43 / 55
Seven
4
しおりを挟む那央くんは「今日だけ助けて」と言ったけれど、今日だけじゃない。求めてくれるなら、わたしは明日も明後日も明明後日もずっと。那央くんのことを助けてあげたい。
那央くんが動けなくなったら駆け付けるなんてエラそうなことを言ったくせに、いつのまにかわたしのほうが、彼に囚われて動けなくなってしまっている。
「帰る?」
わたしを引っ張って立ち上がった那央くんの、黒い傘が揺れる。これじゃ、どっちが助けられているのかわからない。
腕で顔を隠しながら頷くと、那央くんが笑って、わたしの上に傘を翳してくれた。
車に乗り込むと、那央くんは雨で濡れたフロントガラスワイパーで綺麗にしてから深呼吸した。まだ霧のような小雨が降りやまないせいで、水滴をはらったフロントガラスが細かな雨の雫で再び濡れていく。
「このまま岩瀬の家まで送ってくな」
フロントガラスから顔をそらした那央くんが、ハンドルに手をのせて少しひきつった顔で話しかけてくる。那央くんの手は震えていないし、顔だって前のように青ざめてはいなかったけれど、小雨でも緊張することには変わりないんだろう。
「那央くんちまでで大丈夫だよ。そこからは、電車で帰る。勝手に待ってたのはわたしだし。それにもし、わたしと別れたあとに雨が強くなったら困るから」
「……ありがとう」
ひきつっていた那央くんの表情が僅かに和らいだような気がして嬉しくなる。
「今日も歌ってあげようか?」
カバンからスマホを取り出して、わたしの好きな男性アーティストのバラードを流す。
短いイントロのあとに流れてくる歌声に合わせて歌い出そうとすると、那央くんがクッと吹き出した。
「前も思ったけど、岩瀬って意外に歌下手だよな」
「耳障りだった? 余計気が散る?」
慌ててスマホの音量を下げると、那央くんがククッと笑いながら、ギアをドライブに入れ替える。
「いや、大丈夫。その、絶妙な下手さ具合がちょうどいい」
「なにそれ」
ムッと頬を膨らませると、那央くんが左手を伸ばしてわたしの頭をグシャリと撫でてきた。
「好きなように歌ってて。岩瀬の歌ってる声、なんか落ち着く」
那央くんの左手がハンドルに移動しても、わたしの頭にはいつまでも触れられた余韻が残る。
「ずるいな、ほんともう」
那央くんがゆっくりと慎重に車を発進させるのを待ってから、わたしは口の中で小さくつぶやいた。
1
あなたにおすすめの小説
『大人の恋の歩き方』
設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日
―――――――
予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と
合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と
号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは
☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の
予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*
☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
同窓会~あの日の恋をもう一度~
小田恒子
恋愛
短大を卒業して地元の税理事務所に勤める25歳の西田結衣。
結衣はある事がきっかけで、中学時代の友人と連絡を絶っていた。
そんなある日、唯一連絡を取り合っている由美から、卒業十周年記念の同窓会があると連絡があり、全員強制参加を言い渡される。
指定された日に会場である中学校へ行くと…。
*作品途中で過去の回想が入りますので現在→中学時代等、時系列がバラバラになります。
今回の作品には章にいつの話かは記載しておりません。
ご理解の程宜しくお願いします。
表紙絵は以前、まるぶち銀河様に描いて頂いたものです。
(エブリスタで以前公開していた作品の表紙絵として頂いた物を使わせて頂いております)
こちらの絵の著作権はまるぶち銀河様にある為、無断転載は固くお断りします。
*この作品は大山あかね名義で公開していた物です。
連載開始日 2019/10/15
本編完結日 2019/10/31
番外編完結日 2019/11/04
ベリーズカフェでも同時公開
その後 公開日2020/06/04
完結日 2020/06/15
*ベリーズカフェはR18仕様ではありません。
作品の無断転載はご遠慮ください。
Husband's secret (夫の秘密)
設楽理沙
ライト文芸
果たして・・
秘密などあったのだろうか!
むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ
10秒~30秒?
何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。
❦ イラストはAI生成画像 自作
神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―
コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー!
愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は?
――――――――
※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる