その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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薬師錬金術士の歩む道

疾風の帰還

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 商隊の方々……




 物凄く疲れていらっしゃったわ。 えっと…… なんて云うか…… 草臥れ切っている? みたいな感じなの。 エストが、商隊のおさである、親方さんとお話してくれたの。 一体何が起こっていたのかってね。

 ギルドの紹介でのお仕事で、その上、ギルドの精鋭さん達が護衛に付いてくれていたのに、なぜ、此処まで遅れたのかが気がかりだったの。

 商隊が辿る道に、なにがあったのか。 この丘の状況を見るに、相当困難な行程だったとは思うわ。 きっと、” 汚染 ” されている場所だって、沢山あったろうし…… その上、立派な箱馬車を二台も連れているのだから、夜盗や山賊にも狙われるだろうし……




「お嬢…… いやはや、トンデモナイ道行でした」

「どうしていたの? 貴方達なら、この護衛と一緒なら、どうと云う事も無いでしょうに。 北部辺境域は、食えなくなって、人すら逃げ出している筈よ? 野盗やら、山賊だったら、瞬殺でしょうに。 ……それ程、危ない雰囲気が漂っていたの? 商隊の誰かの調子がおかしくなったの? その…… 私みたいに…… 身体が変化して?」

「いえいえ、そんな事は有りませんでした。 お嬢…… その、言い辛いのですがね……」




 エストが腰に手を当てて、詰問口調で尋ねているの。 そこまで、高圧的にしなくたって…… 草臥れていらっしゃるんだから。 それに、汚染のひどいこの丘まで、やってこられたのよ? もうちょっと……ねぇ…… 言葉を濁されている親方さん。 エストと同じ、鼠人族のおじさんなんだけれど、抜け目なさそうな容貌なのに、表情は困惑しきりなの。

 エストの言葉通り、もし、誰か商隊の方の中で、身体大変容メタモルフォーゼを発症し始めているのなら、直ぐに治療しなくては成らないし、今も「異界の魔力」にあてられているのならば、【解呪】とか【神聖浄化】で、汚染を払わないといけないし……




「この辺りの汚染は、織り込み済みなんですよ、お嬢。 その為に、聖堂教会の神官様から護符も戴いておりますからね。 ほら、北部大聖堂の護符ですよ。 貴重なポーションも、暗殺者ギルドのマスターから頂いておりました。 汚染に対しては、まぁ…… いつも通りなんでね。 それよりも、アレ…… なんですか?」

「アレとは? どういう意味?」

「御存じないんですか? ここ一週間、街道と云う街道に聖堂騎士達が溢れかえって、行商の者達の荷物を掻っ攫っているんですよ。 特に、大型の荷馬車を持つ商隊は目の敵の様に…… ギルドの腕っこきが居なかったら、北部領域に入った所で、接収…… されちまっていたでしょうな」

「そ、それは、本当ですか?」




 思わず、会話に入ってしまったの。 聖堂教会の聖堂騎士達って…… まさか、親征の随伴に来ている人たちの事なの? 十分な物資を引き連れている筈よ? 親征でガングータス国王陛下の御側に侍る部隊なのよ? それが、なんで……




「えっと…… こちらのお嬢さんは?」

「私の主です。 辺境の聖女、薬師錬金術士リーナ様です。 ご挨拶を」

「えっ、この様な素敵な方お嬢様だったのですか! それは、それは! お目に掛かれて光栄に御座います。 商隊キャラバン 『 エスポワール 』 を率いる、アンナンダと申します。 見ての通り、鼠人族の商人御座います。 御用命、有難く存じます」

「薬師錬金術士リーナです。 アンナンダ様、お見知り置きを。 遥か南方の辺境領域より補給物資を運んで頂い事、誠に有難く存じます」

「いえいえ、これが商売ですからな。 破格の御代も戴いております。 無事に荷馬車二台をお届けできた事、嬉しく存じます」




 お互いに深々と頭を下げたの。 アンナンダさん、ちょっとびっくりされているね。 エストがどんなお話を、暗殺者ギルドに通していたのかは、知らない。 でも、きっと、私達が第四〇〇特務隊だって事は、伝えて居る筈よね。 一応…… ほら、軍事物資扱いで、運んで貰っているもの。

 普通なら、第四軍 指揮官直下の部隊の補給物資なら、検閲無しで運べるから…… 

 貴重な大型の魔石も沢山必要だし、イグバール様の符呪した魔道具も積載されている筈。 その上、馬車自体だって、きっと、いろんな仕掛けがして有る筈なんだもの。 街の出入りでイチイチ検閲されてたら、どうなる事やら…… 緊急事態と云う事で、軍需物資を民間の商人さんに運んで貰うって形にしたんだもの。

 領軍でも国軍でも、輜重部隊の方々の多くは貴族籍を持った人。 だからという訳では無いけれど、かなり高圧的な方々も多いのは事実。 まして、アンナンダさん、鼠人族でしょ? きっと、今までに嫌な思いも沢山していらっしゃったと思うのよ。

 軍の仕事…… それも、北部辺境域への物資輸送…… 普通の商人の方では、そうは受けないわ。 そう云うモノよ。 

 きっと…… そんな事情があるから、私が真剣にお礼を述べて、頭を下げて感謝を捧げている事に、驚きを隠せていないだと思うの。 

 信には信を。 礼節には礼節を。 大切な事だものね。





「お嬢…… この方は、こう言った方なのか?」

「ええ、そうよ。 リーナ様は私達を蔑視したりしない。 すべての種族に対して、礼節を尽くされるの。 判った? なぜ、私がこの方に侍るか。 命を助けて貰ったからじゃない。 私を ” 人 ” として、認めて下さっているからよ」

「…………鼠をですか」

「ええ。 ところで、その聖堂騎士達は、どこの所属なの? 自由商人の荷を奪うと云うのは、王国法でも禁止されている筈でしょ?」

「あの紋章は…… 王都聖堂教会の所属でしょうな」





 まったく…… どう云う事よ。 聖堂教会から、潤沢な物資を運んでいる筈なのに…… ゲルン=マンティカ連合王国との戦をしようって云うのだから、輜重は重要よ。 「ソデイム」「ゴメイラ」の両聖堂都市は、それ自体では成り立たない都市なのよ。 だから、拠点として利用するなら、全ての物資を持って行かなくては成らないのよ。 

 その事は、第一、第二軍の高級司令官の方々はご存知の筈よ? 北伐の親征を企画するのならば、もっとも重要視するべき事柄な筈なのに…… まだ、北の荒野に入る前で既に物資の徴用? 

 軍事常識から言うと、甚だしく逸脱しているわ。



 …………北部辺境域の北辺はこの通り「汚染」されている。

 …………御領を預かる貴族も疲弊している。

 …………領民すら南方へ避難を始めている。

 …………物成りは期待できない。

 …………御領主様方の御家の備蓄だって底を突いている筈



 そんな事は、事を成す前に事前に分かり切っている事なのに? 何故? 


 考え込む私。 荒野を渡る風の音が、妙に耳に付くわ。 誰も言葉を発しない。 顎に当てた手。 見詰める先は、荒れ果てた地面。 思い浮かんだのは、煌びやかな装束を身に纏う聖堂騎士達の姿。




 ………… ガングータス国王陛下

        傅くは……

         …………デギンズ枢機卿



 嫌な汗が額を伝う。 まさか…… そんな事は…… いくらガングータス国王陛下だって…… いくら、デギンズ枢機卿だって…… 傲岸不遜で鳴る、聖堂騎士だって……



 戦野に赴くなら、その気概は…… 『戦士』であるべきよ……ね



 でも、万が一…… 万が一よ、ガングータス国王陛下も、デギンズ枢機卿も、そして、聖堂騎士達も…… その気概が無く、親征という重みも感じず、命の遣り取りであると云う認識も薄く……




 ――― 自分が死ぬ事を『想像』出来ていないとすれば ―――




 額から頬を伝った汗が、手を当てている顎に達する。 一陣の風が私を包むの。 黒い風が、私の髪を揺らす。 頼もしくも、優しい香りが香るの。 ハッとして、視線を上げるの。 極めて厳しい声が聞こえるわ。 綴られた言葉は、私の耳朶を打ち、予想していた最悪な出来事を告げるの。







「飽食していました。 アイツ等、『物見遊山』気分でしょうね。 集まった兵を見て、既に勝った気で居るんですよ。 …………お待たせいたしました。 シルフィー、只今、帰りました」





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