その距離は、恋に遠くて

碧月あめり

文字の大きさ
48 / 55
Eight

しおりを挟む
「いつか岩瀬に言われたよな。彼女にも話せないような秘密を抱えて生きていくのなんて、苦しいって。たしかにそのとおりだよ。最近はもうずっと、アイツといると苦しい」

 那央くんが、そんな言葉とともにため息を吐く。

「誰でもいいなんて思って付き合ってたことは一度もないし、ちゃんと好きだと思ってた。だけど、死んだ彼女のことを全く思い出さずにいるのはどうしたって難しい」
「うん……」
「雨の日もそうだし、五年経っても些細なことでふっと夕夏のこと思い出す。でも、だからって夏乃のことがどうでもいいわけじゃないんだよ。そのことを、アイツにわかってもらうのが難しい。夕夏のことを引きずってると思われないように、誤解されないように、って気を遣ってると、一緒にいても疲れちゃって。忙しくて会えないほうが、ほっとする。電話やメッセージも、正直何度か面倒になってわざと無視した。嫌いになったわけじゃないけど、夏乃と一緒にいる意味が、おれにはもうよくわからない」

 いつも寄りかかりそうになる寸前で「大丈夫だ」とわたしとの間に線を引いてしまう那央くんが、ここまで弱音を吐くのは初めてだった。

 わたしなんかに本音を晒したくなるほど夏乃さんの言葉が那央くんを傷付けたのかと思うと、胸が痛い。 

「だったら、苦しいのが消えるまで逃げちゃえば?」
「逃げる? 追いかけるんじゃなくて?」

 那央くんが目をすがめながら、問い返してくる。その目を見つめ返しながら、わたしは小さく頷いた。

「わたしね、那央くんに感謝してるんだよ。那央くんがいなかったら、わたしはたぶん今も、健吾くんへの気持ちに折り合いがつけられなかった」

 那央くんが、わたしの気持ちを否定も非難もせずに、受け止めてくれたから。たとえ叶わない想いだったとしても、誰かを好きになる気持ちは間違ってないと認めてくれたから。わたしは長く拗らせていた片想いに終止符を打つことができた。

「わたしの苦しいのが消えたのは、那央くんが助けてくれたからだよ」
「おれ、岩瀬に特別何かした覚えないよ」
「うん。でも、わたしにとっては特別だった。だから今度は、わたしが那央くんを助けてあげたい」

 那央くんがハの字に眉を下げて、少し泣きそうに笑う。

「ありがとう、でもおれは……」

 言葉だけで充分。那央くんがそう言ってわたしとの間に線を引くのはわかっていたから、彼のジャケットの袖をつかんで引っ張る。

「岩瀬……」

 那央くんの戸惑う声が耳に届いたけど、構わず下から掬いあげるように抱きしめて、彼の背中に両腕を回した。

「ちょっとだけ逃げて、それからどうすればいいか考えたらいいよ」
「岩瀬に慰められるとか、なんか変な感じだな」

 わたしに引っ付かれたまま、那央くんがハハッと渇いた声で笑う。

「でも……、ありがとう」

 少しの間を空けてポツリと聞こえてきた声が、わたしの胸を熱くした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

『大人の恋の歩き方』

設楽理沙
現代文学
初回連載2018年3月1日~2018年6月29日 ――――――― 予定外に家に帰ると同棲している相手が見知らぬ女性(おんな)と 合体しているところを見てしまい~の、web上で"Help Meィィ~"と 号泣する主人公。そんな彼女を混乱の中から助け出してくれたのは ☆---誰ぁれ?----★ そして 主人公を翻弄したCoolな同棲相手の 予想外に波乱万丈なその後は? *☆*――*☆*――*☆*――*☆*    ☆.。.:*Have Fun!.。.:*☆

罪悪と愛情

暦海
恋愛
 地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。  だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――

僕《わたし》は誰でしょう

紫音みけ🐾書籍発売中
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

同窓会~あの日の恋をもう一度~

小田恒子
恋愛
短大を卒業して地元の税理事務所に勤める25歳の西田結衣。 結衣はある事がきっかけで、中学時代の友人と連絡を絶っていた。 そんなある日、唯一連絡を取り合っている由美から、卒業十周年記念の同窓会があると連絡があり、全員強制参加を言い渡される。 指定された日に会場である中学校へ行くと…。 *作品途中で過去の回想が入りますので現在→中学時代等、時系列がバラバラになります。 今回の作品には章にいつの話かは記載しておりません。 ご理解の程宜しくお願いします。 表紙絵は以前、まるぶち銀河様に描いて頂いたものです。 (エブリスタで以前公開していた作品の表紙絵として頂いた物を使わせて頂いております) こちらの絵の著作権はまるぶち銀河様にある為、無断転載は固くお断りします。 *この作品は大山あかね名義で公開していた物です。 連載開始日 2019/10/15 本編完結日 2019/10/31 番外編完結日 2019/11/04 ベリーズカフェでも同時公開 その後 公開日2020/06/04 完結日 2020/06/15 *ベリーズカフェはR18仕様ではありません。 作品の無断転載はご遠慮ください。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

処理中です...