その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北の荒地への道程

力への意思と、光への道 (10)

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 王宮教育室の『祈りの間』は、王太子殿下のご婚約者や、その他の王位に就かれる可能性のある王族に嫁がれるの方々為に存在する、神聖な空間なの。

 前世で私も、『祈りの間』には、良く通ったわ。 真摯にお願いしていたんですもの。 ええ、我欲をね。 マクシミリアン殿下が、何かの都合でマグノリア王国の王位に就かれるかもしれないと云う、可能性があったために、その婚約者として、王妃教育を受けていたから…… ね。

 この国に於いて、将来王妃殿下に登極される、そんな貴族の令嬢は、等しくこの王宮教育室にて、王妃教育を受けるの。 前世では…… そうね、ウーノル王太子殿下は、既に度重なる『毒』をその御身に受けられ、王太子位を、廃されて居たわ。 弟君であるオンドルフ殿下がその後継として、王太子殿下に冊立される事に決まっては居たの。

 でも、まだ、御歳も若く、見合う御令嬢が中々に居られないので、オンドルフ殿下のご婚約候補者の選定に相当、苦慮されていたのだものね。 だから、この王宮教育室を使用していたのは私だけだったのよ…… だからこそ、大きく勘違いをしていたのよ、前世でね。 『万が一』が、起こっていると。 

 王妃教育を受けているのが、現状自分だけだった事。 

 自分の為だけに用意された ” 空間 ” のように……ね。

 勘違いもするわよ。 そこで行われていたのが、陰湿な揶揄や私を貶める為の策謀。 それに負けない様に、必死で戦っていたのよ。 王妃教育そっちのけでね…… はぁ…… なにやってたのかしら?

 そして、心落ち着かせるため、泣き顔を見せない為に、『祈りの間』に駆け込んでは、膝を抱えてたっけ……

 祈りの言葉そっちのけで、必死にマクシミリアン殿下の ” 愛を乞う ” 願いを口にしながらね。 そんな、私の暗渠のような場所が…… そう、この『 祈りの間 』 だったの。 少し、心の奥底で鈍い痛みを感じたわ。


^^^^^

 『 祈りの間 』は、シンと静まり返っていたの。 聖壇が整えられ、真摯に精霊様に御祈りを捧げる為だけに用意されているお部屋。

 私の後に続いて、ハンナさんも入室されて、そして、扉が閉められたの。 本来なら…… ベネディクト=ペンスラ連合王国の上級王太子妃である方だから、女官の方もご一緒の筈なのに、なぜか、彼女御一人だったわ。

 たぶん…… 彼女、知っているのね。

 この部屋が、外からどんな魔法を使っても、中での会話や祈りの聖句が外に漏れない事を…… 真摯に祈るだけではなく、過酷な王妃教育で疲れ果てた心を癒す場所でもあるのだもの。 大声で泣き叫ぼうと、怒りに声を荒げようと、その言葉は外には漏れない。 

 王妃教育を受ける、心幼い御令嬢のいわば繭の様な場所なんだものね。

 だから、この場での言葉は、外には漏れ出ない様に、歴代の高位魔術師様達が幾重にも、幾重にも【防音】の魔方陣を重ね掛けておられるのよ。 いかなティカ様であろうと、この場の魔方陣は容易には抜けない…… 時間をかけ、少しずつ|いくしか、方法が無いもの……

 ハンナさんが言葉を紡がれる。 手には、リッカ上級王妃殿下の親書が在ったわ。



「上級王妃殿下にお願い致しまた。 貴女を…… 薬師リーナを是非、我が国に招聘して下さいと…… そして、この親書をお渡しに下さいました。 でも……」

「なにか、御不審な点でも?」

「上級王妃殿下は、仰いました。 この親書は直接、「薬師リーナ」様に手渡しする事。 そして、内容は決して聞かぬ事と……」

「左様に御座いますか…… きっと、なにか、理由も御座いましょう。 頂いても?」

「どうぞ…… あ、あの……」

「なにか…… 御座いまして?」



 彼女の視線は、私を真正面から捕らえ、離さない。 自分の推論と、フルーラ殿下からきっと聞いていた、秘密の御話合いの ” 私の回答 ” を…… 彼女は既に、” ご存じ ” なのよ。 だけど、こうやって、面と向かって、確かめないと…… 『 万が一 』 と云う、不安が御在りなんでしょうね。



 だって…… 私の姿が、あまりにも、彼女の記憶に残る ” エスカリーナ ” とは違うからね。



 差し出された 『 御親書 』 を私は受け取り、ベネディクト=ペンスラ連合王国の上級王妃殿下の徽章が転写している封蝋をはがし…… そして、御親書を紐解いたの。





 ―――― 御親書の内容でお伝えくださったのは、ハンナさんの想い。 





 彼女の想いを汲んで、リッカ上級王妃殿下は、私をベネディクト=ペンスラ連合王国にご招待して下さっているの。 だけど…… ね。 その文言には、ある条件が付いていたわ。

 ―――条件。

 それは、私が成すべきを成した後でと…… 私が精霊様との誓約に則り、行動しているのは、御存じだったから。 精霊様とのお約束曲げてまで、ベネディクト=ペンスラ連合王国に来る必要は無いと、そう書かれていたの。 リッカ上級王妃殿下は、海洋国家の国の頂点に坐する方。 精霊様に真摯に祈りを捧げられる方。 

 だから、精霊様との誓約を何よりも大切にされる。

 商業国家で有るが故に、契約にはとても真摯なお立場を取られるのよ。 わたしが、精霊様と誓約を交わしている。 それを人の情で、私に破らせるようなそんな真似はさせないと…… 次代の王たる、ルフーラ殿下の ” 唯一 ” を守り抜いた、” エスカリーナ ” は、その代償に、光芒の先に消えたのだ。 と、そう、書き綴られていたの。

 ふぅ…… 

 そうね…… リッカ上級王妃殿下も、ご理解されているわ。 ” エスカリーナ ” は、表に出てはいけない、秘匿されし王女なんだって。 広く知れ渡り、露見しようなものならば、折角結ばれた、ベネディクト=ペンスラ連合王国と、ファンダリア王国の平和で発展的な結びつきに、綻びが生じてしまう可能性を見出されておられるのよ……

 そっと、親書を閉じ、しっかりと封印を施すの。

 何人たりとも、この『 御親書 』 は、見せないわ。 これは、私だけの宝物に成るのよ。 右手に呼びかけるの。


” ブラウニー…… 御願いが在るのだけど…… ”

” なんや? ”

” リッカ上級王妃殿下より、頂いた『 御親書 』 を、貴方に預かってほしいのだけれど、可能かしら? ”

” ええで…… リーナがそう望むんなら ”

” 望むわ。 ……お願い致します、妖精王ブラウニー陛下。 わたくしの大切なこのお手紙を、預かってくださいませ ”

” ……よかろう。 我が依代にして、” 人 ” なるリーナが望み、聞き届ける。 大切に、大切に保管しよう ”

” 有難き幸せ ”


 スゥっと、御親書が右手に吸い込まれる様に消えたの。 ええ、私の身体の内に棲んでいる、ホワテルの元に届いたのよ。 しっかり、厳重に保管して下さるわ。 私が望まない限り、この「御親書」は、絶対に表に出ない事になったのよ。 

 何か言いたげな、ハンナさん。 でも、私は貴女に、まだ言えない。 私の心を、精霊様にお伝えしていないのだもの。 聖壇に向かい、跪拝の姿勢を取るの。 心から真摯に祈りを捧げる。

 この国の民の安寧を願い、精霊様の御加護に感謝の祈りを捧げるの。 

 鏡の様に静まった私の心。






 ―――― そして、言上ことあげ 申し上げるのは、私の心。






 私が私として、存在しているこの世界。 貴族の娘ではない、庶民の中で暮らした私の想い。 王都でも、ダクレール領でも変わらない人々の暮らし。 喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも…… 人々の日々の営みの中、生きて来た私の想い……


 守りたいの…… 平穏で、努力が正当に認められられる、そんな日々の営み。

 生まれ……

 育ち……

 恋をして……

 愛して…… 愛されて……

 そして、また、次代を産み育てる、そんな、何の変哲もない…… 

 でも、宝玉のような大切な時間。


 そんな、刻が侵されているの。 北辺で…… そして、日々それは拡大している。 ―――私は、” 薬師 ” 。

 この世界は…… 今、病んでいると思うの。 過去の人が行ったことで、世界自体が傷つき、病み、衰えているわ。 そんな状況の中、私の前に提示された ” 三つの道 ”。



 ――――  一つ。

 前世の私の心を慮り、一縷の希望と共に、マグノリアへの道をたどり、彼の地で塗炭の苦しみで疲弊している方々を救う道。

 ――――  一つ。

 ベネディクト=ペンスラ連合王国の招聘を受け、ハンナさんと共に、彼の地に渡り、様々な外国の文献や資料を得、幾多のまだ治療法すら発見されていない、” やまい ” に対する、『治療法』を確立して、世界に広める道。

 ――――  一つ。

 北の荒野に向かい…… 私の全てを懸けて、精霊様との『お約束』を果たす道。




 この世界を一人の  病やまい を、得た人と見立てると…… それぞれの道が、この世界に対する、どのような ” 治療法 ” に成るかを考えたの。 すると、自ずと答えは導き出されるの。 


 ―――― 私の答えがね。 


 まず、マグノリア方面に行くという選択は、完全に対症療法。 彼の地での精霊様の御声を聴きながら、あちこちで ” 治療 ” を施していくの。 でも、それじゃぁ 病は良く成らない。 だって、彼の地は感染しているだけなんだもの……


 根本治療には成らない。 だから、選択しない。


 ベネディクト=ペンスラ連合王国へ、向かうと…… 様々な文献と、資料をもって、沢山の病に対応できるわ。 それも…… 安全な処から。 まるで、薬師院の研究棟の様にね。 でも…… それでは、北の荒野の現状には対応できないわ。 まだ、十分な資料も、文献も無いのだもの…… それに、このやり方では、北辺のファンダリアの民は救われない。

 いずれ…… 様々な病に対応でき、この世界の理により、北の汚濁にたいする、治療法が確立されると思うのだけれど、その治療法が確立されるのは、ずっと未来の話。 その頃には、北の荒野は拡大し…… ファンダリアの北部辺境はおろか、王都ファンダルもまた汚濁に沈む…… そうなれば、もうファンダリア王国は…… 立ちいかないわよ……

 ダメね。 これも…… これも、選択しないわ。


 私は、北の荒野を源とする、汚濁…… この世界の ” やまい ” を、治療する術を持っているの。 ええ、持っているわ。 魔人様から魂に転写して頂いた、異界の理。 そして、この術は、直接病巣を叩ける術。 


 精霊様との…… お約束。

 おばば様との…… お約束。

 森の獣人族の方々との…… 御約束。
 
 バハムート様との…… お約束。

 異界の魔人様との…… お約束。




 そして―――




     カイトさんとの、お約束……




 護りたいの…… みんなとの願いを。 ” 私は薬師 ”  薬師錬金術師リーナ。 助けられる命は、全力をもって、私は救う。 それが私。 私が私である限り…… それが、薬師リーナであろうと、” エスカリーナ ” であろうと、変わりはしないもの。



 だから、「闇の精霊」ノクターナル様。 わたしは、北の荒野に向かいます。


 必ず、この手で、この世界の ” やまい ” を…… 皆様の願いと祈りを…… 


 完遂いたします。




^^^^^^^^^^^




 ――――― 深くこうべを垂れ、跪拝する私の頭を、優しく…… 優しく……

 撫でられる感覚が在ったの。 その優しい事といったら…… 私にとって、この感覚はとても慣れ親しんだ物なの。 ダクレール領のある南方辺境領の片田舎でね。

 精霊様の御意思に叶う思いを抱いて、言上申し上げるたびに、こうやって、頭を撫でて下さるのよ。

 きっと、私の想いは、精霊様の想いに通じたのよ。


 だから、私は、北へ行く。



 ぼんやりと身体が温かくなるの。 


 私の周囲が、深く優しい ” 闇 ” が包み込むの。 そして、頭の中に御声が響くの。



 ” エスカリーナ。 貴女の決断は、貴女のもの。 その決断は、喜ばしくも、我が意思に叶います。 しかし、その決断は、貴女の後ろに控えし、貴女の半身とも云うべき女性との、暫しの別れを意味します。 その者は、貴女を追いかけ、調べ、考察し、ついに貴女に辿り着いた者でもあります。 その想いに貴女は、如何に答えますか? ”


 ” ノクターナル様。 わたくしは…… 薬師です。 悲鳴を上げ、救いを求める者があらば、わたくしは手を差し伸べましょう。 わたくしだけが知る、術式だけが、北の大地を救う事が出来るのです。 ……ハンナさんの想いは、とても、とても、嬉しい。 でも…… 、その想いに応える事は出来ません。 いずれ…… 時が満ち、北の人々の間に笑顔が戻った後ならば…… 暫しのお別れを申し上げる事は、むを得ません。 お願いがあります。 ”

 ” 覚悟を決めし、わらわの ” 愛し子 ”  ――― 申してみよ ”

 ” はい、髪に貯めし魔力を…… 抜き取って頂きたいのです。 彼女には…… ハンナさんには、” エスカリーナ ” として、お話がしたいのです ”

 ” …………理解した。 その望み、叶えよう ”


 私の頭にもう一度、柔らかな手の感覚が…… そして、魔力が…… 吸いだされていったの……。


 きっと……



 私の髪は…… ハンナさんの知る…… 月の光を固めた様な……



 ” 銀灰色シルバーグレイの髪 ” に……



 同じように、魔力が抜けて昇華してしてしまった、私の【詳細鑑定】の魔方陣。 だから、私の目は…… 小さい頃から、見つめ続けて下さっていた……



 ” 群青色ロイヤルブルー ” に……



 変化したと、確信があったの。 わたしは…… 私を大切に思ってくださっている方に、悲しいお知らせをしなければならない。


 でもね…… それは、私の決断。



 彼女に、” 暫しのお別れ ” を、告げるの。






 私の周囲を取り巻いていた、優しい闇が薄らぎ…… やがて、『 祈りの間 』 の輪郭を取り戻すの。



 目を見開き、驚きを隠せない彼女……



 ハンナさんの前に、私は…… ” エスカリーナ ” は、歩みを踏み出したの。












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