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6.知らない過去
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「ごめん。嫌なやつで……」
最近の星野くんは、私を無視したり冷たい目で見たりしない。他のクラスメートと同じような態度で接してくれる。だけど、根本的には嫌われてることには変わりないのだ。
過去の自分の態度や発言は取り消せない。
小学校を卒業してから随分経つというのに、星野くんがそのことで未だに私に対して嫌悪感を持ったままでいるというのなら、もう謝る以外にどうしようもない。
だけど、今謝ったところで星野くんの気持ちは治るのかな。
再会したばかりの頃の星野くんの冷たい目を思い出したら、昔の自分への後悔で泣きたくなった。
「ほんとにごめんね」
嫌われているのに、無神経にいつまでも星野くんの隣に座っている自分が嫌になってくる。
先に教室に戻ろうと立ち上がったとき、星野くんが私の手首をつかまえた。
「あー、違う。そういうのが聞きたかったわけじゃない」
振り向くと、私を見上げる星野くんと目が合った。
全く取り繕えないまま、落ち込んだ気持ちで振り向いてしまった私は、ものすごく情けない顔をしていたと思う。
私の顔を見た星野くんが、困ったように俯いて首筋を掻いた。
「言い方下手で悪い。別に深谷に謝らせたかったわけじゃなくてさ。俺、智ちゃんからさっきの話聞いたとき、深谷って、ただ嫌なやつってわけでもないんだなと思ってちょっと見直したんだよ」
「え?」
星野くんがの話し方が、急に少し乱暴になる。
ふと見ると、俯いた星野くんの顔が気のせいか赤いような気がした。
星野くんが伝えたかったことが今の話だとしたら。もしかして私は、星野くんにそこまで嫌われてないのかな。
単純だけど、星野くんの言葉に落ち込んでいた気持ちが一気に吹き飛んだ。
「こないだの体育祭のときだってそうだし。今日も俺らのテスト勉強手伝ってくれたり。深谷って、自分がやることとか言うことにはちゃんと芯が通ってるし、ふつーにいいやつじゃん」
照れ臭そうに続ける星野くんの言葉に、少しずつ私の気分が上がる。
そっか、よかった。私、星野くんに少しは見直してもらえてたんだ。
嬉しさと恥ずかしさで、心臓の音がドキドキと速くなる。
このままこんなふうに、星野くんに少しずつ認めていってもらえたら。そうしたらもしかして……。
小さな期待に胸をときめかせていると、星野くんが不意に神妙な顔付きで私を見上げた。一瞬前までとは違う深刻そうな雰囲気に、嫌な予感で胸が騒ぐ。
私を星野くんの瞳を見つめ返してほんの少し首を横に傾けた、そのとき。彼が、静かに口を開いた。
「なのに、なんで、卒業式の前日に俺にあんな嫌がらせしたの?」
卒業式の前日──?
星野くんが何のことを言っているのかよくわからなかった。
小学六年生のとき、私と星野くんは同じクラスだった。だけど、卒業式の前日に彼と関わった覚えはないし、嫌がらせをした記憶もない。
だけど、卒業式当日のことならよく覚えている。
幼稚園の頃から小学校生活最後の一年間までずっと、私は星野くんに片想いをしていた。
星野くんの前では可愛い態度がとれなくて、何かと突っかかってしまうことが多かったけど、彼のことが本当に好きだった。
私は地元から離れた私立中学に進学予定だったから、小学校を卒業すれば星野くんとの繋がりはなくなる。だから、卒業式の日は、星野くんと話せる最後のチャンスだった。
なんとか「さよなら」の言葉だけは伝えたくて、話しかけるタイミングを狙っていると、友達と写真を撮っていた星野くんがひとりになった。
その瞬間を見計らって歩み寄ろうとすると、星野くんと目が合って。冷たい目で睨まれ、ぱっと顔を逸らされた。
びっくりした私は、結局星野くんとは話せないままに小学校を後にした。それが、私が覚えている小学校の卒業式の日の思い出だ。
卒業式当日すら星野くんと話せなかった私が、卒業式の前日に彼と関わりを持てたはずがない。
だけど今思うと、卒業式の日に星野くんが冷たい目で私を睨んできたのには何か理由があったのかもしれない。
星野くんの言うように、卒業式の前日にきっと何かがあったのだ。
卒業式の前日、私は星野くんに何をした──?
必死に思い出そうと頑張ってみたけれど、そもそもない記憶を思い出せるわけがない。
「覚えてないか。そんなどーでもいいこと」
無言で青ざめる私の手首を解くと、星野くんが苦い顔で笑った。
「ごめん。私、星野くんに……」
「戻ろう。ジュース温くなる」
私の言葉を遮って、星野くんが立ち上がる。
みんなの分のジュースを持って先に歩き出した星野くんに、私は何の言い訳もさせてもらえなかった。
◇◇◇
「友ちゃん、やっと戻ってきたー」
「ミタニンがいない間に、わかんないとこが山盛り出てきちゃったよ」
教室に戻ると、ふたりして机に伏せてだらけていた村田さんと岸本さんが同時に顔を上げた。
「ご、ごめんね」
「それより深谷、ジュースは?」
相変わらずダレたままの槙野くんが、私の顔を見るなりジュースを要求して手を伸ばしてくる。
「ん。お前ら、勉強進んでんの?」
一緒に教室に戻ってきた星野くんが、石塚くんと槙野くんにそれぞれジュースを投げ渡す。
それから星野くんが村田さんと岸本さんの机にイチゴミルクとミルクティーを載せると、石塚くんと槙野くんが同時に顔を見合わせた。そうして意味ありげに笑い合うと、ふたりして星野くんのほうに顔を戻してニヤニヤとする。
「カナキ、突然出てってなかなか戻ってこねぇと思ったら、深谷と一緒だったんだ?」
「だったら何?」
「前みたいに絡まれてたら心配だしな」
「お前ら、うるさい」
揶揄うように笑う石塚くんと槙野くんを、星野くんが不機嫌な顔で制する。
「え、何? カナキとミタニン、何かあるの?」
「ねぇよ!」
男子三人の会話に、岸本さんが興味深げに横から割り込む。それを否定する星野くんの不機嫌な声が、私の胸をチクチクと刺した。
星野くんの言うとおり、私と彼のあいだに何かあるはずなんてないし、彼の私への嫌悪感がひっくり返ることもない。
最近の彼の優しさは、私への好意なんかじゃない。
それなのに、星野くんのそばにいると、ときどき自分が嫌われているということを忘れてしまいそうになる。
星野くんの近くにいたら、気持ちの上げ下げが激しくて、落ち着かなくて。苦しくて切ない。
最近の星野くんは、私を無視したり冷たい目で見たりしない。他のクラスメートと同じような態度で接してくれる。だけど、根本的には嫌われてることには変わりないのだ。
過去の自分の態度や発言は取り消せない。
小学校を卒業してから随分経つというのに、星野くんがそのことで未だに私に対して嫌悪感を持ったままでいるというのなら、もう謝る以外にどうしようもない。
だけど、今謝ったところで星野くんの気持ちは治るのかな。
再会したばかりの頃の星野くんの冷たい目を思い出したら、昔の自分への後悔で泣きたくなった。
「ほんとにごめんね」
嫌われているのに、無神経にいつまでも星野くんの隣に座っている自分が嫌になってくる。
先に教室に戻ろうと立ち上がったとき、星野くんが私の手首をつかまえた。
「あー、違う。そういうのが聞きたかったわけじゃない」
振り向くと、私を見上げる星野くんと目が合った。
全く取り繕えないまま、落ち込んだ気持ちで振り向いてしまった私は、ものすごく情けない顔をしていたと思う。
私の顔を見た星野くんが、困ったように俯いて首筋を掻いた。
「言い方下手で悪い。別に深谷に謝らせたかったわけじゃなくてさ。俺、智ちゃんからさっきの話聞いたとき、深谷って、ただ嫌なやつってわけでもないんだなと思ってちょっと見直したんだよ」
「え?」
星野くんがの話し方が、急に少し乱暴になる。
ふと見ると、俯いた星野くんの顔が気のせいか赤いような気がした。
星野くんが伝えたかったことが今の話だとしたら。もしかして私は、星野くんにそこまで嫌われてないのかな。
単純だけど、星野くんの言葉に落ち込んでいた気持ちが一気に吹き飛んだ。
「こないだの体育祭のときだってそうだし。今日も俺らのテスト勉強手伝ってくれたり。深谷って、自分がやることとか言うことにはちゃんと芯が通ってるし、ふつーにいいやつじゃん」
照れ臭そうに続ける星野くんの言葉に、少しずつ私の気分が上がる。
そっか、よかった。私、星野くんに少しは見直してもらえてたんだ。
嬉しさと恥ずかしさで、心臓の音がドキドキと速くなる。
このままこんなふうに、星野くんに少しずつ認めていってもらえたら。そうしたらもしかして……。
小さな期待に胸をときめかせていると、星野くんが不意に神妙な顔付きで私を見上げた。一瞬前までとは違う深刻そうな雰囲気に、嫌な予感で胸が騒ぐ。
私を星野くんの瞳を見つめ返してほんの少し首を横に傾けた、そのとき。彼が、静かに口を開いた。
「なのに、なんで、卒業式の前日に俺にあんな嫌がらせしたの?」
卒業式の前日──?
星野くんが何のことを言っているのかよくわからなかった。
小学六年生のとき、私と星野くんは同じクラスだった。だけど、卒業式の前日に彼と関わった覚えはないし、嫌がらせをした記憶もない。
だけど、卒業式当日のことならよく覚えている。
幼稚園の頃から小学校生活最後の一年間までずっと、私は星野くんに片想いをしていた。
星野くんの前では可愛い態度がとれなくて、何かと突っかかってしまうことが多かったけど、彼のことが本当に好きだった。
私は地元から離れた私立中学に進学予定だったから、小学校を卒業すれば星野くんとの繋がりはなくなる。だから、卒業式の日は、星野くんと話せる最後のチャンスだった。
なんとか「さよなら」の言葉だけは伝えたくて、話しかけるタイミングを狙っていると、友達と写真を撮っていた星野くんがひとりになった。
その瞬間を見計らって歩み寄ろうとすると、星野くんと目が合って。冷たい目で睨まれ、ぱっと顔を逸らされた。
びっくりした私は、結局星野くんとは話せないままに小学校を後にした。それが、私が覚えている小学校の卒業式の日の思い出だ。
卒業式当日すら星野くんと話せなかった私が、卒業式の前日に彼と関わりを持てたはずがない。
だけど今思うと、卒業式の日に星野くんが冷たい目で私を睨んできたのには何か理由があったのかもしれない。
星野くんの言うように、卒業式の前日にきっと何かがあったのだ。
卒業式の前日、私は星野くんに何をした──?
必死に思い出そうと頑張ってみたけれど、そもそもない記憶を思い出せるわけがない。
「覚えてないか。そんなどーでもいいこと」
無言で青ざめる私の手首を解くと、星野くんが苦い顔で笑った。
「ごめん。私、星野くんに……」
「戻ろう。ジュース温くなる」
私の言葉を遮って、星野くんが立ち上がる。
みんなの分のジュースを持って先に歩き出した星野くんに、私は何の言い訳もさせてもらえなかった。
◇◇◇
「友ちゃん、やっと戻ってきたー」
「ミタニンがいない間に、わかんないとこが山盛り出てきちゃったよ」
教室に戻ると、ふたりして机に伏せてだらけていた村田さんと岸本さんが同時に顔を上げた。
「ご、ごめんね」
「それより深谷、ジュースは?」
相変わらずダレたままの槙野くんが、私の顔を見るなりジュースを要求して手を伸ばしてくる。
「ん。お前ら、勉強進んでんの?」
一緒に教室に戻ってきた星野くんが、石塚くんと槙野くんにそれぞれジュースを投げ渡す。
それから星野くんが村田さんと岸本さんの机にイチゴミルクとミルクティーを載せると、石塚くんと槙野くんが同時に顔を見合わせた。そうして意味ありげに笑い合うと、ふたりして星野くんのほうに顔を戻してニヤニヤとする。
「カナキ、突然出てってなかなか戻ってこねぇと思ったら、深谷と一緒だったんだ?」
「だったら何?」
「前みたいに絡まれてたら心配だしな」
「お前ら、うるさい」
揶揄うように笑う石塚くんと槙野くんを、星野くんが不機嫌な顔で制する。
「え、何? カナキとミタニン、何かあるの?」
「ねぇよ!」
男子三人の会話に、岸本さんが興味深げに横から割り込む。それを否定する星野くんの不機嫌な声が、私の胸をチクチクと刺した。
星野くんの言うとおり、私と彼のあいだに何かあるはずなんてないし、彼の私への嫌悪感がひっくり返ることもない。
最近の彼の優しさは、私への好意なんかじゃない。
それなのに、星野くんのそばにいると、ときどき自分が嫌われているということを忘れてしまいそうになる。
星野くんの近くにいたら、気持ちの上げ下げが激しくて、落ち着かなくて。苦しくて切ない。
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