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断章 21
親征の裏側 ③
しおりを挟むメルカツェ侯爵の仄暗い思考の根源足るは、聖堂教会の騎士達の所業の数々が原因でもあった。
彼等の聖堂教会、デギンズ枢機卿の政治力を背景としたやりたい放題は、一つの悲劇的事実を紡ぎ出していたからだった。
聖堂騎士達が散々に口にする、” 統一教会の御業による、北の荒野の浄化 ” は、一向に実現する気配はない。
俗に云われる ” 汚染 ” は、むしろ進む一方。
それにも増して、聖堂教会の聖堂騎士団の者達が、隠蔽した悪逆の数々が脳裏に浮かび上がる。 それは、北の荒野に、聖堂の拠点として建設された二つの聖堂都市、『ソデイム』 と、『ゴメイラ』の建設時に起こった、眼を覆いたくなるような出来事。
――― 大量の従軍薬師達を死地に追いやったのは、第一軍の将として、忘れる事の出来ない『悪夢の様な出来事』だったからだ。
聖堂教会の聖堂騎士達は、自らの悪行は隠蔽し、従軍薬師達の非業の死を、さも当たり前の犠牲と嘯く。 悪辣な聖堂騎士に至っては、力なき彼等を盾に逃走を図った事実すら、報告されていた。
――― 第一軍の司令官として、厳重に抗議もした。 ファンダリア本領への報告も行った。
だが、そのすべてを、ガングータス国王陛下の側近たる枢機卿が握りつぶしたと聞いた時、全てを投擲し、王都に進軍しようとさえした…… 周囲の者達に、
” 今、メルカツェ侯爵を失う訳に行きません。 北部辺境域は勿論の事、北の荒野に展開する将兵の命は、指揮官殿に掛かっているのですッ! 御忍従下さいッ! ”
と、懇願を以て押し止められ、聖堂騎士共の『悪辣で高慢な所業』を、飲み込まざるを得なかった。 憤怒の感情を持つなと云方が無理に決まっている。
北の荒野に、投げ捨てられた、子飼いの従軍薬師や、徴用され、強引に北の荒野に投入された市井の薬師達の怒りと非業の死は、今もってファンダリア王国軍、第一軍はもとより、全軍の、大きな悔恨と、王国軍の名誉への 『 傷 』 と、なっている。
腕を組み、口をへの字に曲げたメルカツェ侯爵が、フルブラント大公に ” 荒い言葉 ” を、吐き出す。
「第一軍は、この親征において、どのような役割を担うのか。 先程、大公閣下は ” 王国の安寧を護らんとす 王国に危機を齎す者に鉄槌を下さん” と、ご決意されたと聞く。 そのご決断とは、我ら栄えある、第一軍の将兵をして、国王陛下の馬前にて、死地に向かう事なのか? 多くの合力で支えられている第一軍の将兵を時の輪の接する場所へと、突撃を命じられるか? フルブラント大公閣下は、我らに『死ね』とそう仰るか。 認められぬ…… 断じて、認められぬ。 王国の安寧は我らの使命。 この事態を看過されるのであれば、我ら第一軍は……」
深く、重い言葉であった。 ガングータス=アイン=ファンダリアーナ国王陛下の勅命である、北伐を全うする意思を決意するならば…… 第一軍の全将兵の突撃先は ” 時の輪の接する所 ” となる。 メルカツェ侯爵の、睨む視線に力が籠る。
「その先は言うな、メルカツェ卿。 ……貴殿の想いは、理解している。 ……そして、私の言葉が足りぬ事も理解した。 王国に対し、『滅亡への危機』を齎す者に、鉄槌を下す事は事実だ。 そして、それに関して言えば、 ” 王国の安寧を破る者が、『何者であっても』 ” と、付け加えるべきであった。 既に事は進み始めて居る。 国王陛下が最後の瞬間まで翻意せず…… 愚かであり続ける限り…… 刻は来る」
「グッ…… つまり…… それは…… ” 仇成す決断 ” をした者が、たとえ尊き立場であっても…… 至高の玉座にお座りに成られている方であっても…… と云う事に御座いましょうや?」
自分が思う以上の、これれからの展開を示唆され、絶句の後にまさかの思いで、言葉を紡ぐメルカツェ侯爵。 既に総軍司令部、及び、参謀本部では、作戦が始動し始めていると、言外に伝えられた事と、同義であった。 厳しい視線を揺るがしもせず、大公は静かに続ける。
「王太子殿下は決断された。 あぁ、されたのだ。 ……隣国へマクシミリアン殿下を送り出された。 腹心となるべき側近の者達までも、東部辺境領域に送り出された。 あれだけ気にかけて居られた、王国の至宝たる薬師錬金術士も又、西方辺境域に送り出された。 さらに、内々ではあるが、王宮内部の綱紀を締めあげられ、王城コンクエストムに巣食う様々な者達の『 色 』を、明確に区分けされた。 結果…… 四大大公の内、内務、外務、軍務は、王太子殿下に従う事となった。 財務については…… 実務者がこちらに付いた。 判るな、この ” 意味 ” が」
「つまり…… ガングータス=アイン=ファンダリアーナ国王陛下の於かれましては、この親征に於いて……」
「……御退位の花道にしては、仰々しいモノに成ってしまったな…… あぁ、『ご親征』を宣下されたガングータス国王陛下は、王国に仇成す存在になり果てられた。 王権を徒に自儘に振るい、王妃殿下の暴走を止めるお気持ちすらなく、御側に置かれる者も、佞臣としか言えぬ、甘き言葉を吐く魑魅魍魎ばかりとなってしまった。 獅子王陛下の ” 御遺志 ” を、蔑ろにされ、ファンダリア王国に加護を授けて下さる精霊様の存在を、 ” お認め ” に、成らなくなった。 そんな御方が尊き身で居られるであろうか? そんな国王陛下を戴く国が、この世界に存在を許されるのであろうか? ……否だ。 そんな方は、断じて至高の玉座に座される方では、在りはしない」
「しかし、ウーノル王太子殿下は、閣下の云われる、この国を、この世界に存在を許される国とする、『尊き方』なのでしょうか…… 王太子殿下は、ガングータス国王陛下の御子にあらせられるのですぞ」
「メルカツェ卿。 ……ウーノル王太子は、御決断されたのだ。 親子の情よりも、この国の国主として、全ての臣民を取られると。 ガングータス国王陛下が、聖堂都市『ソデイム』 もしくは、『ゴメイラ』に、お入りになり、『開戦の詔』を宣下されると決まった時点を以て…… 王位を奪取される。 世界の理と、精霊様の御意思と、獅子王陛下の御遺志を放擲されたとして、その王位を剥奪し、御自身が登極されると。 以て、精霊様の御意思と民を結び、王国を安寧に導き、獅子王陛下の御遺志を継ぐ、と…… な。 親子の情を以て、ガングータス国王陛下の翻意を待たれる時間は、そこまでだと、そう仰られたのだ。 内務、外務は、その意思を尊重すると、断を下された。 わたしは…… ファンダリア王国軍を率い、ファンダリア王国を護る者。 殿下の御言葉に同意せざるを得ない」
眼を見開き、威圧感を醸すフルブラント大公。 彼の決定的な言葉に、漢達は押し黙る。 そう、ウーノル王太子による、現国王陛下からの王権簒奪が行われるのだ。 現国王陛下への弑逆とも……言えた。
思わず、見合わせる目と目。 集う王国四方を護る四軍の指揮官たち。 困惑と戸惑いが、その眼の中に浮かび上がる。 フルブラント大公が、小さく吐き出すように、言葉を紡ぐ。
「反逆されたのは…… ガングータス国王陛下の方だ。 耳に心地よい言葉を好まれるのは…… 学生の頃から、御変わりに成られていない。 陛下の耳に痛い事を申し上げる者を、遠ざける癖があるからな。 先代陛下も苦言を呈して居られた。 そして、前王妃エリザベート殿下もまたな。 …………やるせない。 どうして、ああなってしまったのか。 且つて、友誼を結びし、聡明なガングータス王太子殿下は…… もう…… 居ないのだ」
フルブラント大公の心内を垣間見た漢達。 その哀愁を見せつけられて、言葉も無く、只々口を閉じるしか無かった。 王国上層部は、ガングータス国王陛下を見捨てるのだと、確信に至る。 開戦の詔の発布は、前線で行われる。 その時、あの尊き御方は、国権を剥奪される……
外務大臣である、ドワイアル大公は既に動いている事は、フルブラント大公の言葉により、確信が持てると漢達は考える。 国権無き者の「開戦の詔」など、城壁の落書きと同じ。 ……つまりは、ゲルン=マンティカ連合王国との戦端は開かれようも無い事になる。
第一軍の指揮官たる、メルカツェ侯爵の思考は矢継ぎ早に、状況の解析を進める。 そして、新たな疑問が浮上した。 そう、それは、” 現有の第一軍の及び合力の他軍の者達の軍事資源は、どう使われるつもりなのか ” である。
『何処に向かい、何を成すのか』という、その目標の曖昧さがあった。 軍が展開する以上、明確な敵の存在は必要である。 そうでなくては、巨大な暴力組織である『 軍の力 』の、浪費にも繋がる。
――― 別の角度から見ると、限られた国費の浪費とも捉えられる。
故に、彼は疑念を視線に載せ、大公を見詰めていた。 さながら、” 敵は何処 ” と問いかける様に…… メルカツェ侯爵の同僚達である、各軍の指揮官達もまた、同様に視線を大公に注ぐ。 その視線を受けた大公は、軽く頷き、そして、瞑目した。 ややあって、静かに口を開き言葉を紡ぐ。
「事が始まり次第、ファンダリア王国 国軍の全ての将兵に伝達せよ。 王国は、現北辺国境を護り抜くと。 以て、魔物の侵攻を阻止する。 王国軍は国境を割る事は無い。 『ソデイム』、『ゴメイラ』の二つの聖堂都市はこれを放棄する。 彼の地へは、陛下と聖堂騎士団の方々のみで向かって貰う。 良いなッ」
「御意に…… して、王国軍が陛下の警護を離れる『理由』を、問われた場合は?」
「金穀、糧秣の運搬と護衛。 そう云えば、奴らは納得する。 ガングータス国王陛下の直下の近衛は、聖堂騎士団が任命されているからな。 その上、聖堂都市に対する補給線が痩せ細っておる。 無理もない…… あの聖堂都市にて飽食していれば、直ぐに補給も底をつく。 聖堂騎士団ならば、” 金穀糧秣が無ければ、集めればよいだッ! ” と、嘯くであろう事は容易に想像が付くからな…… 馬鹿者達めッ! …………王太子殿下の『 宣下 』は、全土に対し緊急の【広域魔力通信】にて、行われる。 各軍の戦闘魔導士の面々については、常に聞き耳を立てているよう、特に通達をだしてくれ」
フルブラント大公が言葉に素早く反応するのは、オフレッサー侯爵。 百戦錬磨の戦人たる、オフレッサー侯爵は、戦場での【魔力通信】の通り辛さを承知している。
戦闘中の者達も居る現状、緊急で大規模な【広域魔力通信】の発信が、実際に可能なのかどうかに、少々疑問を感じ、思わず、疑問の形を以て不安をを口にしてしまう。
「大公閣下、承知 致しましたが…… 緊急での【広域魔力通信】を、『ファンダリア王国全土』に発信するとなると、相当に高位の魔導師が関わっていると存じます。 『この作戦』には、王宮魔導院が関わっているのでしょうかな?」
「あぁ、後宮魔導院 特務局がな。 と云うよりも、特務局 局長の『ニトルベイン大公のお嬢様』が関わられていると、王太子殿下は仰っておいでであった」
「……ロマンスティカ嬢…… ですか。 ならば、” 通信 ” が、届かないなど、杞憂でございましたな。 しかし、大公。 この様な重大な御決断。 是非とも、我らも直接、王太子殿下より、お聞きしたい。 そうであろう、各々方」
キツイ視線のオフレッサー侯爵。 事はあまりにも重大。
王国の存亡の危機と等しい状況に、彼は、ウーノル王太子と直談判を所望した。
” 僅か十五歳の王子が、そこまでの御決断を、本当になさったのか? 新たな傀儡として、踊っているのではないか ”
と、そんな 一抹の不安が心に巣食ってしまった所以でもあった。
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