その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北辺の薬師錬金術士

希望への ” 窓 ” 

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 ―――― 『火の精霊』様の御座所のような、このナゴシ村。




 そして、そんな場所だから、精霊様の息吹は濃く、それに伴い、空間魔力だって他の場所とは段違いに多いのよ。 目の前のテーブルの上に鎮座している ゲルン=マンティカ連合王国の魔力通信機の受信機…… とっても旧式だと思うの。 

 見た感じは頑丈そうな箱なんだけれど、通信は音声のみ。 使われている術式も、洗練されているとは言い難い代物。 小さな銘板には、” 第ゲルン六百十二年式 試作移動式魔法通信機 改三型 ” なんて、彫ってあるんだもの。 

 ゲルン歴六百十二年…… 獅子王陛下とゲルン=マンティカ連合王国の交戦より前よ? 既に骨董品よ。 頑丈さから言うと、きっと軍での運用を考えて居たらしい、代物。 でも、あまりにも重く、あまりに使用制限が多いから、きっと正式採用には至っていない事は判るもの。

 だって…… 試作して、その上、三回も改良したのに、結局、ナゴシ村の通信室に置かれているのですもの。 一応、使えるのだけれども、使い勝手が物凄く悪い…… のでしょうね。


 その理由の一端も、伺えるの。


 このゲルン=マンティカ連合王国の魔法通信機…… 起動状態で、受信準備で固定されているのだけど、魔力の消費の仕方が極めて多いわ。 もし、これをク・ラーシキンの街に持って行って、” 人 ” が、運用するとしましょう。

 運用する人が、三日と持たず、体内魔力が枯渇するわ。 常時受信状態で、運用するなんて、本当に魔力の無駄遣いとしか言いようが無いもの。

 でも、このナゴシ村では可能なの。 それを許しているのが、莫大な「火の精霊様」の息吹が供給する、魔力なんだもの。




 ―――― そして、それこそが、私が本当に欲しかったものなの。





 シルフィーに目配せすると、ニヤリと笑い返さたの。 まぁ、彼女の事だから、私の考えている事なんて、いつもお見通しって事よね。




「リーナ様、まだファンダリア王国 西方辺境域より、魔力線は繋がっております。 長距離通信を可能にする魔力です」

「その通りね…… ありがとう。 ラムソンさん、外の警戒をお願いしたいのだけど…… ちょっと、人目に付きたくないの。 この村の人がやってきたら、知らせてくれたら嬉しいな」

「御意に。 それでは」





 辺りに目を配りつつ、【周辺警戒】の魔法を起動させてたのよ、ラムソンさん。 とても、頑張り屋さんなの。 苦手だった、【魔法】を使いこなし、少ない体内魔力をうまく制御しているわ。 良く見える目は、全幅の信頼を置く事が出来る程。

 もう、ラムソンさんが近くで警戒してくれたら、不意打ちの心配は無いわ。 安心して、作業に没頭できるもの。

 さて…… やらねばならない事は、南方辺境領 ダクレール男爵領のイグバール商会に通信できるようにする事。

 空の魔石も、これからの行動に重要な意味を持つ、イグバール様が量産して下さった 「魔道具」も、既に私の手元には無いんだもの。 戦う為には、武器が必要よ。 補給は命綱。 王都ファンダルに連絡を取っても、補給される筈は無いし、直接、懐かしい方々へお話を持って行かなくては、なにもする事が出来なくなるもの。

 シルフィーが言葉にしてくれたように、問題は長距離魔力通信を可能にする魔力なの。 魔力線に魔力を供給して、その魔力を介して、遠くに入らっしゃる方とお話するのが、長距離魔力通信の根幹よね。

 だから、それが出来る様な条件が揃っているこの場所の使用許可が下りたのは、大変に有難い事なの。




 ^^^^^



 ファンダリア王国の、長距離間の連絡の取り方には、大別して三つの方法が有るわ。



 一つは、専門の魔導師さん達が使う 長距離【 遠話 】の魔法を使用する方法
 一つは、【局所転移魔法】を介し、遠方に迄【魔法移動文書ハト便】を送る方法

 そして、もう一つ。

  まだまだ整備されていないし、制約も多く普及具合でいえば、珍しい物。 設置して使用する『固定式魔道具』である、” 魔力通信機 ” を使った方法


 の、三つの方法なの。



【 遠話 】 は、空間魔力を介して行われる、短文の遣り取り。 ハト便は、【魔法移動文書】 っていう魔法の通称で、特製の紙に魔方陣を刻み込んだ魔法具の一種。 【局所転移魔法】を使えば、移動距離は格段に伸びるのだけど、空間魔力が安定していないと、どこかに行ってしまうのよ。 そして、魔道具だから、当然魔力切れになって、文書諸共分解するようになっているわ。

 ほら、ク・ラーシキンのシャオーラン小聖堂で、「聖女修道女 アエリア」様が、ほぼ自爆しかけたでしょ? なんとか、【魔力昇華マジックドレイン】で魔力を打ち上げて、本格的な魔力爆発になる前に手を打てたんだけれど…… 街への被害を最小限に抑えた代償に、莫大な量の 『聖』 属性の魔力を打ち上げちゃったもんだから……



 ク・ラーシキンの街だけじゃ無くて、西方辺境域の北部の空間魔力が物凄く擾乱されちゃったようなのよ。



 前にもあったじゃない? 東方「穢れし森」…… 今では、「ブルシャトの森」って言われている場所でね。 あの時は…… ほら、バハムート王が手助けして下さったし、いろんな要因が絡まって、魔力擾乱はそれ程長く続かなかったし、強度もそれほど強くなかったわ。



【 遠話 】 も限定的ではあったけれど、当初から繋がったし……



 でも、ク・ラーシキンの街ではそうは行かなかったみたい。 混乱は、かなり長く続くかもね。 でも、それが理由で、私達が暗殺者ギルドの手引きで、ク・ラーシキンの街を易々と脱出出来たって云う事もまた事実。 だってね、シャオーラン小聖堂の聖女アエリア様が必死に私達の後を追っていた…… なんて事もあったからね。

 悪い事をしたとは思っているけれど…… 今はまだ時じゃないわ。 彼女…… 聖女様に御逢いして、何かをお話すると、それだけ色んな柵が出来てしまう。 確実にね。 聖堂教会だって、「聖女降臨」の事実を掴めば、動くでしょ?

 下手に私がその場所にいれば、それこそ、一緒に籠の鳥よ。 聖女様を御守する為には、手段を択ばないのが、聖堂教会ですもの。 

 そんな事は、かつての王妃教育のなかで、何度も教えられ、読み込んだ文献にも細かに記載されていたわ。 きっと…… 聖女様を護る為、希少な『薬師錬金術士』である私は、聖女様の御意思とか言われつつ、彼女の護りに任命されてしまう可能性が大きいのよ。

 どんなに辺境に戻りたいって云ったって、そこは、ほら、” 時を見て ” とか、” 聖女様と共に ” とか…… 私の意思とか、託宣された「使命」なんて、お構いなしに成ると思うの。

 聖堂教会にとっては、” 聖女 ” と云う存在は、手段を択ばず、最大限、大切に護らねばならない存在なんだものね。 高々、辺境の薬師錬金術士の個人的な ” 使命 ” など、一顧だにする訳はないわ。

 だから、ファンダリア王国の北西領域の通信はとても不安定で、未だに【 遠話 】すら通じないわ。 あまりの空間魔力に、ハト便でさえ目的地に到着するのが怪しいほど。 いわんや、空間魔力の安定度にその魔法の効果が左右される、【局所転移魔方陣】なんて使う事も出来ないわ。

 つまりは、ファンダリア王国北西部は、今現在、昔ながらのお手紙と、通信使での情報の伝達を強いられているって事。 そう推測出来る理由は、エストに何の連絡も入っていないからなのよ。 勿論、ギルドの方々からね。

 何のかんの言っても、エストは暗殺者ギルドの重鎮と云う事。 特にギルドのギルドマスターには全幅の信頼を置かれている、彼の「眼」であり、「耳」でもあった人なのよ。 だから、逃げ出した直後は、ちょくちょく私達にも連絡が来ていたわ。 西方辺境奥深くに足を踏み入れる前まではね。

 奥地に行けば行くほど、連絡の頻度は落ちて、かなり強度の高い【漆黒のハト便極秘の文書】も、滞っていったんだもの。 情報の内容も、美辞麗句がどんどんと削られて行って、最後には軍の情報連絡のように、宛、主文、発信元の三つしかない程だったわ。

 私宛のふみには、如何にク・ラーシキンの街が混乱しているかを述べていたんですものね。

 普通の通信方式での通信は、現在もまだ西方辺境域、北部地域においては、難しいって事ね。



 だから、私は遠く…… 本当に遠く ダクレール領にいらっしゃる、イグバール様に『ご連絡』をしようとすると。考えなくちゃならなかったの。 ちゃんと、秘話通信出来る様な、通信環境を構築するためには、どうすればいいかと。

 まぁ、そんな訳で、普通の長距離通信の方法は、試すだけ無駄って事なのよ。


 残ったのが、この魔法通信機により、有線接続による通信……


 だけだったのよ。 







 ええ、確信しているの……

 それを構築する為には、莫大な魔力の供給と、繊細で強力な制御を成し遂げる……




  ――― 魔法通信機を、手に入れる手段が在る事を。








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