消えていく君のカケラと、進まない僕の時間

碧月あめり

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ゼロカウント

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「悪い、いったん止める」

 わたしの演技が大根なのは今に始まったことじゃないけど、大晴も今日の蒼月の演技がイマイチなことが気になったらしい。

「蒼月、陽咲に呼ばれたときにもうちょっと嬉しそうな顔してよ。陽咲も、もっと笑顔で蒼月のこと呼んで。このふたりは、お互い好きって思ってんだよ。それなのに、蒼月も陽咲も表情暗すぎ。葬式かよ、って」
「葬式って。蒼月くんたち、そこまで悪くなかったじゃん」

 涼晴が苦笑いでフォローしてくれるけど、最近の大晴は意外にもこだわりを持って映画撮影をしているらしい。部活で同好会のメンバーでないわたし達が、文化祭で流すだけの映画だけど、ひとつひとつのシーンの細かいところまで絶対に手を抜かない。

「陽咲は、最初の立ち位置にもどって。そこからもう一回撮り直そう」

 大晴に言われてわたしが最初の立ち位置に戻ろうとしたとき、

「陽咲」 

 蒼月が声をかけてきた。振り向くと、蒼月がメガネの奥の瞳を細めてわたしを見つめる。

「なに……?」
「いや、えっと……。陽咲は、無事だったんだよね?」
「無事、って……?」

 蒼月がなにを聞きたいのかよくわからない。首を傾げると、蒼月が少しうつむいて、メガネを指でぐっと押し上げた。

「その、今、ケガとかは……?」
「ケガ? 別にしてないけど。わたしは元気だよ。どうしてそんなこと聞くの?」

 よそよそしい態度をとってきたかと思えば、突然ケガの心配なんて。ますます、よくわからない。

 怪訝に眉を寄せるわたしを見て、蒼月が小さく首を横に振る。

「いや、なんでもない。ほんとうに無事だったんなら、いいんだ。ただ、僕が少し混乱してるだけで……」

 鼻筋に指を押し当てたまま、蒼月がひとりごとみたいにつぶやく。それから少しして顔をあげた蒼月が、わずかに目を細めた。

「さっきはごめん、陽咲。次は大晴のオッケーが出るように頑張るから」

 蒼月の言葉に、わたしの胸からスーッと不安が消えていく。

 頑張るってことは、わたしとの撮影が嫌なわけじゃないってことだよね……。

「わたしも頑張る。次でオッケーもらおうね」
「うん」

 勝手に前向きに解釈して笑うわたしに、蒼月が控えめに笑い返してくれる。そんな些細なことが、バカみたいに嬉しくてドキドキする。

 口元がニヤけそうになるのをグッと堪えて、今度こそ、初めの立ち位置に向かう。

 わたしと蒼月がスタンバイしたのを確認してから、大晴が腕をあげる。

 3、2、……。

 大晴の指が動くのを見ながら、心の中でカウントする。

 ワンテイク目は不安でいっぱいだった胸が、ドキドキと高鳴る。高揚感を伴う緊張で。

 ゼロカウントになる寸前で、大きく息を吸い込む。

 大晴の合図を横目に意識しながら、わたしは蒼月に向かって思いきり駆けた。
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