺候停止位かな…… まぁ、それならそれで、良いんだけれども…… アンネテーナ様の診察が他の薬師院の方の手に移るのはちょっと残念な気分がするけれどもね。 

 きっと、他の職員の方でも、十分な健康管理は出来る筈だし、なにも、私しか出来ないって事でもないもの。

 また、ドワイアル大公家に御宿下がりされる時もあるでしょうから、其の時にドワイアル邸に往診に向かうのも、一考の余地は有るもの。 ね。 




「リーナ……」

「リーナ…… 貴女、いいの?」




 お二人が私を見るの。

 私は…… 



     ―――― しっかりと頷くのよ。




 だって、しでかしてしまったのは、私なんだもの。 王太子殿下…… お怒りなのかな…… 王太子府付きの侍女さんの表情は硬くて、そして、困っていたものね。

 私が伺候すると、そう理解できたのか、侍女さんの表情は少し和らいだの。 見逃さないわよ。 だって、心底、ホッとした表情を浮かべられていたんですもの。

 それが、何を意味するのか。

 前世の記憶を紐解く私の脳裏には、何となく理由が透けて見えるの。



 そう、それは、殿



 多分…… かなり、強く私の伺候を求められたのね。 女官さんの御口にされた『お言葉』は、本当はもっと強い感じの物だったんじゃないかなと、そう思うの。 そうでなくては、女官さんがあれほど、緊張されるはずは無いものね。

 そして、なにやら、王太子府では相当の問題を抱えている事に感ずかざるを得ないのよ。 なにか、そう、なにか、トンデモナイ問題が引き起こされている…… そんな感じね。 そして、それに対応できる人が居ないのが、王太子殿下のお心から余裕を奪っている。

 

     言い換えれば―――



 王太子殿下が、苛立っていらっしゃるのよ。 


 それも、私が何らかの『 原因 』か、『 理由 』になっているって……


 そう云う事なのよ、この『お呼び出し』は。


 ちょっと…… 恐れを胸に擁いて…… 私は、アンネテーナ様とロマンスティカ様と御一緒に、王太子府に伺候する事になったの。





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