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ゼロカウント
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しおりを挟む今撮影しているのは、事故に遭ったヒロイン、青山陽咲が病院のベッドで目覚めるシーン。
事故で頭を打った陽咲は、事故のことも、目の前にいる矢野蒼月が恋人だったことも忘れてしまっている。
もともと、陽咲と蒼月は中学時代の同級生。同じクラスになったことはあるが、あまり親しくはない。中学の頃の陽咲は、生徒会長をしていた蒼月に密かに片想いをしていた。高校は別々のところに進学して、陽咲は通学中の電車でたまに蒼月のことを見かけた。
ふたりが親しくなったのは、ある朝、通学途中に気分が悪くてホームに座り込んでいた陽咲を蒼月が助けてくれたから。
だが、事故で部分的に記憶をなくしている陽咲は、蒼月と親しくなったきっかけも、付き合っていたことも忘れてしまっている。陽咲の記憶は、高校に入学したあたりで止まっているのだ。
だから、病院で目覚めたばかりの陽咲は、ずっと片思いしていた蒼月がお見舞いにお見舞いに来てくれていることに戸惑いを隠せない。
一方で、陽咲に自分と恋人だったときの記憶がないとわかった矢野蒼月は、ショックを受ける。
この時点では、陽咲の恋人の蒼月が既に事故で死んでしまっていること、実は幽霊であることは明かされていない。
陽咲は片想いの相手を意識してドキドキしながら、蒼月は自分を忘れている恋人に対して慎重に言葉を選びながら、病室で会話をする。
面会時間が終わって別れの時間が近付くと、蒼月が陽咲に遠慮がちに訊ねる。
『また明日も陽咲に会いに来ていい?』
『――、もちろんっ! だけど、矢野くんにその呼び方されるの、なんか慣れないな』
セリフを間違えないように気を付けながら、ちょっと不自然に照れ笑いする陽咲に、蒼月が優しいまなざしを向けてくる。
ほんとうに好きな人を見つめているみたいな。そんな目だ。ドクンと胸を震わせる陽咲を見つめながら、蒼月が台本通りのセリフを口にする。
『そうだよね……。でも、できたら、陽咲も僕のこと、名前で呼んでくれたら嬉しい』
『……名前で?』
『うん』
ひとつひとつのセリフをゆっくりと口にする蒼月は、陽咲から少しも目をそらさない。
妙に緊張した空気の中で、わたしは何度も呼び慣れているはずの幼なじみの名前を呼んだ。
『――あ、つき』
蒼月のことなんて、幼稚園の頃から下の名前でしか呼んだことがないのに。カメラやみんなに見られているせいか、蒼月のやたらと優しい声音でセリフを言うせいか、演技じゃなくて本気で顔が火照ってくる。
『また明日ね、陽咲』
『また明日……』
最後までセリフを言ったところで、
「カーット!」
大晴の大きな声が響く。カメラマン兼監督の大晴の声は、今撮ったシーンのしっとりとした甘い感じをぶち壊すくらい元気がいい。
撮り初めにカチンコを鳴らす前も何度も練習してやたらと張り切っていたし。カチンコを鳴らして「カーット」って言いたいだけなんじゃ……って気もする。
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