その日の空は蒼かった

龍槍 椀 

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断章 25

 閑話 白いハトの便り(3)

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 ロマンスティカ=エラード=ニトルベイン大公令嬢は、二つの顔を持つ大公家の令嬢であった。

 …………表向きは。




 ファンダリア王家の藩屏たる、ニトルベイン大公家の末娘としての彼女。 そして、彼女が所属する王宮魔導院、特務局では、第四位魔術士としての顔。

 王城コンクエストムに於いて、彼女の姿を見ない日はそうそうない。 ウーノル王太子の執務室に於いて、王宮学習室のアンネテーナ嬢の傍に於いて、さらに、王城学習室の離れに滞在する『海道の賢女』ミルラス=エンデバーグの傍に於いて。

 更には、執政府、内務寮、外務寮に於ける彼女も居る。 現宰相、ノリステン公爵が三男 エドワルド=バウム=ノリステン子爵の婚約者としての彼女も、存在している。

 彼女は今、王宮魔導院の施設の中にいた。 それも、他の部局からは隔絶されている、特務局の彼女の執務室。 厳重な【重結界】を何重にも施した、彼女の執務室は、他の王宮魔導師達から、”不落の要塞”とも、揶揄されるほど。

 王太子府にて、知り得た情報を、詳細に記録し保管する事も又、彼女の役目でもあった。 そこには、主観を廃し言葉で言い表された ” 事実 ” のみを記録していく事が、要求されている。 誰の干渉も受けないと云う、そんな貴族社会での無理難題を解く為、彼女の執務室は、ここ王宮魔導院に設けられている。

 薄暗い魔道院特務局、ロマンスティカの執務室。 魔法灯の揺らめきが、彼女の美しいかんばせに、様々な感情の色を浮かび上がらせている。 時には怒り。時には悲嘆。 珍しいのは、歓喜の表情。

 いつの間にかに、執務机の傍らに、一羽のハトが止まっている。 厳重な【隠遁】の魔法が展開していた。




「…………リーナのハトね。 お便り嬉しいわ」



 そう云うと、ハトの頭を撫でる。 途端に純白のハトは一通の書簡に変化する。 封緘は既に解かれている。




「まぁ…… 王家の紋章を封緘代わりにするのね…… つまりは…… そう云う事なの?」




 促されるように彼女は書簡を手にし、その内容を精査していく。 彼女の目に映る流麗な文字は、彼女のよく知った人物の物。 そして…… ロマンスティカは眉を寄せる。 内容が内容なだけに、その処置に…… 困惑を覚える。

 多くの記述は、北伐軍道に掛けられた、重結界術式。 綻びが多く、このままでは崩壊してしまうと。 そこで、リーナが綻びを修正し、更に効力を高めるともあった。 その事により、重結界の制御術式の管理者がリーナに一部移動する事になったと……

 目的を類推するロマンスティカ。 思い当たる点は、一点。 聖堂教会が重結界に穿った穴の補修…… つまり、ファンダリアは獅子王が世に習い、北の荒野への結節点を、北伐要塞に集約したと云う事。





「あの子らしいわ…… もう…… これで、ファンダリアの軍が…… と云うよりも、あの子の許可を受けない者はだれ一人として、ファンダリア国境から北の荒野に向かうべくも無くなったって事ね」





 思案に暮れるロマンスティカ。 第一報を、彼女の師に告げる重要性を認識する。 その、重結界を敷いたのは、他でもない老賢女なのだから。 読み進める手紙には、手紙の主の事柄も、綴られている。

 更に表情が大きく歪むロマンスティカ。 そこに綴られている事実に、驚きもある。 何故、そう云わなかったのか…… と云う怒りにも似た感情も湧き上がる。 彼女を取り巻く環境が、彼女をして、黙秘する事を選ばせたと…… そう認識していても、やるせなさが湧き上がる。





「……貴女が。 貴女が何者であったって、わたくしの大切な妹よ。 何度も、何度も贄に差し出した、こんなどうしようもない姉だけど…… 貴女の事は…… 大好きなのよ…… だから…… 戻ってらして。 どんな姿に成ろうとも、どんな力を得ようとも、貴女は…… 私の大切な妹なのよ」





 呟くロマンスティカ。 最後の署名に目を落とし、彼女は嘆息する。





 ” 私の大切な御姉さま。 どうか、どうか、ファンダリアを御護りください。 皆に安寧と平穏を、お与えください。 親愛なるお姉さま、愚妹よりの、最後のお願いで御座います。

                      ―――― 薬師錬金術師 エスカリーナ ”




 その署名に瞑目する。 既に時は来てしまった。 また、彼女を贄にするような真似をしてしまった。 ロマンスティカの心に去来する虚無感は、そのどうしようもない寂寥感と共に彼女の胸を押しつぶす。




「……エスカリーナと、そう自分を呼ぶのね。 もう、リーナでは無いと? でもね、貴女が、リーナでも、エスカリーナでも、私の大切な妹には違いないの。 帰ってらっしゃい。 そして、兄弟姉妹でお茶会をするの。 晴れ上がった、王宮庭園で、誰憚ることなく、皆で笑い合い語らうのよ。 あの時は大変だったって…… 笑顔でね。 約束よ。 忘れないで…… お願い……」




 手紙を胸に押し付け、深く頭を垂れるロマンスティカ。 閉じられた双眸から止めどなく涙が零れ落ち、膝の上にぽろぽろと落ちていく。





「絶対に、帰ってらっしゃい。 待っているわ…… ええ、私は、待っている。 私の妹。 王女エスカリーナ。 貴女の事を…… 待っているわ」







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