その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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北辺の薬師錬金術士

そして聞こえた、懐かしき声

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 懐かしい、大切な思い出。 暑い南方の熱気と、潮風の記憶……

 そこに、確かに存在した、私の大切な人達。



 お師匠様、ルーケル様、イグバール様、ブギット様、エカリーナちゃん…… 蘇るのは、皆さんの笑顔、そして楽しかった南方辺境での日々……

 お話中のラディック様には、私の思いついた方法とお願いを、” 同時 ” にするわ。 南方辺境から『 荷物 』を、送ってもらうなら、絶対に信頼を置ける ” 輸送商会 ” は、必要なんだもの。 そこで、暗殺者ギルドが ” 隠れ蓑 ” にしている筈の、商会の出番になると云う訳。

 イグバール様に魔石や魔道具を調達してもらうのは出来るかもしれないけれど、イグバール商会には、ファンダリアの北の端にまで持ってきてもらう輸送手段は無いものね。 だから、そこは暗殺者ギルドに手助けしてもらうの。 ギルマス様は、要望が在ったら、なんでも言えって、仰ってくださったんだものね。


 お願いします。 どうか、どうか、必要な物資を…… 私の手元に。 

 まだ、間に合います。 異界の魔力の拡散は、ゆっくり進行しているのです。

 今なら、まだ十分に対応できます。

 だから、どうか、どうか、お願いしたいと思います。


 説明を終えて、ラディック様の反応を待つの。 困難だけど、出来ない事は無い。 そんな長・長距離の魔法通信には、桁違いに大きな魔力を要求されるのも知っている。 でも、それが可能な程の、” 魔力の源泉 ” に、私達は居るの。 問題は ” 人の意思と、強い想い ” なの。 技術的には、可能なのよ。 ただ、今までにそんな事をした事例が無いだけなの。

 大変なお願いだけど、出来る筈なのよ。




「……理解はしました。 その通信方法を遂行するには…… 様々な障害が御座いますな…… あぁ、輸送の事に関してはお任せください。 使える輸送商家は、より取り見取りです。 小は個人や放浪者ノマドの商人から、大は このク・ラーシキンの街の最大の商家まで。 莫大な量であっても問題なく、お届け出来るでしょう。 引き渡しの場所は考慮に入れなければなりませんが。 それでも、我らがギルドであれば、なんとかできますでしょうな」

「ご迷惑をお掛けするのは判っております。 ならば、少しでも負担の少ない方法を模索せねばなりますまい。 そうですね…… では、ファンダリア国内でどうでしょうか? 国境は割りません。 ゲルン=マンティカ連合王国の領土内に侵入するとなれば、それ相応の警備等も必要となり、人目を引きます。 どうでしょうか、時と場所を選定し、ファンダリアの国内の何処かで、お待ち申し上げるのは?」

「ならば、何の問題も御座いません。 それならば目立つことも有りますまい。 それに、荷の護衛には、このギルドの精鋭をお付けします。 荷が途中で無くなるなどと云う事は、まず有り得なくなります」

「” 暗殺者ギルド ” の精鋭となると、絶対の安全を保障されたのも同義で御座いますね。 安心いたしました。 あとは…… ラディック様の、御懸念は通信線だけで御座いましょうか?」

「ええ、そうですね。 なにせ、長大な通信距離。 今でも、リーナ様があの村からお話されているとは、にわかには信じがたい」

「で、御座いましょうね。 この様な通信方法は前例がありませんもの。 しかし、こちらの状況はお伝えした通り。 まだまだ、魔力には余裕が御座いますもの。 この通信機はこのままの状態で固定しておきます。 そちらから何か、わたくしが必要とするであろう事柄が御座いましたら、物資の手当てが付くまでの間ならば、何時でもお知らせ頂けますわよ? それに……」

「それに?」

「その任には、エストにお願いしたく思っております」

「!!!」




 声なき喜びの気配。 そうよ、ラディック様はエストの声が聴きたいのよ。 あちら側はきっと姿も見えて居る筈だしね。 だから、そう配慮したの。 これは、ささやかながら、私からラディック様への感謝の気持ちなの。




「長らく語らいの無かった、ご家族ですもの。 この通信は極秘通信、誰もが聞き耳を立てられるようなモノではございますまい? 如何でしょうか?」

「……さても、さても、リーナ様は弱い処を突くのがお上手ですな。 判りました。 リーナ様が敷かれた魔力線を、南西街道の魔力線に御繋ぎしましょう。 上手く…… 繋がればよいのですが」

「期待しております。 もちろん、こちらから観測も出来ますので、繋いだ後は別段特殊な事を、お願いする訳でございませんわ。 ただ、黙認して頂ければそれに勝る喜びはありませんもの」

「……承知しました。 では、早速取り掛かるとしましょう。 エスト…… リーナ様の事は頼む。 どうも破天荒な思考の持ち主であるからな」

「勿論に御座いますわ。 。」

「!!! そ、そうか…… エスト、健勝にな」

「はい!」




 微笑ましい、親子の会話。 憧れるわ。 無条件に愛すべき人を愛するのよ…… 慈愛、友愛…… もう、言葉では言い表せないもの。 小型の通信機を前に、涙ぐむのはエスト。 



 そうね…… 

 そうよね……



 だって、親子なんだもの。 シルフィーが複雑そうな顔をしているわ。 きっと…… 彼女もまた思い出していたのかもね。 今は居ない肉親の方々を…… 暖かな日々を。 失ってしまった者達は戻らないかもしれない。 でも、これから、貴女も…… 家族を作る事は出来るのよ。 ねぇ、そうでしょ、シルフィー。


 掴み取るわよ、そんな日々を。 ええ、私は、その為に ” 再誕 ” したんだものッ!


 この世に生きとし生ける者達が、笑顔で過ごせる、そんな世界を、 ” 見出す ” 為にッ!




 ************





 通信線は、次の日には南西街道に繋がっていたわ。


 村長様にお願いして、エストを、『この通信小屋に常駐しても良い』 と、云う御許可を頂いていたの。 勿論、従来からある魔法通信機には一切手を出さないって事は条件に含まれているけれどね。 それを担保する為に、私が魔法通信機を使うときには、侍女として付いているリタさんの同席が求められているわ。


 当たり前すぎて、どう答えて良いか判らない程ね。


 笑顔で大きく頷いて、その条件を受け入れたの。 エストの件をお願いする時に、一応、南方の方々への通信線を確保できそうな事も、一緒お伝えしたの。

 かなり驚いておいでだったわ。 そうね、判るわ。 第一、この村から、ドラゴンバック山脈を越えての通信すらままならないんだもの。 その距離の何倍、何十倍もの距離を越えた通信でしょ?


 それは、驚かれるに決まっているわ。


 クエスト村長様は、どうやってそれを実現できたのかって、興味深くお聞きになったのよ。 でもね、それは、内緒。 だって、かなり特殊な方法な上、一応、私はファンダリア王国の軍属でもあるのよ。 あんまり、その辺の事は、言えないわ。 

 例えお教えしたとしても、簡単には実現は出来ないけれど…… でも、この村の人達って、たしか…… エストも言っていたけれど、あの「大召喚魔方陣」の運用部隊に配属されていたんでしょ?

 万が一って事だって…… あるもの。 世界を混沌に導きそうな事は、お教えできませんわよね。 だから私は、笑顔でクエスト村長様の質問を躱しながら、エストの件の許可はしっかり頂いたの。


 ちょっと、腹黒さんに成った気分ね。


 でも、これで、やっと…… 準備は整ったわ。 魔力は莫大な量が溢れている。 その魔力を使う許可も、「火の精霊」様にお願いして頂いた。 魔法通信機は整備した。 通信線は、南方辺境域、ダクレール領まで、繋がった。 

 これで…… やっと…… イグバール様に、ご連絡が取れる。 ええ、取れるのよ。




 ^^^^^



 小屋の中では既にエストが準備を終えていたわ。 シルフィー、ラムソンさん、そして リタさんと、一緒に小屋に入ると、はじかれたように立ち上がって、深々と一礼をしてくれたの。




「リーナ様。 準備は整いました。 南方辺境域、ダクレール領、イグバール商会の ” 呼び出し符牒 ” も、入手しております。 何時でも通信可能です」

「通信線の構築…… 御疲れ様でした。 ナゴシ村から、ク・ラーシキンの街、南西街道を経て、セトロ=アレンティアに向かい、ダクレール領までの構築。 本当にお疲れさまでした」

「魔力が豊富であったこと、敷設された魔力線が上質な物であったこと。 いくつもの『 幸い 』が重なりました。 幸運であったと…… そう思えます」

「皆さんの努力と精霊様の御加護のおかげです。 皆さんと精霊様に、感謝申し上げますわ」

「「「リーナ様……」」」



 深く腰を折り、エスト、シルフィー、ラムソンさん、そして、一緒に来ていたリタさんに、感謝を捧げるの。 勿論、精霊様には感謝の祈りもね。

 ”イグバール様への通信は、この世界に、光を齎す、一筋の道なのです。 精霊様…… わたくし、エスカリーナ。 全霊を以て、伏し祈り、精霊様の御助力に感謝申し上げます。 願わくば、私に光へと続く道をお示しください。”

 深く祈る私。 そして、微かにこうべを撫でられる感覚…… ” 是也 ” の精霊様方の御意思を感じ取ったの。 

 よしッ! 行けるわッ!!





「では、始めます。 遥か南方の、私の大切な方々に…… 声を…… 『御話』を、届けねばなりません」





 通信機に向かい、小さな椅子に腰を下ろすの。 たぶん荒れた状態だけど…… 映像もちょっとは送れるかもれないわ。 小型の魔法通信機だけど、機能は詰め込むだけ詰め込んだもの。 イグバール商会の通信機も結構、高級なものの筈よ。

 だって、商会の通信機だもの。 それも、南方ダクレール領の商会よ? 流石に、ちゃちな物じゃ無いと思いたいわ。

 呼び出し符牒を、何度か送る。 距離も遠いから、ちゃんと届いているのは、少々不安に成るんだけれど…… そんな不安を吹き飛ばすような、明るい声と輝く笑顔の画像が、私の目の前に飛び込んできたの。






「ようこそ、イグバール商会に!! お求め物は何でございますか!! お相手は、エカリーナ=ファージストが、御勤め致します! どうぞよろしくお願いしますねッ!」







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