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ゼロカウント
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うちの高校の特進科の生徒は、半分くらいが部活には入っていない。課題が多かったり、一年生の頃から塾や予備校に通う生徒も多いからだ。蒼月もその例に漏れず。週2か3で塾に通っていて、部活動はしていない。出番も用事もないから、蒼月はわざわざ学校には来ないのだ。
そう思うと、毎回強制参加を強いられることになった涼晴はちょっと気の毒だ。剣道部の練習だって、そこそこハードなのに。
わたしが苦笑いしていると、
「じゃあ、時間も限られてるし、始めよう」
大晴がスマホと三脚を持って廊下に出る。
「陽咲さんと藤澤さんの立ち位置は廊下の窓際で」
三脚にスマホカメラを設置した大晴が、わたし達に指示を出す。
言われたとおりに窓際に立つと、スケッチブックのカンペを持たされた涼晴が、カメラに入り込まず、わたし達にもカンペを見せられる絶妙な位置に立った。
「あやめ、セリフ覚えてる? わたし、たぶんほとんどカンペに頼ることになると思う」
「わたしもだよ~。わたしの役は出番が少ないけど、ここのシーンだけはセリフ多いんだよね。演技とかできないし、ふつうにセリフ読むだけになると思うけどごめんね」
「そんなの、わたしもだよ」
ふたりでコソコソ話していると、カメラを回す準備が整う。
わたしとあやめから見える位置に立った大晴が、腕をあげて、指で3、2、とカウントを始める。
カンッ……!
夕方の学校の廊下にカチンコの音が高く響いて、わたしとあやめは緊張で少し表情をこわばらせた。
先にセリフを言うのは陽咲だ。
『ごめん、今日は一緒に帰れないんだ』
固い声で話す陽咲に、
『何か予定あるの?』
と、幼馴染役のあやめがわたしに負けないくらい固い声で聞いてくる。
『実はね、今日は駅で矢野くんと待ち合わせしてるんだ』
事故のことも、恋人が死んだことも覚えていない陽咲は、あやめに待ち合わせの話をする。台本には(ウキウキした声で)って、注釈が入ってる。
『矢野くん……?』
陽咲の話に、あやめは驚く。
あやめは知っているのだ。
陽咲の恋人だった蒼月が、事故のときに陽咲をかばってすでに帰らぬ人になっていることを。
それにも関わらず、亡くなった恋人と待ち合わせていると嬉しそうに話す陽咲。幼馴染のあやめは、事故で恋人を亡くしたショックで陽咲が妄想が抱いているのでは……と心配になってしまう。
そういう、登場人物たちの心情を、会話と表情でうまく魅せるのがこのシーン……。なのだが、涼晴の出すカンペをチラチラ見ながら会話するわたしとあやめの演技はお世辞にも褒められたものではなくて。
「……ちょっと待って。いったん、ストップ」
ひきつり笑いの大晴から、ストップがかかった。
そう思うと、毎回強制参加を強いられることになった涼晴はちょっと気の毒だ。剣道部の練習だって、そこそこハードなのに。
わたしが苦笑いしていると、
「じゃあ、時間も限られてるし、始めよう」
大晴がスマホと三脚を持って廊下に出る。
「陽咲さんと藤澤さんの立ち位置は廊下の窓際で」
三脚にスマホカメラを設置した大晴が、わたし達に指示を出す。
言われたとおりに窓際に立つと、スケッチブックのカンペを持たされた涼晴が、カメラに入り込まず、わたし達にもカンペを見せられる絶妙な位置に立った。
「あやめ、セリフ覚えてる? わたし、たぶんほとんどカンペに頼ることになると思う」
「わたしもだよ~。わたしの役は出番が少ないけど、ここのシーンだけはセリフ多いんだよね。演技とかできないし、ふつうにセリフ読むだけになると思うけどごめんね」
「そんなの、わたしもだよ」
ふたりでコソコソ話していると、カメラを回す準備が整う。
わたしとあやめから見える位置に立った大晴が、腕をあげて、指で3、2、とカウントを始める。
カンッ……!
夕方の学校の廊下にカチンコの音が高く響いて、わたしとあやめは緊張で少し表情をこわばらせた。
先にセリフを言うのは陽咲だ。
『ごめん、今日は一緒に帰れないんだ』
固い声で話す陽咲に、
『何か予定あるの?』
と、幼馴染役のあやめがわたしに負けないくらい固い声で聞いてくる。
『実はね、今日は駅で矢野くんと待ち合わせしてるんだ』
事故のことも、恋人が死んだことも覚えていない陽咲は、あやめに待ち合わせの話をする。台本には(ウキウキした声で)って、注釈が入ってる。
『矢野くん……?』
陽咲の話に、あやめは驚く。
あやめは知っているのだ。
陽咲の恋人だった蒼月が、事故のときに陽咲をかばってすでに帰らぬ人になっていることを。
それにも関わらず、亡くなった恋人と待ち合わせていると嬉しそうに話す陽咲。幼馴染のあやめは、事故で恋人を亡くしたショックで陽咲が妄想が抱いているのでは……と心配になってしまう。
そういう、登場人物たちの心情を、会話と表情でうまく魅せるのがこのシーン……。なのだが、涼晴の出すカンペをチラチラ見ながら会話するわたしとあやめの演技はお世辞にも褒められたものではなくて。
「……ちょっと待って。いったん、ストップ」
ひきつり笑いの大晴から、ストップがかかった。
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