47 / 55
Eight
3
しおりを挟む「デートなんかじゃない。今日はたまたま一緒に帰ってきただけだよ。電話やメッセージにちゃんと応えられなかったのは悪かったけど、受験が近付いてきてるから、本当に仕事が忙しくて……」
「でも、お姉ちゃんと付き合ってたときは、どんなに忙しくても電話かけたり、会う時間を作ってたでしょ。会えない時間を埋めるために、同棲の提案だってしたじゃない!」
冷静に話そうとする那央くんに、夏乃さんがヒステリックに言葉をぶつける。
彼女の口から夕夏さんの話が出た瞬間、那央くんの顔が凍り付いた。
自分と写した写真の下に、那央くんが亡くなった彼女との写真を入れているのを見てしまった夏乃さんは、きっと那央くんの本音が分からなくて不安なんだろう。
亡くなった前の彼女は、夏乃さんの姉だから。付き合いが長くなるほど、那央くんへの想いが強くなるほど、彼の周りをチラつく元恋人だった姉の気配に怯えて、苦しんでいるのかもしれない。どんなに嫉妬したって責めたって、亡くなった夕夏さんとの思い出には勝てないとわかっているから、怯えているのかもしれない。
だけどそれでも、夕夏さんを引き合いに出して那央くんを責めるのはダメだ。それも、雨があがったばかりの今、那央くんが夕夏さんにしたことと自分を比べるのは絶対にダメ。
那央くんは今も、ずっと、後悔して自分を責めているんだから。五年前の夕夏さんの事故は、自分のせいじゃないか、って。
「夏乃は、おれがどうしたら満足すんの?」
顔をひきつらせている那央くんの腕に衝動的に手を伸ばしかけたとき、彼が虚ろな目で夏乃さんを見つめてボソリとつぶやいた。
「おれは、夏乃と会う時間だって、ちゃんと作ってたつもりだった。だけど最近は、会うたびに夕夏のことを持ち出されて、正直疲れる」
「だから、女子高生に手出したの?」
「出してないよ」
「しかも、大学時代の先輩の娘なんでしょ。十個も下の女の子に手を出すとかどうかしてる。こんなの、私だけじゃなく、お姉ちゃんに対しても裏切りじゃない!」
「出してないし、裏切ってもないよ」
「嘘ばっかり! 那央は、初めから私のことなんてなんとも思ってなかったんでしょ」
那央くんが静かに否定しても、すっかり興奮している夏乃さんは全く聞く耳を持たない。那央くんが説得を諦めて口を閉ざしても、夏乃さんはヒステリックな声で彼を責めるのをやめなかった。
夏乃さんの目に、涙が滲む。
彼女だって、本当は那央くんのことを傷付けたいわけではないのだろう。ただ、好きだと思う人に同じ熱量で自分のことを想ってもらいたいだけ。その想いが強すぎて、那央くんの気持ちにまで気が回らない。
今の夏乃さんは、健吾くんを好きだったときのわたしに少しだけ似ていると思った。自分には絶対に敵わない人に嫉妬して、自分の感情ばかりを理解されたがっていたわたし。
「那央にとって、私といた二年間はなんだった? 本当は、近くにいる相手なら誰でもよかったんでしょ。私でも、職場の生徒でも……!」
夏乃さんが勢いに任せてそう言ったとき、彼女を見つめる那央くんの瞳が翳る。
ふたりの問題に、わたしが割り込むべきではない。そう思うのに、那央くんの哀しそうな横顔を見たら、じっと黙っていられなくなった。
「誰でもいいなんて、絶対違います」
那央くんの盾になるように、両手を広げで夏乃さんの前に立ちはだかる。
「那央くんはみんなに優しいけど、わたしとも他の生徒とも、ちゃんと線を引いてます。誰でもいいなんて、絶対に思ってません。那央くんのこと本当に好きなら、あなたが一番それをよくわかってるでしょ」
わたしよりも少しだけ背の高い夏乃さんを真っ直ぐに見つめると、彼女が涙の溜まった目を大きく見開いた。
「あなたがそんなふうに責めるから、那央くんは何も言えないんじゃないですか? うまくいかなくて苦しいのは、あなただけじゃないでしょ」
「な、に……」
「あなたも責めるばっかりじゃなくて、那央くんの話をちゃんと聞いてあげてください。那央くんに、これ以上哀しそうな顔させないで!」
「岩瀬、もういいから……」
「でも……!」
那央くんが、感情的に叫んだわたしの肩をぽんぽんっと優しく叩く。それを見て何か言いたげに頬を引き攣らせた夏乃さんだったけれど、やがて唇を噛むとわたしと那央くんを押し退けて、走って行ってしまった。
「追いかけなくていいの?」
駅のほうに駆けていく夏乃さんの背中を茫然と見つめている那央くんに問いかける。
那央くんはしばらくじっと考えるように黙り込んだあと、途方に暮れた顔で振り向いた。
「追いかけたほうがいいのかな。なんかもう、よくわかんないんだよ。岩瀬はどうしたらいいと思う?」
「え?」
那央くんに心許なさげな目で見つめられて、反応に困る。
わたしは那央くんのことが好きだから。本音が言えない彼女との恋なんて、いつか破綻するに決まってるって思うから。一方的に那央くんの責めて逃げて行った彼女のことなんて、ほうっておけばいいと思う。
だけど那央くんが夏乃さんとの関係を終わらせたくないなら、追いかけたほうがいい。
葛藤の末、何も答えられないままに眉を下げると、那央くんが自嘲気味に笑った。
1
あなたにおすすめの小説
僕《わたし》は誰でしょう
紫音みけ🐾新刊2月中旬発売!
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。
「自分はもともと男ではなかったか?」
事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。
見知らぬ思い出をめぐる青春SF。
※表紙イラスト=ミカスケ様
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる