ノスタルジック・エゴイスト

二色燕𠀋

文字の大きさ
169 / 376
The 10th episode

※12

しおりを挟む
 眼鏡を外して表情が見えなくなるくらいまで近くなる。自分のネクタイを緩めている速見の指先を見て、あぁ、こいつは人は殺せねぇなとふと潤は思った。

 耳元から首筋に伸ばされた左手に一瞬強ばる。これは昔からの癖だ。
 そしてこんな時、つまりはキスの最中なんかにこんなことをして来る奴は本当に変態なんだと違うことを考えるようにして、その考えの方が間違えだった。

 結構キモいな。てゆうか長えな。酸欠になって死ぬんじゃねぇかこれ。てゆうかしつけえな。やっぱ変態…。

 ネクタイはどうやらどこかへやったらしい。空いた右手がやんわりと潤を押し倒しながら潤のシャツのボタンに掛かったとき、少し制した。

「ちょっ…待った…!」
「え…?」

 漸く一回動きがストップ。表情もわかる。かなり欲情しているなか申し訳ない。
  てか眼鏡を外した顔がなんというか目力ハンパない系だった。

 さすが上官。欲情しているからだろうか。思わず潤は笑いそうになってしまったが、「あの、せめて風呂入りません?」の一言でなんとか誤魔化した。

「え?」
「多分俺汗臭いんで…」
「その方が」
「俺あと潔癖なんですっ」

 なんつったよ今。マジかよ。たまにいるけどマジかよ。

「あぁ、そうなの…」
「すみません…あとね、シャンプーの匂いとか堪らなく好きなんです、ハイ」
「あぁ、確かに」

 どうやら納得したらしい。嬉々として立ち上がり、速見はバスルームに消えた。

取り敢えずまず一息。
なんなんだこの状況。

 ふとシャツを見て、てか俺はネクタイしたままなのか。より変態じゃないのか、なんなのあいつ、潔癖じゃなくてもキモいわと溜め息を吐いてネクタイを外した。残っていたビールを流し込む。仄かに冷たい。

 いやしかしこれは惨めすぎる。何かしら持ち帰ろうと思い、取り敢えず辺りを見回してみて、速見のジャケットが目についたので、試しにポケットを漁ってみた。

 なんだかよく分からない錠剤入りの瓶を発見した。3、4粒ポリ袋に入れてこっそりパンツの右ポケットにしまう。

 その辺で速見が戻って来てしまったので、「お借りします」と一声添えて風呂に入る。

 もちろん、自分が入浴中に手荷物を漁られては困るので、然り気無く錠剤はバスルームのシンクにでも隠そうかと思いバスルームの扉を開けた。

「なんじゃこりゃ」

 思わず呟かずにはいられなかった。

「ははっ。初めて?」

 シンクが水槽だった。金魚が優雅に泳いでる。なんなのこれなんの意味があるの。てか誰がどうやって世話すんのとか潤が呆気に取られていると真後ろからピッタリと忍び寄るように抱きつかれた。

 そして然り気無くポケットに伸びてくる手と。ヤバイと感じてその伸ばされた手をどうにかしようにも遅かった。もうそれは、彼の手に渡ってしまっていて。

「…これは?」
「…常備薬です」

 彼が手にしているものを見て安心した。自分の常備薬をたまたま左のポケットに入れておいた。彼はそっちを取ったらしい。

「…まぁ、不規則な仕事だからね。精神的にも、肉体的にも、辛いことはあるよね」
「まぁ…あの、」

 てか、知ってんのかよこの薬。

「わかってるよ。別に誰かに言ったりしない」

 耳元に掛かる吐息が熱い。ベルトに手が掛かる。そのまま首筋に這われる舌のざらつきがなんとも気持ち悪いが、ふと鏡を見れば自分の表情も案外まんざらでもない。金魚が泳いでる。

 こんな自分があぁ、なんて嫌いなんだろうなと思ったがそう言えば自分は、この手が掛けられたパンツのポケットの中に忍ばせた薬物だろう物体を隠さねばならない。

「速見さん、速見さん」
「ん…?」
「風呂、入らせて」
「あぁ、そうだったね」

 再びお預けを食らった速見は、だが案外あっさり離れてにやっと笑い、「楽しみにしてるよ」と残した。

 途端に背筋が凍り、萎えた。俺、一体この後どうなるの。相手は多分、ジャンキーだよ。

 潤はまず、シャワーを熱めにしてありとあらゆる興奮を脳に詰め込んだ。なんならマスかく勢いだった。しかしそれでは意味がないのでほどほどの興奮に抑えて風呂から出た。

 そしてやっぱり金魚にびびった。
 やっぱりこれなんか意味があるの。てかここで歯を磨けというの?勘弁してくれよ。つか出てくる水は大丈夫?循環してなんか金魚が泳いだその水とかだったらぜってぇ歯ぁ磨きたくねぇよとか考えて、てかそうだ、シンクに錠剤を隠そうと思ってたんだと思い出す。

 ついでだし服を着て、ポケットから錠剤入りのポリ袋を取り出し、引き出しの中に常備されていた歯ブラシセットやその他を出しそこにポリ袋を隠した。こうしておけば速見が引き出しを開けることもないはずだ。

 引き出しの中にはもちろんながら金魚はいなかった。どういう構造なのホント。

 てかせっかくだしと思って歯磨きをしようと歯ブラシセットを持って、しかしここの水は嫌だ。風呂場に戻ろうとしたら、「どうしたの?」と声が掛かり、びびる。

「いやぁ…歯を磨こうかと…」
「え?」
「だって、なんか金魚いるから…」
「あ、ははは!そうだね、うん」

 速見はそこで歯を磨き始めた。気が気じゃない。てかあんたよく平気だな。
 歯を磨いて風呂場から出る。髪だけ塗れたスーツ姿の自分が鏡に写るのを見て、よくわからなくシュールだなぁ、とかぼんやりと潤は思った。

「それを着るのは気にしないんだね」
「あぁ、はい…」

もうなんとでも言ってくれ。そこで今髭まで剃ってるあんたもどうかと思うしな。

 顔を洗ってスッキリしたのか、ニタニタ笑って「どう?」とか聞いてくる。

「あぁ、いいんじゃないですかね」
「そうか、そうか…」

 溜め息が出そうなほどの変態笑顔。溜め息を殺して一息吐き、潤はドライヤーを手にした。それを見た速見はニタニタしながら出て行った。

念のため引き出しを確認すれば、取り敢えずバレていない様子。胸を撫で下ろして髪を乾かす。やはり金魚が気掛かりだ。

 乾かし終わって部屋に戻ると、速見がベットに座って待っていた。そうかと思い直して潤は離れた興奮を頑張って頭に詰め直す。

 速見は歯を磨いたというのに、残っていたビールを飲んでいた。なんだ、手持ちぶさただったのか。

 潤を見て、なんだか優しい笑みを浮かべ、持っていたグラスをテーブルに起きに立ち上がる。我慢の限界だったのか、そのまま潤を促し、一度抱き締めて濃厚な、かなりしつこめの口付けをかましてくる。ビールの味がする。

 そのまま押し倒され、片手は絡め取られるように。片手でするすると脱がされていく。しかし脱がせ方がまたしつこい。なんというか、しつこい。

「君、首筋が綺麗だよね」

 しかも最中に気付いたが噛み癖があるし、しかもなんか愛撫が無駄に長い。それが嫌になって一度選手交替。体勢を代えて咥えてやるが、

「ふっ…!」

頭を鷲掴みされるし。

 だが、「シャンプーの臭いって確かにいいね」とか言われるそれに少し燃えてしまうあたり自分もなかなかキている。

 どれだけ頑張っても主導権は握れなかった。自分が上ですら、相手の方がなんか強いし。

 そんなこんなで明け方近く。凄く焦れったいプレイのクセに相手は5回以上イく程の超絶絶倫野郎で、最後は正直死ぬんじゃないかと潤は思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

【本編完結】婚約者を守ろうとしたら寧ろ盾にされました。腹が立ったので記憶を失ったふりをして婚約解消を目指します。

しろねこ。
恋愛
「君との婚約を解消したい」 その言葉を聞いてエカテリーナはニコリと微笑む。 「了承しました」 ようやくこの日が来たと内心で神に感謝をする。 (わたくしを盾にし、更に記憶喪失となったのに手助けもせず、他の女性に擦り寄った婚約者なんていらないもの) そんな者との婚約が破談となって本当に良かった。 (それに欲しいものは手に入れたわ) 壁際で沈痛な面持ちでこちらを見る人物を見て、頬が赤くなる。 (愛してくれない者よりも、自分を愛してくれる人の方がいいじゃない?) エカテリーナはあっさりと自分を捨てた男に向けて頭を下げる。 「今までありがとうございました。殿下もお幸せに」 類まれなる美貌と十分な地位、そして魔法の珍しいこの世界で魔法を使えるエカテリーナ。 だからこそ、ここバークレイ国で第二王子の婚約者に選ばれたのだが……それも今日で終わりだ。 今後は自分の力で頑張ってもらおう。 ハピエン、自己満足、ご都合主義なお話です。 ちゃっかりとシリーズ化というか、他作品と繋がっています。 カクヨムさん、小説家になろうさん、ノベルアッププラスさんでも連載中(*´ω`*) 表紙絵は猫絵師さんより(⁠。⁠・⁠ω⁠・⁠。⁠)⁠ノ⁠♡

10秒で読めるちょっと怖い話。

絢郷水沙
ホラー
 ほんのりと不条理な『ギャグ』が香るホラーテイスト・ショートショートです。意味怖的要素も含んでおりますので、意味怖好きならぜひ読んでみてください。(毎日昼頃1話更新中!)

芙蓉は後宮で花開く

速見 沙弥
キャラ文芸
下級貴族の親をもつ5人姉弟の長女 蓮花《リェンファ》。 借金返済で苦しむ家計を助けるために後宮へと働きに出る。忙しくも穏やかな暮らしの中、出会ったのは翡翠の色の目をした青年。さらに思いもよらぬ思惑に巻き込まれてゆくーーー カクヨムでも連載しております。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...