消えていく君のカケラと、進まない僕の時間

碧月あめり

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七月七日の不運

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「帰ろっか」

 諦めて声をかけると、陽咲が夜の闇に透明に輝く川の流れを見つめながら首を横に振った。

「帰らない。もう少し待ってみようよ」

 何度か帰宅を促してみたけれど、陽咲は僕を誘った意地なのか、岩に座ったまま腰をあげようとしない。

 陽咲を残してひとりで帰るわけにもいかないので、僕も一度は浮かしかけた腰を岩の上に落ち着けた。それから三十分。何も話そうとしない陽咲の隣でジッと座っていたけれど、やっぱりホタルは現れない。

 周囲の闇は一層濃くなり、虫や蛙の鳴き声がうるさいくらいに耳に響いてくる。それに加えて、ほんの少しだけ夏の夜風に晒された腕が冷たく寒くなってきた。

「陽咲、そろそろ帰ろう」

 もう一度声をかけると、陽咲が僕を振り向く。唇を噛んだその顔が泣きそうになっているのが、暗がりの中でもはっきりとわかった。

「でも、蒼月のおばあちゃんが……」

 震えて響く陽咲の声に、僕も少しだけ泣きそうになる。

「うん。ばあちゃんに会えなかったのは残念だけど、いいよ、もう」
「でも……」
「ばあちゃんには会えなかったけど、陽咲が僕のためにここに連れてきてくれたことが嬉しかったから」

 無理やりにこっと笑いかけると、陽咲が「ごめんね」と泣きそうな声でうつむいた。

「帰ろう。僕んちでも陽咲んちでも、僕らがいないことがそろそろバレてると思う」

 先に立ち上がって手を差し出すと、陽咲が上目遣いに僕を見た。

「怒られるかな……」
「かもね」

 苦笑いでそう返したとき、陽咲の視線がゆっくりと僕からそれた。

「蒼月、見て。ホタルだ」

 陽咲が僕の後ろを指差して、つぶやく。

 はっとして振り向くと、流れが緩やかな細い川の上に豆粒のような小さな光がひとつ浮かんでいた。黄色のような橙のようなその光はひどく弱々しく、今にも消えそうに右へ左へと揺らめいている。

 暗闇に浮かぶホタルの光はたったひとつ。それだけだったけれど、僕も陽咲も儚くて小さな光に目を奪われていた。

 一匹のホタルは、しばらく僕らの前をふわりふわりと浮遊したあと、川の反対岸の草むらの中に消えていった。

 あれは、きっとばあちゃんだ。

 ホタルの光が消えるまで繋いだ手をぎゅっと力いっぱい握りしめてきた陽咲も、そう確信していたはずだ。

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