その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 21

親征の裏側 ①

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 晴れ上がった、巡月の蒼空の元、ガングータス=アイン=ファンダリアーナ国王陛下の親征北伐の軍勢が、王城外苑の練兵場に並び、陛下の言葉を待っていた。



 巡月のとある、冬の日。




 真昼とはいえ、気温は高くない。 じっと立つ兵士の身体も徐々に冷える。 国軍の将兵に至っては、その寒さと同じくらいに、心も冷え切っている。 国王陛下は獅子王陛下のやり残した、ゲルン=マンティカ連合王国との決戦を宣下された。

 一部の貴族には熱狂的に支持されるその詔勅も、軍に身を置き、現実をしる第一軍、第二軍の将兵にとっては、世迷言としか受け取れなかった。

 実際に北部辺境域に展開している第一軍、第二軍の本当の敵は、北の荒野から溢れ出ている、妙に強い魔物の集団。 そして、蔓延する奇病。 土地は痩せ、耕作地から得られる作物も減少の一途を辿っている。 



    ” 王は本当の敵をご存知ない ”



 第一軍、第二軍の将兵の言葉無き、仄暗くも、激しい思いであった。 全く熱気の上がらない軍将兵が、静かに佇むばかり。 それに比べ、纏まりを欠いた整列集合をし、殊更、北伐の意義を声高に語り合う集団が居た。 煌びやかな軍装に、装飾過多の武器。 表情に浮かぶのは、実戦を知らない驕慢で根拠のない自信を漲らせた若者達。


 ――― 聖堂騎士団の若き騎士達であった。


 今、この時点で、北の荒地に建設された聖堂都市、『ソデイム』 と、『ゴメイラ』 に派遣されていない、王都ファンダルの聖堂に配備されていた中高位の聖堂騎士であった。 元は、軍に志願する事で、命の危険を冒したくなかった貴族の子弟が、代替的に志願していたのが、聖堂騎士団の騎士達でもある。

 本来の任務は、聖堂を護る事。 決して攻勢に使う様な者達では無い。 あの北伐の宣下が行われた時、聖堂教会の『神官長パパ』より、直々に陛下の直属に配されたと…… そう噂は語る。 第一軍、第二軍の上層部は、苦虫を噛み潰したような表情に成っとも。

 軍関係者は、聖堂騎士団に全く信頼を置いていない。 さながら、蛇蝎の如く嫌っているとも。 下位の者達に無理を強いて、自分たちは安全な場所から、あれこれを指揮命令系統の違いも無視し、命令口調で指図する輩。 特に北部辺境域に展開している軍所属の者達にとっては、それが共通認識に至ってさえいた。

 静かに佇むファンダリア王国正規兵。 今回の親征において、名目上、ガングータス国王陛下に付く事になった、第一軍、軍団長 フェルベルト=フォン=メルカツェ侯爵は、湧き上がる名誉欲に熱狂する聖堂騎士団の騎士達に対し、侮蔑の視線を隠すことなく晒していた。




「メルカツェ閣下…… あからさまに過ぎます」




 副官が、そっと耳打ちをする。 ジロリとその声の主に厳しい視線を向けつつ、メルカツェは言葉を小さく紡ぐ。




「馬鹿な奴らだ。 この親征が本来の意味を知らぬ。 自身の栄光を、信じ切っておる」

「閣下、御声が高こう御座います」

「なに、聞こえては居らんよ。 よしんば聞こえた所で、奴らは信じようとはせぬ。 ならば、別段問題にはならんだろう。 その果ては、自信が『命』を以て、確かめる事に成るのだ。 今は、高揚した奴らもな」

「閣下……」




 メルカツェは、彼の直属の上司である、ファンダリア王国の軍務大臣たる、エルブンナイト=フォウ=フルブランド大公の緊急呼び出しの事を思い出していた。 第一軍の指揮官として、この『北伐親征』の軍編成準備をしている真っ最中の自分を、軍務大臣 ” 公室 ” に呼び出したのだ。

 異例な事態に、何事かと呼び出しに応じ、急ぎ伺候したのだった。 その時の記憶による、不快な感情が、彼をして、苦い表情を強面に浮かび上がらせている。

 手厚い資金援助が後宮から成された「聖堂騎士団」とは違い、年間の王国予算で軍事行動を成さねばならない王国軍。 限られた予算に、いきなりの ” 御親征 ”。

 何もかもが、不足しており、その充当に奔走していたメルカツェを敢えて呼び出したフルブラント大公の意図を図りかねつつも、公室に伺候した時の事を思い浮かべずにはいられなかったのだった。

 そして、そこで通達された、此度のガングータス国王陛下による、『北伐親征』の本当の作戦を知る人物として……


 熱狂し、高揚し、自信の栄達に思いを馳せる 聖堂騎士団の若い騎士達に……


 『憐憫の情』が、浮かび上がるのを禁じ得なかった。








       ****************** 









 王城コンクエストム、軍事を司るのは第四階層北辺に配されている各局の執務室。


 その最奥に有るのが、ファンダリア王国、軍務大臣エルブンナイト=フォウ=フルブラント大公が執務公室。 武骨の上に武骨を重ねたかの様な、装飾を一切排除した、王城内とは思えないような、そんな執務室の扉の前。

 不満と、苛立ちを隠そうともせず、メルカツェは扉をたたく様にノックする。




「第一軍、フェルベルト=フォン=メルカツェ。 お呼びにより、罷り越した。 副官共々、入室ご許可を願う」

「入れ」




 王国の他の部署とは違い、先触れ等はフルブラント大公の命にて、不要とされていた。 理由は…… ” 軍令則さえ護れれば、それ以上の ” 貴族的な ” 作法など知った事では無い” 、と。 故に、どんな高位の貴族であろうと、第四階層北辺の執務室群に於いては、最低限の礼節しか必要としない。

 大公家の当主、そして、軍務大臣であるフルブラント大公自ら、そう決めてしまったのだ。

 本来ならば、中々と言葉を交わす事さえ難しい爵位の軍務大臣に、侯爵位を授かっているとはいえ、下位のメルカツェ侯爵が、ぞんざいな口調で言葉を交わす事さえ、黙認されている。

 重厚で分厚い扉を自ら開き、軍務大臣執務公室へ入室した、メルカツェは、五歩 歩みを進めると、胸に拳を当て、膝を付く。 巨大な執務机の向こう側に、悠然と座っているフルブラント大公が彼を見て頷く。 魔法灯火の届く辺りの壁には、巨大なファンダリア王国全土の地図が張り出され、事細かい部隊の展開が書き込まれていた。

 ファンダリア王国の軍事資源が何処にどれだけ配されているのか、一目瞭然に成っている。




「忙しい所、すまん。 早速だが、こっちへ来てもらおうか。 他の者達もな」




 フルブラント大公の野太い声が、そうメルカツェに告げる。 ” 他の者? ”  一瞬、メルカツェの表情が曇る。 何かしらの悪巧みが、進行していると、そう予感させる 『 言葉 』 でもあった。

 捧げる礼を解き、大股で執務机に向かうメルカツェ。 巨大な執務机の上には、北部辺境域、及び、北の荒野の南側の地図が広げられている。 当然の如く、そこには展開中の第一軍、第二軍の駒も置かれている。 中隊規模の情報であった。 

 その執務机の周囲に、椅子が四脚。 入口近くの魔法灯の光が届かない仄暗い闇の中から三人の軍装を付けた漢達が副官を連れ、執務机の周囲に集まった事に、メルカツェ侯爵は少々驚きを覚えた。 不覚にも、自分が一番後で在った事についても、少々複雑な心境に至る。




「座ってくれ。 ……王国上層部の意思は決まった。 まだ、参謀本部にしか伝達はしていない。 故に、貴様らに伝え置く」




 メルカツェを含む四人の漢達が、促されるまま、椅子に腰を下ろす。 フルブラント大公の背後の仄暗い闇の中から、参謀本部詰めの漢達も浮かび上がる様に現れ、大公の背後に立ち手を後ろ手に直立する。 表情は厳しく…… 苦悶に満々ていた。 その表情を伺い、重大な決断が下されたと理解した、四人の漢達。




「第一軍 フェルベルト=フォン=メルカツェ卿、第二軍 アレクサス=ドニーチェ=ビコック卿、第三軍 エセルバーグ=ブライアン=ウランフ卿、 第四軍 エントワーヌ=オリビス=オフレッサー卿。 発令だ。 君達、各軍団の指揮官に対し命ずる。 ファンダリア王国、全軍の忠誠は、王国に在り。 獅子王陛下が ” 御遺志 ” に則り、王国の安寧を護らんとす。 王国に危機を齎す者に鉄槌を下さんとす。 以上が伝達すべき事柄である」




 宣言される、重い言葉。 王国全軍を纏め上げるフルブラント大公から紡ぎ出された言葉の重さに、各軍の司令官たる漢達は、言葉を失う。 続けて大公は言葉を吐き出す。 




「王城、王宮内の内情が判らぬ卿達には、少々説明が必要だな。 時間を貰うぞ。 良いな」

「「「「  御意に。  」」」

「内務、外務、軍務…… 三大臣が、肚を決めた。 軍法と法の求める行動に移る。 発令者は、ウーノル王太子殿下。 殿下は仰られたのだ、 ” 国王陛下は道を違えられた ” と。 陛下の佞臣の幕閣には、王国の舵取りは任せられぬとな。 ……財務卿は、……ミストラーベ大公は、あちら側についている。 その事は諸君はよく理解していると、そう思う。 違うか?」




 フルブラント大公の言は、現状の軍予算の配分が、かなり厳しいモノであると、現実を言い表している。 増大する北部の魔物暴走スタンピートに似た状況。 魔物達の変質…… 周辺国のキナ臭い動き…… その中に在って、軍予算の大幅削減。 さらに、後宮費の爆発的増大…… 


 いたずらに将兵を失いたく無ければ、自らの侯爵領からの金穀をもって、支えねばならない状況。

 ふかく頷くのは、皆、同じであった。







「財務は、実務者と後継者がこちらに賛同し、志を同じくした。 実質上四大大公家は、王太子殿下に付いた。 ファンアリア王国の未来を鑑み、王太子府にて、この国の蜘蛛の巣の様な様相になっている、『国法』を、纏め上げる部署が設立されている。 ウーノル王太子殿下、曰く――― 『』と、そう呼称される予定の、” 王国の背骨 ” だ、そうだ。 その編纂を担うのは、オンドルフ=ブルアート=ファンダリアーナ殿下。

 オンドルフ第二王子殿下が、臣籍降下後、新たなが興され、その実質的執行者になる手筈に成っている」




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