その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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汚濁の根源 異界の魔力

一人の薬師として。

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 王城コンクエストムから、退出。





 秋の大舞踏会の出席者である貴族の皆様はとうの昔にお帰りに成った、そんな夜半。 いえ、もう明け方に近い時刻ね。 辺りはシンと静まり返り、秋のお祭りに浮かれていた街角も、闇に沈んでいるわ。 精霊様の『 加護 』 を存分に受けた、街の人達。


 酔いどれ達も、今は夢の中。 


 晩秋のお祭りが終われば、冬が到来するんだもの。 明日らからは、冬支度時また忙しくなるんだものね。 カラカラと、回る車輪が石畳を噛む。 その音が、眠りに誘うがごとく私の耳に届くの。 

 王太子府での事は…… まぁ、ね。 私の決意表明みたいなモノ。

 北の大地に向かうって、そう宣言したんだもの。 シルフィーとラムソンさんは一緒に来て下さるそうね。 王城から退出する時に、聞いたんだもの。 本当にいいのかってね。



「シルフィー…… そして、ラムソンさん。 私の我儘ですよ? 北の荒地に向かうのは。 貴方達は…… そうね、森に帰る選択だって出来たのよ?」

「リーナは、迷惑なのか?」



 ラムソンさんがいつもの調子で、ぶっきらぼうに、そう問うのよ。 あら、そんな事は言ってはいないわ。 ただ、貴方達の幸せが、私と同行すると云う事で、害されるのが嫌なだけ。



「森は、貴方達を受け入れてくれるわ。 素敵な御相手を見つける事も、その方と子を成し、育む事も、貴方達の知識と知恵を渡す事だって…… 平穏に、安寧に暮らせるのよ?」

「嫌です。 そんな事は、望んでおりません。 いえ、もう望むべくも無い事なのです。 あの魔女は言いました。 リーナ様の進む道は、煉獄にも等しいと。 そのような中に、リーナ様お一人で向かわせる訳には、行きません。 貴女がそうで有るように、わたくしにも 『 誓約 』 が御座います」

「シルフィー?」

「森へ帰るのは、全てが終わり、わたくしの 『 役目 』 を、終える時。 リーナ様が平穏に、心安らかに、大切な方々に見守られれながら、『 闇 』 の精霊様の腕に抱かれる時。 わたくしは、そう『 誓約 』 申し上げましたから」

「……貴女の、貴方だけの幸せは、どうするのよ」

「わたくしの幸せは、リーナ様と共に有る事。 ただ、その一言に尽きますわ」



 ラムソンさんが、さも、当たり前だと云うように、小さく頷くの。 ” ずっと、一緒 ” だと、言外にそう匂わせているのよ。 想いの深さに、ちょっと、唖然としてしまうの。 馬車が廻され、御者台にラムソンさんが収まり、馬車の扉をシルフィーが開けてくれた。



「リーナ様は、私達の主。 何人にも代えがたい、私達の主。 お忘れなく」



 その瞳は強い光を宿し、苦情は絶対に聞き入れないと云う気迫に満ち満ちているのよ。 はぁ…… この人達に、私はどう報いればいいの? こんな私に付き従っていれば、大切な貴方達の 『 命 』 すら、危ぶまれると云うのに…… 本当に、本当に……


 ―――― 仕方の無い人達ね。


 馬車に乗り込む前。 二人に云うの。 こんな私で良かったら…… 一緒に着いて来てくれると云うのならば……



「貴方達の献身と、敬愛に感謝を。 この先、何が起こるかはわかりませんが、貴方達と一緒ならば、乗り越えられると、そう確信します。 精霊様に感謝申し上げますわ。 一人の薬師として、辺境に征く私です。 貴方達が一緒ならば、心強くあります。 本当に…… 本当に、ありがとう」


「「 勿体なく 」」



 乗り込んだ馬車は、王城コンクエストムに登城する時とは全く違い、何の障害も無く、第十三号棟への夜道を、淡々と進んでいったの。






 ************






 お手紙を書いたわ。 ええ、おばば様に。 王都ファンダルの状況や、マクシミリアン殿下のご決意。 ガンクータス国王陛下のトンデモナイ御宣下。 その他、近況やらなにやら。

 長い、長いお手紙をね。 王都の護りには、ティカ様が主導して『 ミルラス防壁 』の改造が成った事もね。 聖職者でも、王侯貴族の意思でも無く、民の祈りがその糧となる、おばば様が夢想された、そんな『 防壁 』 についてもね。 

 きっと、安堵して下さるわ。 とても、とても、御心を痛めてらしたんだもの。



  ―――― そして、私の事。 



 私が王都を去り、北の穢されし大地に向かうという事も書いたの。 

 おばば様とのお約束を、忘れて居ませんって、そう綴ったの。  大切なおばば様の願いを、私が叶えるのよ。 北の荒野の汚濁の原因は、何となくだけど理解しているわ。 そして、その浄化の方法もね。 


 汚濁の原因たるは、” 異界の魔力 ” 


 この世界の魔力と同じ作用をする、異なるモノ。 『穢れし森』で、わたしが見つけ出した、その答え。ある意味、” 呪い ” にも似た、現象なのよ。 この世界の魔方陣に、異界の魔力をそのまま流せば、魔法陣が変質するの。 それは、色々な実験を通して、判明した事。


 ティカ様もご存知だし、王宮魔導院の方々も、理解された。


 私には、一つの魔方陣があるの。 そう、【 魔力変換術式 】 がね。 アレを使えば、空間に漂う異界の魔力を、浄化出来そうなの。 一応…… ね。 符呪式で、【 魔力変換術式 】 を魔石に刻み込んでね、一方通行で、魔力を通す事が出来たのよ。


 ――― いわば、水の浄化装置みたいなモノ。


 空間に漂う魔力を吸い込んで、異界の魔力をこの世界の魔力に変換して、吐き出すの。 魔石に含まれた魔力だけじゃ、そんなに長くは稼働しないわ。 でも、ティカ様から教わった、祈りを魔力に変換するあの術式を組み込む事により、真摯な祈りにより、稼働を続ける事が出来る様になったの。

 その見本をね、おばば様にお届けするつもりなのよ。

 私の綴ったお手紙と共にね。 よかったら、イグバール様にも、見てもらいたいのよ。 だって、お師匠様なんですもの。 今までの研鑽の結果だし…… なにか、おかしい所があれば、ご指摘頂きたいし…… ね。

 ちょっと、大きな荷物になるの。 だから、ハト便では無理ね。 出来ない事も無いのだけれど、あまり、大きな術式を、王都コンクエストムで使うなって、ティカ様に釘を刺されているんだもの。

 お願いしなきゃね……


 ええ、フルーリー総合商会の長たる、フルーリー=グランクラブ男爵令嬢様にお願いしなきゃね。 


 フルーリー総合商会は、あちら側との強い繋がりが有るし、定期便の馬車も出ているんだもの。 それに、護衛の方々も、超一流。 必ず、届けて下さるわよね。

 箱馬車をお返しする時に、一緒にお手紙と荷物を、ラムソンさんに持って行ってもらったわ。 私自身の身の回りの整理もしなくちゃだし…… どんな、名目で王都を出る事に成るのかもわからないわ。

 ウーノル王太子殿下が、きっと上手く調整して下さることを信じて、今は御沙汰を待っているの。


 軍属は解かれるかもしれない。


 そうなったら、第四〇〇〇護衛隊の皆様とは、お別れね。 クレアさん、スフェラさんも、その任を解かれるかも…… アンネテーナ様にお願いして、お二人の身柄を、王宮学習室で預かってもらうのも…… 在りかも知れないわ。

 だって、隠してはいるけれど、クレアさんは 辺境伯の御令嬢でもあるんですもの。 能力は私が保証するし、その身に降りかかった、無残な出来事で、男の人とはあまり関りが有る様な場所には、置きたくないし…… 王宮学習室は、現在は女性の職場でもあり、男性の影は無いんだもの。

 そんな事をつらつらと考えつつも、忙しく、自分の身の回りの整理を進めていたの。


  そんな私の元に……


 案の定というか、さもありなんと云うか…… 飛び込んでこられた、御令嬢がお一人。





 フルーリー総合商会の会頭……




 フルーリー=グランクラブ様だったのよ。 第十三号棟に入るや否や、彼女の大音声が響き渡るの。 ええ、それは、それは、大きな御声でね…………







 ―――― ハシタナイデスワヨ、フルーリー様?












 「リーナ様‼ リーナ様が、王都を出られるとは、本当の事なのですかッ‼‼」









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