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ゼロカウント
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「蒼月、北口改札にいるって。中央改札は人多いみたいだから、映像撮るなら北改札がいいかなあ」
駅が目の前に見えてくると、大晴がスマホを見ながらひとりごとみたいに話す。
「この時間、帰宅ラッシュだもんね」
涼晴がほんの少し眉をひそめる。夏休みといえど、夕方の時間は、通勤の大人たちや大きな部活カバンを持った学生達で駅前は混雑する。
メインの中央改札は電車が来る度に人の出入りが多くて、映画撮影ができるような雰囲気ではない。
みんなで北口改札に回ると、そっちは中央改札に比べると人が少なかった。改札の近くで、制服姿の蒼月がスマホを見ながら待っている。
「蒼月、お待たせ~」
大晴が手を振りながら声をかけると、蒼月が顔をあげる。大晴に向かって手を振りかえした蒼月が、その後ろにいるわたしの顔を見て目を見開く。
撮影でわたしが来ることはわかっているはずなのに。
蒼月に、この場で会う予定のなかった人に出会ったときのような反応をされて微妙に傷付いた。
今さらこんなことを言ってもだけど、もしかしたら蒼月はわたしと恋人役を演じるのが嫌なのかもしれない。
勝手に少し沈んだ気持ちになってうつむいていると、
「人通りが少ないタイミング見計らって、撮影始めようか」
大晴が蒼月の肩をポンと叩いて、立ち位置の指示を出す。
「なるべく関係ない人が映り込まないように、改札から少し離れたこの辺で。陽咲はひとりで立ってる蒼月に駆け寄って行って声をかける。ここでは、それだけ撮れたらオッケーだから」
「わかった」
このあとの公園でのデートシーンはたくさん会話があるけど、駅前で撮る待ち合わせのシーンにはほとんどセリフがない。
立っている蒼月の名前を呼ぶだけ。『蒼月……!』って。
会えるのが嬉しくてたまらないって気持ちで駆けていって、嬉しそうに。笑顔で。
『ごめんね、待った?』
息を弾ませながら訊ねた陽咲に、蒼月は『大丈夫だよ』って優しく笑う。
ただそれだけの、短いシーン。
だけど、わたしにはすごく難しいシーンでもある。
本心ではわたしと恋人役をすることを嫌がっているかもしれない蒼月に、自然な笑顔を見せられる自信がない。
「じゃあ、始めるよ~」
不安なわたしの気持ちに気付いていない大晴は、スマホを横に構えると笑顔で撮影を開始しようとしている。
大晴が、手を上に上げてカウントを始める。
どうしよう。でも、考えても仕方がない……。
わたしは深呼吸すると、ゼロカウントで、蒼月に向かって走り出した。
『蒼月……!』
手を振って名前を呼ぶと、蒼月が顔をあげる。わたしを見る彼の目にはなんの感情もなくて。わたしは、少し怯んでしまう。
これまでの蒼月は、大晴がカメラを回すと完璧にヒロインの恋人になりきっていた。だけど今日の蒼月は、映画の役に気持ちが入っていないみたい。
駅が目の前に見えてくると、大晴がスマホを見ながらひとりごとみたいに話す。
「この時間、帰宅ラッシュだもんね」
涼晴がほんの少し眉をひそめる。夏休みといえど、夕方の時間は、通勤の大人たちや大きな部活カバンを持った学生達で駅前は混雑する。
メインの中央改札は電車が来る度に人の出入りが多くて、映画撮影ができるような雰囲気ではない。
みんなで北口改札に回ると、そっちは中央改札に比べると人が少なかった。改札の近くで、制服姿の蒼月がスマホを見ながら待っている。
「蒼月、お待たせ~」
大晴が手を振りながら声をかけると、蒼月が顔をあげる。大晴に向かって手を振りかえした蒼月が、その後ろにいるわたしの顔を見て目を見開く。
撮影でわたしが来ることはわかっているはずなのに。
蒼月に、この場で会う予定のなかった人に出会ったときのような反応をされて微妙に傷付いた。
今さらこんなことを言ってもだけど、もしかしたら蒼月はわたしと恋人役を演じるのが嫌なのかもしれない。
勝手に少し沈んだ気持ちになってうつむいていると、
「人通りが少ないタイミング見計らって、撮影始めようか」
大晴が蒼月の肩をポンと叩いて、立ち位置の指示を出す。
「なるべく関係ない人が映り込まないように、改札から少し離れたこの辺で。陽咲はひとりで立ってる蒼月に駆け寄って行って声をかける。ここでは、それだけ撮れたらオッケーだから」
「わかった」
このあとの公園でのデートシーンはたくさん会話があるけど、駅前で撮る待ち合わせのシーンにはほとんどセリフがない。
立っている蒼月の名前を呼ぶだけ。『蒼月……!』って。
会えるのが嬉しくてたまらないって気持ちで駆けていって、嬉しそうに。笑顔で。
『ごめんね、待った?』
息を弾ませながら訊ねた陽咲に、蒼月は『大丈夫だよ』って優しく笑う。
ただそれだけの、短いシーン。
だけど、わたしにはすごく難しいシーンでもある。
本心ではわたしと恋人役をすることを嫌がっているかもしれない蒼月に、自然な笑顔を見せられる自信がない。
「じゃあ、始めるよ~」
不安なわたしの気持ちに気付いていない大晴は、スマホを横に構えると笑顔で撮影を開始しようとしている。
大晴が、手を上に上げてカウントを始める。
どうしよう。でも、考えても仕方がない……。
わたしは深呼吸すると、ゼロカウントで、蒼月に向かって走り出した。
『蒼月……!』
手を振って名前を呼ぶと、蒼月が顔をあげる。わたしを見る彼の目にはなんの感情もなくて。わたしは、少し怯んでしまう。
これまでの蒼月は、大晴がカメラを回すと完璧にヒロインの恋人になりきっていた。だけど今日の蒼月は、映画の役に気持ちが入っていないみたい。
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