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The 33rd episode
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目が合えば祥ちゃんは少し笑って言う、
「あれは瀬川恭太の仕業でしょ」と。
「…恭太?」
「知ってたんじゃないの?国勢調査で行ったとき多分、流星は気付いたよ」
「…なにが」
「瀬川恭太は谷栄一郎を担当してたんだよね」
「よくご存じで…」
「彼は“昴の会”の血を引く子供で、俺がもしもあの日始末しに行ったと言ったら信じるかい?」
「…は?」
「簡単なことだよ」
一瞬祥ちゃんは酷く冷めた表情だったが、またすぐにいつもの優しい笑顔で言う、「俺は生まれた場所に囚われすぎているのかもしれない」と。
「そこは、君が知らないような汚れた場所だったんだ」
だけど。
ケリーのあの部屋は真っ白だったんだよ。
と、言おうとしたけど。
「…難しいこと考えてるでしょ、潤。
俺はそんな君のこと、嫌いじゃないんだけどね。どうしてだろうね。君にはこうやって内緒話もする」
「祥ちゃん、でもさ、」
「俺が望んだのは破壊だったはずだったんだ、潤」
「…なにが、」
「それを邪魔したのは恐らく…、
君しかいないんだよ。世界は、それほど淀んでいなかったなってね。
だけどこの決意は揺らがせないつもりだからさ、」
なに、
「もう君とは共にいないと決めたよ」
一瞬何を言われたのかわからなかったのに。
「…あぁ…」
どこがで。
「…だから、
暁子はそれには早計過ぎたから俺が殺したし、勘づいた瀬川恭太に俺は一時期張られていたし。多分、“昴の会”の人間だと、うっすら気付いたんだろうね。
そう聞けば彼が残した物の意味はわかるでしょ?いや、すぐに辿り着くだろうね」
「待って、」
どこかで。
祥ちゃんはふと前を見て「あぁ、彼も待ってるね」と言った。
振り返れば辻井がまだ少し先にいて、目が合って気まずそうにそそくさと省舎へ歩き始めた。
「悪者かもしれない、俺は。
だからどうせなら、やりたいように方をつけようと思うんだ、潤」
「…なにそれ」
「君には君の正義がある。みんなそうで、そんなもの本当は偶像だから。
だから俺は捕まえてみようかな、なんてね」
本当はどこかで。
「…なんで、そんな、」
「まぁ、ハデスの犬だから」
祥ちゃんは優しく、
誰か過去の人を思い出すような、そんな笑顔でふらっと先へ歩き出し、軽く俺に手を振った。
本当はどこかで、ねぇ祥ちゃん。
多分、俺もそれ、わかってたんだ。
だからこそ。
「無駄死にだけは本気で許さないから」
そう背に声をかければ驚いたように祥ちゃんは振り向いたけど。
悲しい、泣きそうな気がする。そんないらない笑顔を向けてはまた、前へ歩き出してしまった。
『あんた、かっこいいな』
出会った日に祥ちゃんに言った俺の言葉を思い出した。
揺るぎない犠牲。それが自分であること。
だけどいま、どうしてだろうな。
すごく、どうしても。
歯を食い縛るくらいには腹がたっている。
あの人を見るようで、虫酸が走るんだ、ホントに。
俺もいい加減に仕事に戻ろう。
だけど部署前で一回給湯室に寄って顔を洗った。泣いてないけど引き締めたくなった。
一人で部署に戻った俺に「あれ、」だの「どした?」だの声が掛かる。
「おい潤、旦那どうした」
「あ?旦那は流星だろ」
「いや違ぇけど」
「あー、王子だからな」
「いや違ぇけど」
「いーから仕事するよ、お前ら」
「いや待て、」
「お前が言うか普通。祥真はどうしたって」
「使えねーから帰した」
「は?」
「は?」
二人は騒然、というか部署全体が地味に騒然。マトリ野郎だけ腕組みで構え「喧嘩だったんすか?」とクソほど空気読めない発言をぶん投げてくる。
「あ?違ぇよ殺すぞ前髪」
「なんかわかんねぇけどお前にスイッチ入ってんのはわかった、どうした山下は」
「だから帰ったって」
「なんで」
「はぁ、空気読めよみんなして」
もーやんなった。
「なぜ急に擦れたのお前」と言う流星の隣、いつもの場所に腕組で戻る俺への視線は痛い。
祥ちゃんがいないならわざわざユミルと伊緒のデスクを使う必要はないじゃんってただそれだけで、自分のパソコンに電源を入れる。補助もなんも必要なくなったし好きにやりたいけど。
「…は?」
ログインパスワードが、ない。
流星、政宗を見れば「だから免職だろって」と言われた。
「…待って、俺のデータはどうしたんだよ」
「…そんなことじゃねぇかと思ってあっちに送って正解だったな潤」
「なんで、朝使えたじゃん」
「始業前だからな。ギリ行けたんだろ。もう正式に免職ってことだろうな」
「…マジで?」
「そう思ったから政宗に頼んであっち使えるし、送ったんだよ。仕事出来たろ?俺の経理ナメてるようだけど」
「いやそれあんま自慢じゃねぇし。は?ナニソレ」
「組織とはそんなもんだよって俺に言われてどーすんだよ。
あぁ、ちなみにお前のUSBと祥真のCD-Rも一応こっちでバックアップしたやつ送った。大方祥真のことだ、わかってるだろうがな」
「…はっ、」
脱力した。
もーこのパソコン死んでるわけかよ。なんだようちの保護者みてぇな隠蔽しやがってあの野郎。
「あれは瀬川恭太の仕業でしょ」と。
「…恭太?」
「知ってたんじゃないの?国勢調査で行ったとき多分、流星は気付いたよ」
「…なにが」
「瀬川恭太は谷栄一郎を担当してたんだよね」
「よくご存じで…」
「彼は“昴の会”の血を引く子供で、俺がもしもあの日始末しに行ったと言ったら信じるかい?」
「…は?」
「簡単なことだよ」
一瞬祥ちゃんは酷く冷めた表情だったが、またすぐにいつもの優しい笑顔で言う、「俺は生まれた場所に囚われすぎているのかもしれない」と。
「そこは、君が知らないような汚れた場所だったんだ」
だけど。
ケリーのあの部屋は真っ白だったんだよ。
と、言おうとしたけど。
「…難しいこと考えてるでしょ、潤。
俺はそんな君のこと、嫌いじゃないんだけどね。どうしてだろうね。君にはこうやって内緒話もする」
「祥ちゃん、でもさ、」
「俺が望んだのは破壊だったはずだったんだ、潤」
「…なにが、」
「それを邪魔したのは恐らく…、
君しかいないんだよ。世界は、それほど淀んでいなかったなってね。
だけどこの決意は揺らがせないつもりだからさ、」
なに、
「もう君とは共にいないと決めたよ」
一瞬何を言われたのかわからなかったのに。
「…あぁ…」
どこがで。
「…だから、
暁子はそれには早計過ぎたから俺が殺したし、勘づいた瀬川恭太に俺は一時期張られていたし。多分、“昴の会”の人間だと、うっすら気付いたんだろうね。
そう聞けば彼が残した物の意味はわかるでしょ?いや、すぐに辿り着くだろうね」
「待って、」
どこかで。
祥ちゃんはふと前を見て「あぁ、彼も待ってるね」と言った。
振り返れば辻井がまだ少し先にいて、目が合って気まずそうにそそくさと省舎へ歩き始めた。
「悪者かもしれない、俺は。
だからどうせなら、やりたいように方をつけようと思うんだ、潤」
「…なにそれ」
「君には君の正義がある。みんなそうで、そんなもの本当は偶像だから。
だから俺は捕まえてみようかな、なんてね」
本当はどこかで。
「…なんで、そんな、」
「まぁ、ハデスの犬だから」
祥ちゃんは優しく、
誰か過去の人を思い出すような、そんな笑顔でふらっと先へ歩き出し、軽く俺に手を振った。
本当はどこかで、ねぇ祥ちゃん。
多分、俺もそれ、わかってたんだ。
だからこそ。
「無駄死にだけは本気で許さないから」
そう背に声をかければ驚いたように祥ちゃんは振り向いたけど。
悲しい、泣きそうな気がする。そんないらない笑顔を向けてはまた、前へ歩き出してしまった。
『あんた、かっこいいな』
出会った日に祥ちゃんに言った俺の言葉を思い出した。
揺るぎない犠牲。それが自分であること。
だけどいま、どうしてだろうな。
すごく、どうしても。
歯を食い縛るくらいには腹がたっている。
あの人を見るようで、虫酸が走るんだ、ホントに。
俺もいい加減に仕事に戻ろう。
だけど部署前で一回給湯室に寄って顔を洗った。泣いてないけど引き締めたくなった。
一人で部署に戻った俺に「あれ、」だの「どした?」だの声が掛かる。
「おい潤、旦那どうした」
「あ?旦那は流星だろ」
「いや違ぇけど」
「あー、王子だからな」
「いや違ぇけど」
「いーから仕事するよ、お前ら」
「いや待て、」
「お前が言うか普通。祥真はどうしたって」
「使えねーから帰した」
「は?」
「は?」
二人は騒然、というか部署全体が地味に騒然。マトリ野郎だけ腕組みで構え「喧嘩だったんすか?」とクソほど空気読めない発言をぶん投げてくる。
「あ?違ぇよ殺すぞ前髪」
「なんかわかんねぇけどお前にスイッチ入ってんのはわかった、どうした山下は」
「だから帰ったって」
「なんで」
「はぁ、空気読めよみんなして」
もーやんなった。
「なぜ急に擦れたのお前」と言う流星の隣、いつもの場所に腕組で戻る俺への視線は痛い。
祥ちゃんがいないならわざわざユミルと伊緒のデスクを使う必要はないじゃんってただそれだけで、自分のパソコンに電源を入れる。補助もなんも必要なくなったし好きにやりたいけど。
「…は?」
ログインパスワードが、ない。
流星、政宗を見れば「だから免職だろって」と言われた。
「…待って、俺のデータはどうしたんだよ」
「…そんなことじゃねぇかと思ってあっちに送って正解だったな潤」
「なんで、朝使えたじゃん」
「始業前だからな。ギリ行けたんだろ。もう正式に免職ってことだろうな」
「…マジで?」
「そう思ったから政宗に頼んであっち使えるし、送ったんだよ。仕事出来たろ?俺の経理ナメてるようだけど」
「いやそれあんま自慢じゃねぇし。は?ナニソレ」
「組織とはそんなもんだよって俺に言われてどーすんだよ。
あぁ、ちなみにお前のUSBと祥真のCD-Rも一応こっちでバックアップしたやつ送った。大方祥真のことだ、わかってるだろうがな」
「…はっ、」
脱力した。
もーこのパソコン死んでるわけかよ。なんだようちの保護者みてぇな隠蔽しやがってあの野郎。
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