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3.100%、修復不可能
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「手伝う」
蛇口の横にあるタワシを取って網を磨き始めた星野くんが、私に向かって普通に話しかけてきたからびっくりした。
今まで、私にだけは絶対に話しかけてこなかったのに。たまに目が合ったとしても、冷たい視線を向けられるだけだったのに。
それなのに、どういう吹き回しなのかわからないけど、私の隣に立って「手伝う」なんて言ってくる。
普通ではありえない状況に、頭が混乱して軽くパニックになった。だって、星野くんは私のことなんて嫌いなはずなのに。
「そんなの要らない!」
動揺して、思わず星野くんの手から洗いかけの網を奪い取る。そのあとすぐに、星野くんが洗剤の泡がついた手を茫然と見つめているのに気付いて、マズいことをしたと思った。
ただでさえ嫌われているのに、せっかくの厚意まで無碍にしたら、さらにイヤな奴だと思われるだろう。きっと、いつもみたいに冷たい目で睨まれる。
網を掴む指にギュッと力をいれて俯くと、星野くんがため息を漏らした。
「あのさー、昔から思ってたんだけど。俺、深谷に何かした?」
予想外の問いかけに驚いて顔をあげると、星野くんが無表情で私を見ていた。
いつも私の存在なんて見えないみたいに避けているくせに、そんなことを訊ねてくる意味がわからない。
ただ、星野くんの態度がいつもと変わらず、私に対して友好的でないことだけは確かだった。
さっき咄嗟に出てしまった一言に、悪気はなかった。予定外のできごとに驚いて、意地っ張りな性格が必要以上に前面に出ただけ。それを伝えて素直に謝ってしまえば、この場はうまく収まるのかもしれない。
でも、私の性格はやっぱりどこまでも意地っ張りで強情だった。
「私のこと、覚えてないんじゃなかったっけ?」
言わなきゃいいことぐらい頭ではわかっているのに、皮肉な言葉が声になる。その瞬間、無表情な星野くんの口元がピクリと引き攣った。
「この前の教室での俺達の会話、聞こえてたくせに」
少しの間を置いて、星野くんから皮肉が返ってくる。
星野くんが言っているのは、この前偶然盗み聞いてしまった私に対する陰口のこと。
やっぱり星野くんは、私が話を聞いていたことに気付いていた。気付いていて、私が話を聞いていようが「関係ない」と言ったのだ。
それってもう完全に、絶望的に、関係修復なんて100パーセント不可能なくらいに、私は星野くんから嫌われている。
星野くんへの淡い気持ちは完全に消したと思っていたのに、その事実を突き付けられたら、まだ結構ショックだった。
私も案外、諦めが悪い。だけど、いつまでも未練を引き摺り続けるわけにもいかない。
だから、悲しい気持ちもショックな気持ちも顔に出さないように、胸の奥のほうへと押し込めた。
「好きじゃないの。生理的に」
星野くんの目を真っ直ぐに見て冷淡な声で告げると、彼が私を見つめ返しながら嘲るように笑った。
「へぇ、奇遇。俺も一緒」
星野くんの手に握られていたタワシが落ちる。
蛇口を捻って、かなり強い水量で手についた泡を流すと、星野くんは私をひとりにして行ってしまった。
汚れた網とともに残された私は、星野くんが落としていったタワシを拾ってぎゅっと握り直す。それから水道の蛇口を思いきり捻ると、周りに水が飛び散るくらいの強い水量で網の汚れをゴシゴシと落とした。
こびり付いた焦げがなかなか取れなくて、タワシを握る手に力が入る。手が痛くなるくらいにタワシを強く握って、必死に網を擦る。
汚れを取ることだけを考えて、入れすぎなくらいに手に力を込める。
そうしていないと、溢れ出しそうになる涙を堪えることができなかった。
蛇口の横にあるタワシを取って網を磨き始めた星野くんが、私に向かって普通に話しかけてきたからびっくりした。
今まで、私にだけは絶対に話しかけてこなかったのに。たまに目が合ったとしても、冷たい視線を向けられるだけだったのに。
それなのに、どういう吹き回しなのかわからないけど、私の隣に立って「手伝う」なんて言ってくる。
普通ではありえない状況に、頭が混乱して軽くパニックになった。だって、星野くんは私のことなんて嫌いなはずなのに。
「そんなの要らない!」
動揺して、思わず星野くんの手から洗いかけの網を奪い取る。そのあとすぐに、星野くんが洗剤の泡がついた手を茫然と見つめているのに気付いて、マズいことをしたと思った。
ただでさえ嫌われているのに、せっかくの厚意まで無碍にしたら、さらにイヤな奴だと思われるだろう。きっと、いつもみたいに冷たい目で睨まれる。
網を掴む指にギュッと力をいれて俯くと、星野くんがため息を漏らした。
「あのさー、昔から思ってたんだけど。俺、深谷に何かした?」
予想外の問いかけに驚いて顔をあげると、星野くんが無表情で私を見ていた。
いつも私の存在なんて見えないみたいに避けているくせに、そんなことを訊ねてくる意味がわからない。
ただ、星野くんの態度がいつもと変わらず、私に対して友好的でないことだけは確かだった。
さっき咄嗟に出てしまった一言に、悪気はなかった。予定外のできごとに驚いて、意地っ張りな性格が必要以上に前面に出ただけ。それを伝えて素直に謝ってしまえば、この場はうまく収まるのかもしれない。
でも、私の性格はやっぱりどこまでも意地っ張りで強情だった。
「私のこと、覚えてないんじゃなかったっけ?」
言わなきゃいいことぐらい頭ではわかっているのに、皮肉な言葉が声になる。その瞬間、無表情な星野くんの口元がピクリと引き攣った。
「この前の教室での俺達の会話、聞こえてたくせに」
少しの間を置いて、星野くんから皮肉が返ってくる。
星野くんが言っているのは、この前偶然盗み聞いてしまった私に対する陰口のこと。
やっぱり星野くんは、私が話を聞いていたことに気付いていた。気付いていて、私が話を聞いていようが「関係ない」と言ったのだ。
それってもう完全に、絶望的に、関係修復なんて100パーセント不可能なくらいに、私は星野くんから嫌われている。
星野くんへの淡い気持ちは完全に消したと思っていたのに、その事実を突き付けられたら、まだ結構ショックだった。
私も案外、諦めが悪い。だけど、いつまでも未練を引き摺り続けるわけにもいかない。
だから、悲しい気持ちもショックな気持ちも顔に出さないように、胸の奥のほうへと押し込めた。
「好きじゃないの。生理的に」
星野くんの目を真っ直ぐに見て冷淡な声で告げると、彼が私を見つめ返しながら嘲るように笑った。
「へぇ、奇遇。俺も一緒」
星野くんの手に握られていたタワシが落ちる。
蛇口を捻って、かなり強い水量で手についた泡を流すと、星野くんは私をひとりにして行ってしまった。
汚れた網とともに残された私は、星野くんが落としていったタワシを拾ってぎゅっと握り直す。それから水道の蛇口を思いきり捻ると、周りに水が飛び散るくらいの強い水量で網の汚れをゴシゴシと落とした。
こびり付いた焦げがなかなか取れなくて、タワシを握る手に力が入る。手が痛くなるくらいにタワシを強く握って、必死に網を擦る。
汚れを取ることだけを考えて、入れすぎなくらいに手に力を込める。
そうしていないと、溢れ出しそうになる涙を堪えることができなかった。
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